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3 目覚め

 仕事の準備して、家の周りの雪をかきだそうと思って玄関を出たら――――。コートも着ていない人間が突っ伏していた。

 見間違いだろうか。アミは何回も目をこすったり頬をつねった。が、こすっても視界は変わらないし、つねれば痛かった。


「あ、現実か」


 あはは、と乾いた笑いを虚しくしながら、雪をかきだそうとしていたスコップの柄で動かない人間を突っついた。


「ん……」


 小さな呻き声が漏れた。


「生きて……る?」


 恐々近づき、手袋を取り首筋にそっと手をあてた。トクントクンと弱々しくだが確かに脈打っている。アミは慌てて家の中に戻ってタミ爺を呼んできた。


「行き倒れか?」


 倒れている男を前にしてアミに状況を聞いた。


「わかんない。でもまだ息があるみたいだから早く中に入れてあげないと凍死しちゃう!」


 息がある? とうし? なんだろ。この体がどんどん冷たくなっていく感じ……。このまま寝てしまいた……。倒れている本人が、取り戻した意識をもう一度手放そうとよぎった瞬間、鋭い痛みが走った。


「って、痛い、痛いっっっっ!」


 布団に寝かされていた行き倒れの男が頬を押さえながら飛び起きた。アミが頬を引っぱっていたのだ。


「あ、起きた」

 

 そしてアミもタミ爺も少し驚いた。まだあどけなさの残る黒髪の少年だったことに。


 少年が声のするほうを向いて目を開けると、赤い半纏はんてんを羽織ったタミ爺がじっと見つめていた。申し訳ない程度にちょびちょびっと生えた金色の髪の毛が印象的だ。


「あ、あの?」


 誰だ、このおじいさん。なんだかよくわかないけれど、僕は知らない人に厄介になっているんだろうか? 少年は慌てて佇まいを直した。


 「どっから来たの?」


 じっと見つめたまま。タミ爺の口は動いていないのに澄んだ声が少年の耳に届いた。

 な、なんだこのおじいさん。どこから声出してるんだ? もしかして腹話術? 首を傾げ何気なく視線を泳がせると、少し距離をおいたところに女の子が座っていた。キラキラ光る金色の髪の毛の子が。少年は正座したまま弾かれたように数センチ飛び上がった。

 綺麗な髪の毛だ。普通の金色じゃない。父親の実家で見た稲穂が輝いているような、力強い輝き。触ってみたい。少年が身を乗り出して女の子に近づこうと体を起こそうとしたその時、


「お前さん、どっから来なすった?」 


 ひどい訛りの問いかけに少年は、ビクリと体を震わせた。勝手にお、女の子に近づこうとしたのがバレたのかな? 慌てて少年はもう一度佇まいを改めた。邪な思いに気づかれないように真正直に答えた。


「東京です」


「トーキョー? トーキョーってとこアミ知っとるけ?」


「知らない。トーキョーなんてとこ知らない」


 おっとりとした話し方だと勝手に想像した少年はアミと呼ばれた女の子をしげしげと見つめた。

 見た目が可愛くってふわふわしてるから話し方も一致してるのかな? と思ったのが悪いんだろうか。見た目に反して、あっさりというか、ぶっきら棒というか。勝手に清楚さをイメージした僕が悪いんだろうけど……。ちょっとがっかりだ。少年が勝手に落胆している間に、アミとタミ爺は顔を見合わせて、聞きなれない土地の名前に肩をすくめていた。


「で、どうやって来なすった?」


 どうやってもトーキョーという場所に聞きお覚えがないので、タミ爺は先を続けた。


「え、あ、あの……。着ぐるみの熊みたいのに会って、それでその……」


 うまく言葉が続けられないことに少年は唖然とした。うまく思い出せないことに。なにかを約束していたはずなのに、その約束が思い出せない。なんだったかな? 首をかしげて思い出そうとしたが、やはり思い出せない。


「着ぐるみの熊か……」


 タミ爺は胡坐あぐらをかいて考え込んだ。

 まずいことを言ったのか? 少年は不安げに様子を伺っていると、何か思い当たる節があったのか、タミ爺はぽんと膝を叩いた。


「もしかするとカミさんの使いかもしれんの。時々異世界に行ってスカウトしてくるっていうアレかもなぁ。」


「異世界? スカウト?」


「タミ爺、もしかして……」


 不審者を見つめるような鋭い目つきをやめ、アミは口元を綻ばせた。


「うむ。待ち望んでいた方かもしれんの」


「本当? 新しい雪かきさんってこと!? いらっしゃい。異世界からようこそっ!」


 満円の笑みとともにアミは少年へ勢いよくダイブした。あまりにもな勢いで、少年は押し倒され、思い切り板の間に頭を強打した。


 遠くから声がする。

 泣いてるの? 

 泣かなくていいんだよ。

 初めて女の子に抱きつかれて、甘い香に包まれた僕は嬉しいんだから。

 あぁ、これが現実なら嬉しい。でも、きっとこれは夢の中。熊の着ぐるみの子と出会ったこともきっと夢。

 すべてが夢なんだ――――。

 薄れゆく意識のなか少年は薄く微笑んだ。



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