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1 鈍感すぎるのも…

 アミさんが泣くのを抱きしめたあの日を境に、僕を取り巻く環境が変化していった。


 郵便舎に向かうときはなぜか、両手に花。もといヒマリさんとアミさんが僕を挟んで腕を掴んで離してくれない。女の子特有のふわっとした感触に毎回毎回飛び跳ねる心臓を抑えるのが至難の業だ。

 その両手に花状態のせいで、男性陣から冷たい視線をぶつけられるのが最近の悩みになっている。


 アミさんは郵便舎に入ってしまえば、すぐに自分の仕事にとりかかってしまうので話す機会は自ずと減ってしまうのだけれど、ヒマリさんが厄介だ。

 チカラさんやイチさんとも話したいのに、ヒマリさんがそれを許してくれない。どうしてそういうことに陥ってしまったかというと、ヒマリさんが強引に僕の隣に作業場所を移動してきて、作業中話しかけてくるからだ。

 

 それよりも大きな問題がある。みんなの作業を効率よくするためにミドリさんが配置を考えて、ずっとそれに従っていたというのに、ヒマリさんはそれを一蹴してしまったことだ。

 ヒマリさんが勝手に配置換えをしたとき、ミドリさんの剣幕は恐ろしかった。ピキピキとこめかみに血管が浮き出るほどで。なのにヒマリさんは気圧されることなく、自分の任務であるかごとく、ランさんとの配置換えをやめなかったことも恐ろしい。作業の遅れを考えてなのか、そのあとミドリさんはなにも言わなかったけれど、翌日がまた――――。


◆ ◇ ◆


 憤慨したミドリさんは翌日、僕やヒマリさんが来る前に作業場をもう一度もと通りに戻したのだけれど、ヒマリさんはすぐに僕の隣の作業台へまた道具などを移動させたのだ。

 怒りに震えるミドリさんをイチさんやチカラさんがなだめていたけれど、かたくなに意思を曲げないヒマリさんも凄い、と言いざる終えない。

 というか、どうして僕の隣にヒマリさんは来たがるのだろう?


 明らかにヒマリの行動は晃を意識してのことだと、傍からみてもハッキリすることだというのに全くというほど、ヒマリの想いがわかっていないのだ。

 

 そんなヒマリの猛プッシュに気づかない晃に対し、ミドリは悶々としていた。仕事が円滑に進まなくなり苛々もどんどん募り、凛とした雰囲気が壊れはじめていた。


「まったくいい気なものですね」


 刺々しい言い方にミドリ自身も嫌になりながら、ドサドサと晃の作業台に袋を置き出した。


「え? あ、あの、え? あの、袋がいつもより多いんですけど」


「自分の身に聞いてください」


 ピシャリと言ってのけた。

 鈍感すぎる晃に対し、ミドリは呆れ顔で返すも、晃はただただ目を丸くさせるばかり。そんな晃の姿にミドリは心の中で頭を抱えだした。


「ミドリさん、私手伝っていいですか?」


 そして続けざまにあっけらかんとしたヒマリの声。ミドリは自分の心がどんどんやさぐれていくのがわかった。普段なら留めておける言葉が、留めることができず、ついと出てきた。


「ヒマリさんは手を出さないでちょうだい。これはアキラくんに頼んでいることです。絶対に手伝わないでくださいね。いいですか、アキラくん。この袋全部終えるまで、お昼ご飯食べれませんから。いいですね?」


 いつもより強い口調にヒマリや晃、周りのチカラたちも驚きを隠せなかった。


「あ、アキラ、ごめんね。きっと私のせいだ」


 ミドリの態度によやく気づいたのか、ヒマリが血相を変えてミドリのあとを追いかけて行った。


 残された晃は置かれた袋を見て、固まった。その時によって軽かったり、重めだったりしていたけれど、いつも三袋だけだったのに。どうして今日は六袋? 急に倍になったのはなぜ? なにかミドリさんの気にさわることを言ったり、してしまったのだろうか? すぐにピンとこないけれど……、お昼ご飯までに終えられる気がどうしてもしないのですが。

 終わらない場合なにが待ち受けているのか、晃は急に不安になってきた。

 

 不安は的中し、時間内に終えることができず、昼ご飯を食べられないわ、掃除の時間にまで食い込むわでペナルティという名目で給金を半分にさせられたのだった。

 フミさんとの約束、百ブローまでの道がどんどん遠のいてしまっている。朝のうるさい音にどれだけ我慢できるのんだろう。いや、そもそも仕事を始めてから数日しか経っていないのに所持金がマイナスになっていること自体おかしいんじゃ……。

 少しずつではあるが、給金のシステムがアバウトで上に立つ人によって左右されることがおかしいと晃は感じ始めていた。



◆ ◇ ◆


 夕暮れどき、いつもの郵便作業を倍こなしたうえに、掃除の作業も時間内に決められた範囲を回らなくてはいけなく、疲労困憊のなか一日の労働を終えて、晃がとぼとぼ歩いているとトントンと肩を叩く者がいた。


「あ、ランさん」


 珍しい人に呼び止められ晃は驚いた。


「あ、あのどうしたんです?」


 するとずずいと文字を書いた紙を晃の前に突き出してきた。


「え?? こ、これを読んでってことです?」


 ランの行動の意味を晃が確かめると、こくんとランは頷いた。

 突き出された紙を受け取るとそこには『さいきん、あきらの はなのしたが のびてる。だらしないよ。おんなのこのきもちを、よくかんがえて こうどうしたほうがいいとぼくはおもう』ということと、『ひまりは かなり あきらに ほんきだ きをつけたほうがいい』という忠告めいた内容だった。


「あ、あの、どういうことです?」


 身に覚えのないことで晃は首を傾げて尋ねると、ランは深いため息をついた。そして後ろポケットに手を突っ込むと紙の束を取り出し、胸ポケットにさしていた鉛筆を手にしてサラサラと文字を書き始めた。


『あきら どんかんすぎる。おんなのこのきもち ぜんぜんわかっていないね』と。


「女の子の気持ち? ……ヒマリさんの気持ち? ミドリさんの気持ち? アミさんの気持ち?」


 再びランは深いため息をついてやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめて晃に背を向けてしまった。


「あ、あのランさん、詳しく教えてくださいっ」


 ランが言わんとすることが理解できず、晃は慌てて追いかけた。

 流れるように歩くランにすぐ追いつけるようで、完全に追いつくことはできなかったが、姿を見失うことはなかった。見慣れない扉の前で足を止めたランに晃はなんとか追いつき、息を弾ませながらもホッとした。


「あ、あの、ランさん、さっきのこと詳しく教えてくださいっ」


 全く心当たりがなく、必死で聞いてくる晃の姿に今度はランが驚く番だった。

 観念したのかランは短く息を吐くと、目の前のドアを開けて晃を中に招き入れた。

 〝リンリン〟と涼やかな鈴の音とともに――。




【請求された金額】

1日目…15ブロー(ポポリより)

2日目…20ブロー(ポポリより)

     3ブロー(ミシルより)


◆晃の所持金…7ブロー収入できたので、マイナス1ブローに変動。


(内訳:給金半額があった→4日目あたり)

 2.5ブローだが小数点切り捨てで、2ブロー+5ブロー=7ブロー収入)


◆フミへ用意する100ブロー。遠ざかっております。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【備考】

1日で得られる給金=15ブロー


【契約内容】

■マンデルブロ大陸、特別区内ウルサの町の郵便舎で仕分け作業に従ずる

 ・作業時間…朝七時~昼十二時

 ・一日の給金…十ブロー


■マンデルブロ大陸特別区内宿舎にて下働きに従ずる

 ・作業時間…昼一時~夕方五時

 ・一日の給金…五ブロー


こ、これで合ってるだろうか(白目

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