10 お金で解決!?
「そこの人、邪魔邪魔ぁー」
「どいてどいてぇー」
玄関ホールの真ん中にいた晃は慌ててはじのほうに移動しようとしたが、たくさんの掃除道具に足をとられ、高価だと言われたばかりの特別な液体をぶちまけてしまった。
「うわっ」
「きゃっ」
「なにしてんだー」
次々に怒号が飛び交う。何人かが液体に足を取られて転び、その転んだ人につまずいてさらに人が転ぶという二次、三次被害が広がってしまった。
「す、すい、すいません。ごめんなさい」
転んだ人に手をかしながら液体に濡れた人たちを晃は起こした。が、しかし、凄い形相で睨まれたり、暴言を吐かれた。
「本当に、本当に申し訳ありません」
ぺこぺこと頭を下げるが、皆の怒りは収まらない。しまいにはどつかれ、晃も液体に尻もちをついて服を濡らした。
もう一人では対処できない、と悲観しかけたとき晃はさっき言われたことを思い出した。
自分から言葉にできないほどひどいこと言われてるんだ、もう別に周りにどう思われてもいいや。だって現に僕は困ってる。困ってるんだ。キュっと唇を真一文字に結んで決意を新たにした。そしてもう一度口を開いた。
「ポポリさーんっ」
突然晃が大きな声を出したので、周りにいた人たちはギョとした目で晃を見つめている。
「……あれ?」
大きな声で呼んで、って言ったのになにも起こらないんですけど。ヒヤリと背中に冷たい汗が流れるのが晃はわかった。諦めかけた瞬間、自分の周りの映像だけが逆回転し始め、息を呑んだ。
え? ど、どういうこと? 疑問の声をあげたかったが言葉にならなかった。ぐっと空気が凝縮されてるかの如く、喉が圧迫されていたのだ。
「ふぉっふぉっふぉー。お主呼ぶの早すぎるぞ? わしは便利屋じゃないのじゃがふねぇ」
いつの間にか晃の隣に、さっき別れたはずの白髭を長く伸ばした老人が立っていた。
「まぁ、しかしこれは派手にやらかしたねぇ。しかも貴重な液体までご丁寧に撒いてしまうなんてねぇ」
ごめんなさい、と口は動くのに声にならず、晃は焦った。
「無理して話そうとしてはいけないよ。いま時間を逆再生しているからね。まぁわしがそもそもホールの真ん中で色々と出さなければこんな問題にはならなかったのだしね。すまいないねぇ」
確かにそうかもしれない。でも自分にも非があるように思える。行動がとろかったから。だから皆に迷惑をかけてしまった。
肩を落とす晃に老人はぽん、と肩に手を乗せた。
「あまり自分を責めないほうがいい。自分の力でどうにかなることは少ないとわしは思ってる。
助けてほしいときは素直に口にしたほうが楽じゃよ? 自分を押し殺すことがいい、とは思えないよ」
そう言うと、老人は優しく微笑んだ。
「とはいえ、結構な力を消費したんで、アキラくん、君の今日の一日の給金十五ブローで手を打とう」
え? いまなんと言いました? 首をゆっくり動かしながら怪訝そうに老人を見つめた。思考とは裏腹に自分の動きがひどく鈍いことに気づいた。
「なんじゃいその顔は。わしとてタダでこんなことはしないぞ? それなりの代償。わかりやすくお金をいただいておるのじゃ。いつでも困ったときはさっきのように〝ポポリさーん〟と呼んでくれて構わないからの。前はよく呼ばれてたが、毎回毎回お金を請求したからか、最近はめっきり呼ばれなくなってきておったけど、久しぶりに呼ばれると嬉しいのぉ」
ふぉっふぉふぉー。嬉しそうに肩を揺らしながら笑い声をあげた。
なっ! いい話してくれてるって感動してたのに、急にお金の話しを持ち出してくるなんてっ! いい話をぶち壊してっっ! 晃は話を聞いてとても優しい気持ちになっていたのが、沸々と怒りが込み上げてきた。
「まぁ、またわしの名を呼んでくださいなっ。今回は毎度ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ、逆再生をしている流れにポポリは自分の体をすべり込ませ、風のようにあっという間に姿を消した。さまざまな色が横長に流れ、ホールに集まって来た人たちが元いた場所へ還っていくのを晃はただただ見つめるだけだった。晃はポポリと同じように身を投げてみようとも考えたが、先日ミシルとの空間移動で身の危険を感じたのを思い出し、好奇心を踏みとどまらせた。
が、カクンと膝から崩れるように晃の視界が揺らいだ。え? なっ、どういうこ……っ。く、苦しいっっ。無理矢理体床からゆっくり剥がれていくような……。なんだろうくっついた餅を引っ張ってるような、そんな感じ。
「うあぁぁぁぁっぁ」
引っ張りに耐えきれなく声をあげた瞬間、引き伸ばされたゴムがあるべき場所に戻ったような感覚に襲われた。一瞬体が軽くなったかと思うと、パチンと落とされたような、そんな感覚だ。
「あっ、え?」
奇妙な感覚に襲われ、晃はその場で足を動かしてみた。ふわっとした感覚はすでになく、床を踏みしめることができ、ホッと胸を撫でおろした。
それに声も出すことができてる! 体がゆっくり伸ばされたときはどうなっちゃうかと思ったけど、もう大丈夫そうだ。晃がそう安堵したとき、さっき聞いたはずの、作業開始の鐘をまた聞いて、ハッと我に返った。
「急いで道具を寄せないと……。あれ?」
いま自分が立っている場所がすでにホールの壁際であることに晃は首をひねった。
「いつの間に移動したんだろう? ……あっ!」
そうか! そういうことか。さっきの餅が伸びていく感覚は、時間を逆再生というのをしたときに僕も巻き込まれたんだ! しかも邪魔にならないところに移動させてくれたんだ。お金を請求されて釈然としなかったけれど、こうして配慮してくれたなんて。もしかして思ったより親切なおじいさんなのかな? 一日の給金は全部なくなっちゃったけれど……。まぁ、今回以外呼ばなければいいだけの話しだよね。
晃はこのことを前向きに捉えることにした。
◆ポポリからの請求・・・給金15ブロー
フミへ用意する金額・・・100ブロー
◆1日目の結果
晃の所持金・・・0ブロー
フミへ用意する金額・・・変化なし(100ブロー増減なし)
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【備考】
1日で得られる給金=15ブロー
【契約内容】
■マンデルブロ大陸、特別区内ウルサの町の郵便舎で仕分け作業に従ずる
・作業時間…朝七時~昼十二時
・一日の給金…十ブロー
■マンデルブロ大陸特別区内宿舎にて下働きに従ずる
・作業時間…昼一時~夕方五時
・一日の給金…五ブロー




