7 七人目の行動
視線が痛い。特にルミさんとヒマリさんの視線が怖いくらいに痛い。
晃は六人の射るような視線に晒され、委縮していた。
ミドリさんはミドリさんで、微笑みがら大きな白い袋を三つ置いて、去り際に「これ全部お昼までにマンデルブロ文字にしてメモをつけてちょうだいね」と言い残された。顔は笑っていたけれど、目が笑ってなかった。むしろ蔑んだ目つきだったような。思い出してブルっと晃は体を震わせた。
チカラさんとイチさんなんて、作業のちょっとした合間に鋭い視線で見られて怖い。
ランさんはじっと僕の顔を見ながら仕分けしてるし。ちゃんと分けられているのか謎だけれど、誰も文句を言わない、ということ作業自体に問題はないっていうことだろうか。
いやいや。一人一人の動向を観察している場合じゃない! どうしてこんなこと……。冷たい視線を浴びてしまうことになってしまったのだろう。
アミさんと話していたのが悪い? 就業開始の鐘が鳴った時に指示された位置にいなかったから? 原因がよくわからない。ただヒマリさんがひそひそと皆さんに耳打ちしていたのが気になると言えば気になる。そのあと皆さんの態度が一変したように思えたから。直接ズバッと言われるのも堪えるけど、視線だけで語られるのもなんとも辛い。
変な疲労感が襲ってきて晃は肩を落とした。ふぅと軽く息を吐いたあと目に留まったのはミドリが置いていった袋の一つだった。
袋の外側に『マンデルブロ タイリク・ウルサ ノ マチ』と名記されている。
ウルサの町に配るもの? それともウルサの町で回収したものだろうか? どれどれ。
晃は袋の紐をほどいて中から手紙の束や小包を引き抜いた。手紙がバラけると行方知れずになってしまう可能性がある、という配慮からか、何十通かが束になって麻紐で括られていた。一通ずつ読み解こうとし、束になっている元、紐を切って作業をしようと晃は思ったが、ハサミ、というものがテーブルにないことに気づいた。
よくよく他の人たちの仕事ぶりを観察してみると……。
……。あぁ、そうですよね。そうですよね。
晃は納得とともに絶句した。
全員が全員、同じ魔法なのか、紐解きは紐そのものにそっと指先を触れさせると、紐自身に意思が宿ったようにシュルシュルと自然に解けていったのだ。そして文字を読み終えた物々は、壁際にたくさん並んでいるカゴへ向けて手で放った。それらは迷うことなくふんわりと浮遊し、ラベルが貼ってあるカゴへストトンと中へ収まっていった。
魔法で全部移動させたり、紐を解いているんですね。僕にはそんな能力ないんですけど、どうすればいいんですかね?
あまりにも違いがありすぎて、晃はただただ呆然とみんなの作業を見つめるばかりであった。魔法力がない、とミシルさんに言われてガックリきたけれど、さっき期待された言葉をかけられて浮足だった僕が馬鹿だったのかな。三大陸の文字が読めるっていうのは貴重だ、と言われたけど、これじゃぁ他の人に迷惑をかけてしまうじゃないか。読めて、書ける、だけじゃどうしようもない。束になった紐を魔法以外で解く方法が思い浮かばない。なんだかとても自分自身がちっぽけな存在に晃は感じた。
「アキラ、お前なんで作業しないで俺たちのこと見てんの?」
手紙の束一つだけ出して、それ以上のことをしない晃に対し、チカラが向かい側から苛立った声をあげた。
「え……」
「お前作業しないんだったらここ出てってもらえる? 働かない奴はいらないんだけど」
さらに辛辣な言葉をチカラは吐いた。
「あの……さ、君たちみたいに魔法を使えないから、どうしていいかわからないんだ」
「は? 馬鹿じゃないの? お前三大陸の文字読めるってこと自体が魔法よりすごいことじゃん。なに言っちゃってんの?」
チカラは鼻を鳴らして憤慨した。
「え?」
思いがけない言葉に、晃は衝撃を覚えた。
「高位魔法使いだって三大陸の文字を読めるなんていないんだよ。なのにそれ以上の能力欲しがってどーすんの?」
「え……」
「若いんですし、自分の体を動かしたらいいんじゃないかしら? 荷物を町ごとに分けて、あとで向こうにある集積カゴに入れに行ったらどうです?」
ミシルがそっと助け舟をだした。
「でも紐はどうしたら……」
「そんなの手で引けば解けるよ」
ヒマリが肩をすくめて、袋の中の一束を取り出した。テーブルの上に置き、蝶々結びの輪っかになっていないほうの紐二本をそれぞれ引っ張って実証した。
「あ……」
そうかっ! 晃はぽんと手を打った。なにうだうだしてたんだろう。自分の出来る範囲で精いっぱいやればいいだけじゃないか。文字が読めるっていうのが魔法かどうかはわかないけれど、ここにいる人たち、そしてすごい魔法を使える人達にもできないことが僕にできるってこと。もっと自信持ってみよう。それに持ち合わせている知恵も使わなくっちゃ!
もやもやと燻っていた思いが少しずつ晴れていくように晃は感じた。
シャツの袖をまくり、ヒマリに言われた通り、手紙の束を結んでいる紐をそれぞれ引っ張り、崩れた束一つずつに目を通して大陸の町ごとに分けた。
ご丁寧に晃が使っている長机に各大陸の町ごとにラベルが貼ってあったのだ。作業しやすいように工夫がしてあったのだ。
もっと早くにこの心遣いに気付けばよかったし、ハサミがなくても、魔法が使えなくとも、どうにかなるということに気づけばよかったと晃はようやくこのとき思えたのだった。




