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5 郵便舎の仲間

 朝食の片付けもほどほどに、同じテーブルに座る六人とともに晃は行動を一緒にしている。


 そしてミシルに手厳しいことを言ってのけたミドリが、晃に郵便仕分けに従事ている六人を改めて紹介した。

 それぞれ出身の大陸ごとに担当を分けている、と前置きをすると、ミドリは自分とヒマリはフラクタクル大陸出身で、フラクタクルから届く手紙や荷物を仕分担当。ルミと眼鏡をかけて一度も話すことのない少年ランはこのマンデルブロ大陸担当。そしてカントール大陸担当はチカラ、もう一人はここで一番長く働いているイチが従事ている。と簡単に説明された。


 今更かもしれないけど、アミさんちで見た方々とは一風変わっている。ルミさんとずっと話すことがないランくん以外、顔立ちが外国の人みたいに彫りが深いし、髪の色も色とりどりだ。どういうことなのだろう? 大陸によって特色でもあるんだろうか?

 でもそれよりも、全員の名前と顔、早く覚えないといけないな。顔と名前を頭の中で一致させながらと思いながら後ろをついていくと、晃は宿舎に足を踏み入れた扉の前に来ていた。


「ここをね通り抜けないと郵便舎に行けないの」


 黄色い髪の毛の持ち主、ヒマリが重厚な黒い鉄の扉を指さしながら晃に説明した。


「他に出入り口は……ない?」


「うんうん。ないない。抜け出せるのはここだけ。他はないよっ」


 アミさんが言っていた通りなんだ。でもどうしてここ以外出入りすることができないんだろう? 素朴な疑問が晃にわいた。


「不思議そうな顔してるな。お前ほんとどっから来たの? 相当田舎者?」


 チカラが眉を寄せて訝し気に晃を見ている。


「え、あ、あの……」


 異世界から来ました、とは言いにくい。言ったらアミさんの所で起きたことになりかねないだろうし。ここは素直に肯定しておこう。


「チカラさんの言う通りかなり田舎から来ました」


「ったく、しょうがねーなぁ。さっきも言ったけど、王族に仕える連中もここで一緒に生活してるだろ?」


 晃は相槌をうちながらホッと胸を撫で下ろしていた。田舎から来た、ということを追求されなくて。


「色々機密事項とかあるわけ。情報が色んな場所から漏れないように、この扉を出たり入ったりを宿舎長がチェックしてんの。どういう魔法か知らないけど、この扉を出た人たちの行動がつぶさにわかるんだってさ。」


「ふーん」


 納得できたようなできないような。この扉自体に不思議な力が宿ってるとか? ミシルさんの魔法の力がすごいっていうことなんだろうか? いまいちピンとこないけれど、ここを通れば僕らの行動がミシルさんに筒抜け、というのは理解できたように思う。 


「それじゃぁ、外に出よう? 就業時間に遅れると面倒くさいからね」


 そう言い、ヒマリは先に出ていた仲間の後を追った。

 晃もつられて扉の外に足を踏み出した。

 ほどよく温かな風が頬を撫でていき、宿舎の中のどこか澱んだ空気が澄んでいくように晃は感じた。そして新鮮な空気を体中に取り込むように深呼吸した。


「アキラも同じだねぇ」


「え?」


 目を向けてみるとヒマリも晃と同じように、手を大きく広げて深呼吸をしていた。風が凪いでヒマリの鮮やかな黄色の髪がなびいている。


「宿舎の中にいると息が詰まるっていうの? 一歩出ると開放感に溢れるよね? まぁ、高位魔法使いの視線が気にならないっていうのが一番かもしれないけど」

 

 ペロリと舌を出しながらヒマリは笑った。


「ヒマリちゃん、いくら宿舎の外に出たからって高位魔法使いの人たちの話はあまりしないほうが……」


 辺りを伺うように注意するのは、日本人形のように髪を揃えているルミだった。


「いいのいいのっ。だってあの人たちにあーだこーだ言っても、痛くも痒くもない顔で澄ましてるし」


「でも……」


 ヒマリの開けっぴろげな物言いに、ルミは内心はらはらしていた。

 ヒマリちゃんはここでの生活短いからわからないのかもしれないけど、高位魔法を扱える人達を怒らせるとなにが起きるかわかってないんだよ? 特に私たちは特別だっていうことを。王族関係者宛の荷物や手紙の相手や行き先を一通りわかってしまうってことは、機密情報を握ってるも一緒。あの方たちからしたら腹もちならない思いがある、ということを頭の片隅においておかないと……。弱みを握られている、と少なからず思っている人もいるみたいだし。

 それに宿舎長の知らない所で、高位魔法使い以外の人たちをチェックしているっていう話、ヒマリちゃん忘れてしまっているの? チェックしているかの真偽はともかく、言いたい放題していた人たちが人知れず行方不明になってるの……。

 先を軽やかにステップしているヒマリの身をルミは案じた。


「ルミさん、大丈夫?」


「ふぇっ」


 ヒマリを心配そうに見つめていたルミに晃は思わず声をかけていた。眉を寄せてなにか思いつめているようで。


「あ、あのなんでもないですっ」


 ルミは顔を一気に赤くさせてパタパタと走り去って行ってしまった。


「え……?」


 予想していた反応とは全く違い晃は呆然と立ち尽くしている。

 顔真っ赤だったし、ちょっと涙みせてなかった? え? どうして?? ルミの態度が全く晃はわからなかった。


「おーい、新人~、早く来いよー」


 先を行くチカラに声をかけられ、晃は慌てて足を前に進めた。

 

 しばらく宿舎の回廊を歩いていくと曲がり角にぶつかり、そこを折れてさらに進むと宿舎をぎゅぎゅっと幅を詰めたような建物があった。出入り口とおぼしき所へ、大きな袋を積んだ台車を中や外へ忙しそうに運ぶ人達が行き交っている。


「今日も相変わらず荷物がたんまりとあるのかぁ」


 ぐぐっと両腕を空に向かって伸ばしながらチカラはぼやいた。亜麻色の髪がサラサラと風に揺れている。


「さぁさ、今日も頑張って働きましょうね。アミちゃんがこの日を心待ちにしてるんじゃないかしら?」


 ミドリが晃に優しく声をかけた。


「そうですなぁ」


 他人事のように言うのは、ミドリよりさらに年上そうに見える男性、イチだった。目尻や額に皺が刻まれ、生きてきた年数を表している。


「中に入っちゃうと忙しくなっちゃうから、ミドリ姉さん、アキラにどんな仕事か簡単な説明してあげたらどうかな?」


 思い出したようにヒマリが提案した。ミドリさんは口調も柔らかくて姉さん、と呼びたくなるのがなんとなくわかる。


「こほん。では簡単に。三大陸から届く手紙や荷物を仕分けするの。それぞれ出身地に分けているのは読める文字が違うからよ。でも……アキラくんはちょっと違うようね?」


「え?」


「宿舎長から聞いたけれど、アキラくん。あなた、三大陸全ての文字が読めて、なおかつマンデルブロ文字も書けてしまうとか」


「えぇ?」


 真っ先に驚きの声をあげたのはヒマリだった。


「そ、そんなことってあるんですか?」


 ルミはしげしげと晃を見つけた。

 いやいや、ちょっとまってください。マンデルブロ文字も書けるって勝手に話が大きくなっているんですけど。ミドリの思わぬ言葉に、晃は冷や汗がどっと溢れた。


「私も驚いたわ。はじめ宿舎長が笑えない冗談でも言ってるのかと思ったわ」


 肩をすくめながら小さく笑った。

 出所はミシルさんか。晃はギュっと唇を噛んでうらめしく思った。


「初めて聞きますぞ、ミドリさん」


 腕組みをして唸りながら不満を漏らすイチ。


「そうですわね。宿舎長から聞いて、ずっと私の中に留めておきましたから。フフフ」


「全くミドリさんも人が悪いですねぇ」


「まっ、これで俺たちの作業さくさく終わるから助かるね。よろしく頼むよアキラっ」


 バシとチカラは期待を込めて晃の背中を叩き、中へ駆けて行った。そのあとを追うように晃にペコリと頭を下げてついていったのはランだった。相変わらず口をきくことがなかったが、あどけなさが残っていてなんだか晃は微笑ましく思った。


「さぁ、アキラくんたのむよっ」


 バシンとチカラと同じところをイチに叩かれ、晃は咳き込みながら頷いた。


 なんだか期待されている? どんなことをするかぼんやりとわかったけれど、まだピンとこない。それに、三大陸の文字全てを読めてマンデルブロ文字を書けるってことがそんなに凄いことなのだろうか? 実感できないけれど、この世界に来て初めて役に立つことができるかもしれない。やれることをやってみよう!


 期待に胸膨らませて晃は郵便舎の入り口をくぐった。

 

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