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3 肉まん?マシュマロ?変態男?

 白いワイシャツに、サスペンダーでちょっとだぼっとした焦げ茶色のサルエルパンツを吊らなきゃいけないって、どんなセンスですか? さっきの浅葱色のつなぎもそうだけど、作業服だというのにどこかセンスが突き抜けているというか……。

 晃はペチンと慣れないサスペンダーの紐を軽く弾いてみた。しかもサスペンダーが黒とか落ち着いた色ではなく、ピンクと白のチェック柄ってどういうこと? 女の子仕様と間違っていないだろうか?


「あ、あのミシルさん、このサスペンダーってつけないといけないんですか?」


 ミシルが作業服を取ってきた隣室で着替えると、晃はそっと扉から尋ねた。


「あぁ、その色が郵便物の仕分け係りの目印だからね」


 当然と言わんばかりに晃の願いは砕け散った。


「晃、着替えたらなら見せてほしい。サイズは合ってると思うのだが」


「は、はい……」


 おずおずと晃は扉の影から出てきた。ぎこちない歩き方でミシルはくくっと小さく笑った。

 いま、ミシルさん笑ったよね? ふ、不釣り合い? 似合ってないから? 普段こんな格好をしたことがないので晃は挙動不審になっている。


「うん、パンツは少し緩そうだけど、許容範囲だな。よし、それじゃ少し遅くなったが朝食をとりにいこう」


 ミシルはにっこり微笑み、指を鳴らそうと腕をあげたが、ハッとして鳴らすのをやめた。いけない。晃を巻き込んでまた転移しようと思ってしまった。一緒に、は危険だったのだったな。久しぶりに今日は食堂まで歩いてみよう。今頃は第二陣が朝食をとっているだろうからちょうどいいだろうし。でも少し、晃には強烈すぎるかもしれないな。まぁ、しょうがない。


「さぁ行こう」


 そう言うとミシルは晃と腕を組んだ。

 うわっ、うっっ。腕にやんわりとした感触が……。いや、考えるな。別のなにか、マシュマロとか肉まんとかちょっと弾力あるものを想像して代替しておかないと。晃は必死で沸々と上昇しそうになる血液をなだめるために懸命に違うものを連想してなんとかやり過ごした。



◆ ◇ ◆


 ミシルが食堂の扉を開けると、昨夜とは一変してしんと静まり返った。カチャリ、コトリ、と必要最小限の音しかそこにはなかった。


「あ、あの此処って昨日と同じ場所ですよね?」


 あまりにも光景が違いすぎて晃は不安になり、小声でミシルの尋ねた。


「あぁ、そうだ驚いたか?」


 声をひそめることではないが、ミシルも晃につられて小声で返した。その二人の姿を即座に見つけた制服を着た男は、食事をすぐにやめ、スクッと立ち上がった。すると手前から奥へと順々に立ち上がり始めた。寸分違わぬ行動に晃は目を丸くするしかなかった。


「宿舎長、おはようございます!」


 はつらつな声と共に両足をびしっと揃え直し、右手を額斜め四十五度にかざして敬礼したのだ。そんな仰々しさに晃もまた背筋が伸びる思いにかられた。なんだろう、軍隊じみたこの所作は。


「あぁ、みなまで。立ち上がらなくてもよいのに。まぁまぁ座りなさい」


 片手をあげてミシルは立ち上がった人々をなだめた。


「ここにいる者はみな、ちょっとした学があってな。時々こういう挨拶を私にしてくるんだ。あ、もちろん強制じゃないからな、絶対に」


 ミシルは釘をさすように晃に告げた。そして制服を着込んだ者たちを避けて、晃と同じような服を着ているところへ連れて行った。


「あ、変態男じゃない?」


 ざわざわとその一角がざわめいた。


「え?」


 思わぬ一言が聞こえ、晃は座ろうと腰を降ろしている途中だったが、動きを止めた。


「あぁ、こいつがルミたちが風呂場にいたとき入って来た奴かぁ」


 声をひそめて言うのは、切れ長で蒼い瞳、そして亜麻色あまいろの髪色をした男だった。


「はい? え? どういうことです?」


 風呂場?? 晃は首を傾げた。


「ったく、一日経てば忘れっちまうってか?」


 今度は逆に晃は首を傾げた。

 一体なにを言っているんだろう?


「ご婦人の裸体を覗くいた所業、すっかり忘れるなんて言語道断! それとも素知らぬフリをしている鬼畜男なの? ひどいと思わない?? ねぇ、ルミ?」


 ひまわりのように黄色い髪の毛をツインテールに結っている女の子が、顔を真っ赤にしている隣の女の子に同意を求めるように尋ねた。

 同意を求められた女の子は日本人形のように切りそろえられた黒髪を揺らしながら、更に俯いた。


「ですから話が全然見えないんですけど」


 声をひそめてポツリと呟くと、ガタピシと音が鳴りそうなほど、晃の周りの温度が一気に下がった。顔を俯けていた黒髪の女の子はなにかに弾かれたように、ガバッと顔をあげ、晃を凝視していた。顔面蒼白になり、口をパクパク開けている。


「え……?」


 あまりにもな反応で晃は困ってしまった。このテーブルにいる皆さんの視線がとても痛い。僕はなにかこの人たちに悪いことをしてしまったのだろうか? ……どうしても思い出せない。


「……アキラ? フミから何も聞いていないのか?」

 

 晃の後ろに立っていたミシルは、もしかしてもしかするかも、と思い小さな声で尋ねた。


「フミさんから? え? 何をです?」


「……困ったな」


 ミシルは腕を組んでぼやいた。

 組んだ腕の上にたゆんと胸が乗る格好になり、晃はどきまぎしたが、晃の周りは特にそんな素振りは見えない。

 もしかして僕だけがミシルさんにドキドキしているのだろうか。そして「困ったな」という言葉、もの凄く気になります。この痛い視線に耐えなきゃいけない原因を教えてください。

 どうか早く――――。


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