8 フミ
「おぉぉ、あんたが新入りかっ!」
タオルを首から下げた、褐色のいい少年が髪を振り乱して入ってきたのだ。つんと汗臭い匂いに晃は顔をしかめた。
「おいおい、なんだよ。邪険そうなその目つき。気にくわないけど、初日だ。気にしないことにするけど、明日もそんな目で俺のこと見たらグーパンチをお見舞いするぜ」
拳を突き出して、ニカッと笑った。肌の色に反して覗く歯はやけに白い。
「あ、あの」
「聞いてない? あんたと同室のフミって言うんだ。よろしくな。えーと……名前なんだっけ?」
「あ、晃っていいます」
「ん? アキラ? 珍しい名前だな。違う大陸から来たのかな? 深く追求することはしないけど。まっ、よろしくっ!」
片手を軽くあげてフミは挨拶をした。晃は小さくよろしく、と返したのだが届いていないらしくフミは首を傾げ肩をすくめた。そして入口の横にある垂直に伸びている梯子に手をかけた。
晃はようやくフミの行動で自分がどんな部屋にいるかようやくわかりはじめた。フミっていう人が猿みたい駆け上ったところってロフトなのだろうか? 上を見上げると晃の目線、斜め上に出っ張りがあった。そこでガタゴトと物音を立てている。
「おいら、これからひとっ風呂浴びてくるけど、一緒いかないかい?」
上半身くらいは隠れる壁なのだろう。そこからフミは身を乗り出して晃を誘った。
「え、あ、あの」
「いま行っとかないと、あとが怖いよ? ものすごく混むからさ」
これは言葉に甘えた方がいいのだろか? でもお風呂くらいこの部屋にあるよね? 晃はぐるりと部屋を見渡した。さっきフミが登った階段の向かい側に一つの扉があることに気づいた。あそこにユニットバスみたいのがあるんだろう。晃は確かめもせずに確信した。
「あ、大丈夫です。お気遣いなく」
「そうかい? んじゃお先に!」
ひょいっと顔を引っ込めると、階段を二、三段降りたかと思うと二メートルはゆうにありそうな高さからフミは軽々と飛び降りた。その身軽さに晃は辟易しながらフミを見送った。
「じゃぁ僕は悠々と部屋のお風呂でも使わせてもらおうかな。顔も洗いたいし、変な汗結構かいたからなぁ」
独り言ちながら、板張りの床を裸足で歩き、ユニットバスがあると確信している扉の取っ手を掴んで引いた。開けてすぐに扉を閉めた。
ほ、ほら、これって魔法の扉で何回か開けると場所が変わるってやつだよ。晃は何度か扉を開けたり閉めたりして、目に見える光景が変わるのを願った。が、しかしそれは叶わなかった。ただそこに、ちょこんと様式トイレが鎮座していた。蓋は分厚い木で作られており、用を足す部分は晃もよく見たことある白い陶器である。流す部分は、まだ電動の整備が行き届いていない公共施設のトイレによくある銀色の手で押すタイプであった。無論、ウォシュレット機能などはないし、ユニットバスなどなかった。
「嘘だろ……」
きちんと確かめなかった自分も悪いと思うけど、なんで部屋にお風呂がないんだ? 洗面所もないなんてどういうことなんだ? 一体どこにお風呂や洗面所があるんだ? まさか魔法力がないとわからないとか? あぁぁ、さっきの汗臭いフミとかいう人にきちんと聞けばよかった。がっくりと肩を落として、もう一度ベッドの上に膝を抱えて座り込んだ。
アミさん、なんだか宿舎ってところは恐ろしいところに感じます――――。




