7 問いかけ
じっと晃の目を見据えながら、ミシルは口を開いた。
「アキラはずっとこの世界にいたいと思っているのか?」
取り乱さず、ただ置かれた環境に身をまかせているように思え、ミシルは敢えて尋ねた。
「べつに……」
ずっといていい、と言われればいたいし、帰れる、と聞けば僕は帰るだろう。だって僕はこの世界で必要とされている〝雪かきさん〟ではなかったのだから。あの落胆したたくさんの顔、声が今でも忘れられない。どんなに願っていたか鈍感な僕にもわかる。〝雪かきさん〟ではなかった僕はきっとここにいる必要がない。
でも少しだけいたい、と思うことがある。それはアミさんの言葉だ。「〝雪かきさん〟でなくても、ここに来た意味があるよ」と言ってくれた言葉。正直嬉しかった。ここにいてもいいんだ、って思えたから。それすらなかったら、僕は即答で「帰りたいです」と言っていたと思うけれど。それにもっとアミさんのこと、この世界のことを知りたいし、ここに来た意味を知りたい。
「あ、あの僕はここに……。この世界にいてもいいんでしょうか」
思わぬ問いかけにミシルは瞳を大きくした。
「え?」
「僕には魔法力っていうのがないって聞こえたのですが、その魔法力がなくてもいていいんでしょうか?」
「え……。あ、まぁ魔法力がないのは事実だが……」
なんで身を乗り出して私に聞くのだろう。さっきまで虚ろな瞳だったのに、急に生気が宿ったような……。急に変わった晃の態度にミシルは驚きを隠せずにいた。
「じゃあ、いても問題がないんですか?」
「問題は……ない。さっき契約も交わしたのだから。その……魔法力のことなのだが」
魔法力云々はこの際関係ない。この世界にいたい、とアキラが思うのなら――――。ミシルはどこか遠くを見つめたあと、ふっと晃に笑いかけた。
「この世界の理は、一人一つ、魔法を使える、ということがある。本来なら異世界からきたアキラには〝雪かきさん〟という職業とともに魔法力も備わるはずだった。でも、〝雪かきさん〟でもなく、魔法力もない。正直、どうしてこういうことになったか私も思い図ることができない。ただ……アキラがこの世界にいたいと強く願うなら、きっとカミさんがアキラの心内を汲んでくれるだろう。気落ちすることも、気後れする必要もない。堂々とここマンデルブロで暮らせばいい。猫背になっていないで背筋をシャンと伸ばしてね。それに……希望もなくはない。魔法力が今ゼロであっても、もしかするとゼロじゃなくなるかもしれない。そればかりはカミさんの采配によるけれどね。とにかくだ、何事も諦めないことだよ。諦めなければきっと――」
晃は最後の言葉が聞き取れなかった。自分を見つめるミシルの笑顔が優しく包み込むようで、見とれていたから。
「と、いうことは、ここで働いていれば魔法力が上がってくるんですか? 蓄積されてドーンと放出みたいな」
「……。なんだそれは? どうやったらそういう発想になるのかわからないが。一生懸命働く姿を見て、カミさんもなにかしら思うところができるんじゃないのか?」
「一生懸命?」
「そうだ。それに慣れないことだらけだろうから、努力もしないとな」
思いもよらない言葉を投げかけられ、晃は肩に重みを感じた。
「努力……?」
「そう。努力なくしてなにを手にする? ぼーっと待ってなにかが降ってくるなんて甘い考えはカミさんは持ち合わせてないんだよ」
努力。嫌な言葉だ。
成績を上げるには、ひたすら勉強して勝ち取るんだ! それには努力が必要だ、と塾や親、学校の教師から浴びせられてきた言葉だ。逃げてきたこの世界でも同じことを言われるなんて。どうしてぼーっとして生きていてはいけないのだろう。何にも囚われずにいたいのに。晃は胸の奥がジリジリと痛むのをギュと胸元を抑えて留めた。
「晃? 君はさ、人は一人で生きていけると思うか?」
思いつめた表情に気づいたミシルは、少し話を逸らして尋ねた。
「……はい」
よく、人は一人で生きていけないって言うけれど、誰にも迷惑かけないで生きれる方法だってあるはずだ。晃は少し考えた素振りをみせつつも即答した。その答えを聞いたミシルはチッチッと人差し指を口元で左右に振った。
「ノンノーン。アキラ、君は若いからかなのかな? ひどく考えが幼いね。それじゃぁまだまだだよ。まぁ、とにかくここで懸命に仕事を覚えて生きてみなさいね。明日からの仕事、よろしく! そこのテーブルに時計があるから時間の感覚はわかるんじゃないかな。夕食の時間は夕方六時だ。さっきの食堂に来てほしい。わからない場合は、あと少し経ったら帰ってくる同室の子に聞くといい。それじゃぁ」
つらつらと言葉を並べ、手をひらひらして別れを告げるとパチンと指を鳴らして一瞬にしてミシルは姿を消した。
しんと静まった部屋で晃は膝を抱えて項垂れた。
〝幼い考え〟誰かに言われた言葉をそっくりこの世界でも言われた。どうして人は一人で生きていけないって簡単に言うのだろう。僕なりに考えて、一人で生きていけるって思ってるのに。だってお金を稼ぐことができれば、自由に住む場所も、なにも文句を言われないだろう? 人と関わるといいことなんてないし。自分の考えが理解してもらえなく、晃の心はモヤモヤしていた。
しかし、そのモヤモヤを消し飛ばすように勢いよくドアを開けて入ってくる者がいた。
※前半部分が前のお話と被っていましたので削除致しました。(訂正:2015.10/19)




