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モアレ  作者: 彼方此方
3/3

モアレ3/4

大人が作った条例という名のルールに反する、子供達をつれ歩くには若干遅過ぎる闇夜の時間。

たどり着いたのは、その時間のその空の暗さに反し、人が住まうことを主張する灯りが煌々と灯る建物だった。

これからの行動は一般人には知られたくない。入り口が限られるマンションの、人の出入りが極端に減るこの時間をあえて選らぶのは仕事柄、良くある事だ。

「あんまり、人様の家に忍び込むのは好きじゃないんだよなー」

状況に似合わずケラケラ笑う綺羅の声が、先程帝都の七瀬によってワンフロア丸々端境を敷かれた八階の、少し広めのエレベーターホールに響き渡った。

目的の部屋と同じ階と上下左右斜めの被害がなかった入居者には念のため、色々な事情でこの日のこの時間帯だけ留守にしていただいた。

残念ながら目的の部屋の隣人だけは助けが間に合わなかった事は既に別件で確認済みだ。表向きは単独の交通事故とでもなっているのだろうか。

「大丈夫ですよ。ご家族も揃ってここ一週間、連絡を絶っていらっしゃいますから」

綺羅の隣、エレベーターが暫くの間、この階に止まらぬよう手配しながらの遠夜のあっけらかんとした返答に綺羅のみならず、一同、沈黙が広がったのもやぶさかではないだろう。

「はぁ?それって、全然大丈夫じゃないでしょ?!」

「だって、仕方ないでしょ?普通の人間では対処どころか感知すら出来なかった訳ですから」

やだ、信じられないという表情をみせる綺羅に遠夜はその仮面の笑みを未だ剥がさない。

遠夜は有能だか一癖ある男だと武夫は判断している。人殺し集団のセンターに属する人間だから仕方ないとはいえ、命に対する思考が少しずれている。一般人に寄せる気も誤魔化す気もないところを見るとそれが彼の下部となる一因であろうことは明らかだ。そして、ありがたくもない多数の過去の経験から、こういう男は見た目以上に目的に頑丈絡めにされていて自分の道を踏みたがえないことを武夫は知っている。たとえ、どんなにえげつない最低な仕事でも彼の願いに反することがない限り遠夜はその手を平気で汚していけるだろう。

「また、昨日のみたいに端境モドキですか?」

車中、ずっと黙りこんでいた柚希が、少し掠れた声でたずねる。学校での武夫の言葉に、やっと踏ん切りがついたのか、覚悟が決まったのか、諦めに溺れたのか、その表情が抜け落ちたかのような顔から武夫には察することは出来なかった。

「端境モドキだけじゃない。ついでにと言わんばかりに質の悪い時限式対人型禁厭みたいなのも発動していたみたいだな」

「やだ、それ禁厭なんてちゃんとしたものじゃなくて、ただ単に良くないものを空っぽの体に突っ込んでただけでしょ?そこまでわかってたなら、昼間に遊んでないで、さっさと来ればよかったじゃない」

武夫からの現状判明している事柄に対する説明に向けられた綺羅のあからさまな非難の言葉は既に了解済みの事なので武夫も苦笑いしかかえせなかった。柚希も声は無いものの非難の視線を投げ掛けてくる。

もう、救えない命だからと軽視したわけではないが、確かに魂への冒涜に近い状態を意識的に持続させてしまった武夫の罪は重いだろう。

「色々な大人の都合ですよ。ね、武夫さん?」

故意に汚れ仕事の片棒を担がせてしまった、命を軽視しがちな遠夜が、眼鏡越しの瞳は冷たいまま口元だけで薄く笑って武夫に同意を求めた。



ちょっとした怠け心やこれくらい人にバレないかな?なんていう些細な悪行、善意と思い込んだ悪意だって含めれば、人間誰だって道を間違える可能性を無数に秘めている。それ位ソレはすぐ隣、背中合わせに存在している。

大なり小なりのそれらの中、運が悪いとか魔が差したとか言われる確率で、人は鬼に唆され、災厄や禍となり己も鬼に成り下がってしまう。

それは感知されていないだけで、本当によくあることなのだ。極普通の人間も、縁者も、そして一度は同じことを経験して故意に人から少し離れてしまった姫神の下部も。

「さて、目的地に到着し、これから多分本体と対面、戦闘となる訳だが。その前に、俺は今回のチームのリーダーとして、君達に伝えなければならないことがある。よく聞いてくれ」

術的な何かで空間がねじれているためか、武夫の中の多少は残っているであろう人間的感情がもたらす影響か、長く感じられる廊下の途中、武夫は三人に背中を見せたままエアコンが効いていないのか冷たく重い空気の中、武夫は静かに口を動かし足を止めた。

少し真面目な素振りを武夫が見せてもこのメンバーは仕草も反応も変わらない。

「先ほど学校でも軽く触れたが、災厄はそこらじゅうに散らばっているからっていっても、今回の件、重要参考人が綺羅ちゃんと柚希ちゃんというセンターの人員の周辺に敢えて配置されている所から、狙われた感が拭えないと当初から帝都の司令は見てるらしい。まぁ、うちの情報なり二人の何かしらの個人的データが、あまり芳しくないうちみたいな組織に漏れた可能性もあるわけで。七瀬ちゃんには、ずっと調査は平行で続けてもらっている訳だが」

自分の名前が出てきたことに通信を繋げたままだった七瀬がここで言うのかと息を飲む気配がインカム越しに伝わってきて同時に諦めにもにた声で「現場三つも抱えてクソ忙しい中、続行してるよ~」と笑って伝えてきた。ゆっくりと振り返った先、二人の少女が、先ほど歩いていたときより少し距離を空け、まっすぐ武夫を見つめその足を止めている。

「ありがとう、七瀬ちゃん。で、だ。まぁ、多分賢い君たちなら今日の昼間の行動ですでに気がついているかもしれないが、実は今回急遽現場入りが決定した俺自身の家族も含めて、君達二人の肉親に対しても昨日から色々な良くない介入が認められてね。現在帝都側に対応し続けて貰ってる。ああ、問題が具現化している訳ではないのでそれは安心してもらっていい。……なので、だ。あまりのタイミングに、ぶっちゃけて言えば俺は現在君達二人を重要保護対象として守りつつも、同時に重要参考人と同等に疑っている。言葉は悪いが帝都センター本部に名を連ねているわけでもない普通の地方都市の末端のさらに末端であるような君たちを掌握したところでできることは限られているからね。ちなみに疑うことに対して俺は一切申し訳ないとは思わないし、君達が保護されることに負い目を感じる必要性もない。これが俺の仕事であり、俺のやるべきことだと思っているから。だから昼間の君たちの行動も常にスクリーニングにかけさせていただいた」

「まぁ、偶然性を探すよりは私たちが別組織なり鬼に唆され『堕ちた』と見る方が早いし確実よね」

少しの沈黙のあと、血の気の引いた表情のまま、まるで他人事を話すかのような笑みを張り付け綺羅が武夫の言葉を肯定した。

「そんな大事なこと、本人である私たちに話しちゃっても大丈夫なんですか?」

昼間、一度遠夜から疑われていると聞かされていたからか、それとも共に居ない家族に想いを飛ばしたのか、廊下の灯りに眼鏡が乱反射して表情が読めなくなった柚希が抑揚のない声で武夫にたずねてきた。

「うーん、そうだなぁ。本当は話すべきじゃないかも知れないんだけどね。ただ本当に運の悪い偶然が重なった手当たり次第の逆恨みっていう線もあり得るし。二人の肉親に対する介入も差ほど問題なくこちらで対応できてるから要らない心配もさせちゃうしねぇ。でも、二人とも、隠されるのはもっと嫌だろ?とりあえず疑ってもいるが心配もしてるってことをちゃんと伝えたかったんだ」

人間臭く鼻をボリボリ掻きながら答える武夫の目線の先、少女達の背後で咄嗟の場合の対応を準備していた遠夜の殺気が瞬時に消えた。咄嗟の反撃に対応したものだったが、多分これくらい緻密なものになると、この少女たちには自分達が命を狙われていたなんてことさえ気づかせていなかっただろう。

「心配?」

とても無垢な疑問を小首をかしげ柚希が返してきた。相変わらずその表情は見えない。

「ほら、作戦行動には『ホウ・レン・ソウ』ってあるだろ?」

「あぁ、『報告・連絡・相談』ってやつ?」

武夫の言葉に唇を噛んだ綺羅が相槌を見せる。

「そそ。こちらの現状を君たちに報告しとけば、君たちがもし何かしら今回の原因を関知していて、連絡さえしてくれれば、こちらとしては救い出す相談ができる」

「それは『堕ちて』いても?」

誰と相談するのか、あえてはっきりとは言わなかった武夫にまっすくな視線をこちらに向けた柚希が一歩踏み込んで確認してくる。

「オジサンが出せる範囲の全力でなんとか対応してみようと思っている」

「それ、なんか私が知ってるホウレンソウと違う」

嘘は混じっていない言葉を伝えると綺羅がいつもの調子を少し取り戻したのかおどけて言ったので

「頼れる上司だろう?」

と武夫もいつものふざけたオジサンのテンションでそう答え、少女達に無防備な背中を見せつけると目的地へと歩みを進み始めた。





普通の人々が普通に生活を続けているマンションでの隠密行動のため、乗ったエレベータから目的の部屋までは三ブロック離れてしまっていた。だがそれ以上に長く感じられる廊下を進む途中、突然、綺羅がその歩みを止めた。

「あー……やだ。なんかここ、行きたくない……気持ち悪い。吐きそう」

いつもと違ったか弱く震える声に武夫が振り返れば、先ほどの武夫の話の時以上に顔色を青白くさせた少女はその場にしゃがみこみ、体を震わせていた。震える自らの体を抱き締めようとする綺羅の両腕は、いつもなら端境に入ると消える彼女の手の傷を強調するかのように赤みを持たせ存在を主張させていた。

目的の部屋まではあと一ブロックと思われる近くも遠くもない距離感に、綺羅の様子を観察するためしゃがみこんだ遠夜と一瞬視線が合った武夫は、彼の伝えたい事を理解した。

「……そうだね。ちょっとここは綺羅ちゃんには淀みが強すぎるかもしれない。柚希ちゃん、綺羅ちゃんと二人でここで待って居てくれるかな?」

視線だけで、私達を疑っているのに?とたずね返してくる少女達に、待機を言い渡すと武夫と遠夜は、差ほど情報原としては期待していないマンションの一室へと足を進めた。



それは武夫達が二人と別れ再び歩き出してさほどの間もない時だった。

『柚希ちゃん、さっき、私と遠夜が居ない時、武夫さんとえげつないお話したんでしょ?』

耳につけていたインカムを外し電源を切る音と共に、先ほどまでの不調を訴える声が嘘だったかのように綺羅がウフフと少し大人びた笑い声を響かせた。

問われ、いいよどんだ柚希の息を止める音がはっきりと聞こえた後、周りの気配を確認しつつ柚希もおそるおそるインカムの電源を切る音を発した。


おいおい。

武夫の心の中はツッコミながらも笑いを抑えられなかった。どうやら注意勧告した側から子供達は大人の言葉を無視するらしい。

武夫と遠夜が通路の角を曲がったのを目視して始められたであろう少女達の会話は七瀬の通信にしっかりとのり、武夫達のインカムにも確実に届いていた。

『大体内容は予想がつくから言わなくても大丈夫。あの人がそういう人だって事もとっくに知ってるし。……きっと柚希から見たら穢らわしくておぞましくて残念過ぎる昔話だったかもしれないけれど、そんなものさえ足し合わせて出来たのが今の私なの。他人から見たら汚れ奪われるだけのマイナスだらけの半生に見えるかもしれないけれど、マイナスだってカッコで閉じれば足し合わせれるのよ。知ってた?嬉しかったことも悲しかったことも、思い出にしたい大切なことも忘れ去りたい嫌なことも、全部ひっくるめて足し合わせたのが今の私なの』

だから私を嫌わないで。

決して綺羅からは言葉として語られることのない求めが空間に溶け込んだ。

『……汚くなんてない。穢れてなんかない。綺羅ちゃんは今の私より、汚れることに、人生のマイナスに怯えふらついている私なんかより何倍も真っ直ぐに誠実に生きていると思う』

だから私をそんな真っ直ぐな目で見ないで。

決して柚希からは言葉としては伝えられることのない拒絶が空間に染み込んだ。

少し背伸びさえ感じられる少女達の大人びた口調に武夫は口元が緩むのを止めらず、思わず口元を手で覆ってしまった。七瀬の穏やかなため息と共に隣の遠夜の視線が多少冷たさを増した気がするが気にしない。

『多分この状況、に武夫さんの話とくれば、互いのバックボーンを知り得た上で見張り合えってことよねー。どおりで昼間からいつもしつこい母さんからの連絡が来ないと思ったのよねぇ……。私は柚希がコッチに入った時の事件に同行してたから、これで釣り合いがとれたのかな?……武夫さんってさ。普段はすんごく優しい普通の冴えないオジサンのくせに、仕事はわりときっちりビシッとシビアじゃない?多分優しいのを装っているだけの人なんだろうけど。私達みたいな子供なんかだと、そのギャップに出来る大人っぽく見えちゃって、カッコいいとか誤認しちゃうよね?しちゃってるよね?こっちがそんな状態だってわかった上で、さっきみたいに面と向かって、はっきりと疑ってるって言われてもハイそうですかとしか思えないじゃないのよねー。やってること、鬼より鬼よねー。完全に惑わされちゃったわよ。』

『……うん……それ、わかる気がします。それより、綺羅ちゃん、体調はもう大丈夫ですか?』

明るい口調の割には、若干自分が貶されている感も拭えない。しかも大人しい柚希さえさらりと同意を見せているのだから武夫は頭痛を覚えてしまう。

『うん、なんか遠夜さんが禁厭でもかけてくれたみたいだしもう平気。しかし遠夜さんって普通の姫神の下部とは思えないよね?さっきのエレベータとか見た?なんで複数の術系をさも当たり前な顔して扱ってんの?あの人本当にただの地方支部の職員?』

不思議だと語る綺羅の言葉に、隣を歩く澄ました顔の遠夜が軽く肩をくすめ笑ってみせた。

姫神の下部になってからの日は武夫よりかなり浅いが遠夜は元々の生まれや技量から多彩で大量の禁厭をふるえるのはセンターの機密事項の一つだ。

『どういう立ち位置か教えてくださらなかったから予想もできませんね』

同意をみせるものの柚希は警戒は解いていないと雄弁に語る口調だ。

先ほどインカムの電源を切った少女達は、こちらには何も聞こえていないと思っているのだろう。同行する大人達に対し言いたい放題だ。

けれど、ここは七瀬の端境の中だ。彼女が作ったこの空間は余程の力場でない限り彼女の独壇場だ。いくらインカムを外そうが切ろうが、全て七瀬にはお見通しだ。任務に慣れた者なら常識だが、まだ経験の浅い少女なら知らないこともあり得るだろし、諸事情からあえて知らないフリということもありえる。

『だいたい、空港まで誰が帝都から派遣されるのか、こっちでは確認出来なかったじゃない?それで、あの武夫さんの登場でしょ?もう帝都から疑われてるなってしょっぱなから凹んだわー』

おやおや、あの時点で疑われていたのか。本部に提案書を出さなきゃなんねーな、と武夫も肩をくすめて遠夜にみせつけた。

『やっぱりあの噂は本当なんですか?その……』

『ああ、武夫さんは、災厄も禍も鬼も下部も縁者も……それどころか極普通の一般人でさえ、センターの障害になるようなら殺しちゃうってやつ?……そうねー。武夫さんって「旅団」とか「八俣」がらみの噂もあるしねー』

色々考慮した上だろう。口ごもる柚希に対しはっきり言葉にし答える綺羅の態度にに武夫は背筋を冷たいものが流れる感触を感じた。そして同時に隣の遠夜の視線が多少きつくなったのも感じが、事実の部分は仕方がない。遠夜の性格から考えるとセンターに無駄な報告が上がる事もないだろう。伝手を求められるくらいは覚悟しておこうと心に留めておく。

『旅団って……武夫さんは軍とも関係が?』

『ああ、「旅団」ってテロとかの方。知ってる?軍はねー、随分前からもう当たり前で関係あるんじゃないかな?あの感じだと多分。』

『ええっ!「旅団」って、あの「旅団」ですよね?実在するんですか?!』

『どうだろうねー。でもおんなじように都市伝説みたいな力を使う私達やセンターが実在するんだから「旅団」が実在しないとは言い切れないじゃない』

会話から察するに、柚希は半分も理解出来ていないだろうが、普通の少女が知るはずもない表向き存在しない都市伝説級の名称の羅列に武夫は綺羅に対する認識を改めなければと苦笑いを漏らした。彼女は昨夜話していた、既に鬼籍に入ってしまったという軍属の義父候補からかなり影響を受けていたのだろう。それまでの母親のクズな愛人どもと同様にもっと早いうちに手を打っておけば良かったという呟きは決して綺羅には聞かせてはならないものの一つだ。

『なにはともあれ、武夫さんは、味方にはめっぽう優しい顔を見せるけど、敵対したら最後、殺ると決めたら確実にためらいなく殺る人だろうね』

感情の抜け落ちた綺羅らしからぬ声がインカム越しに冷たく武夫の耳を突き刺した。

そろそろ、意図せず盗み聞きする事になってしまった少女達の話題に、これからの行動以上に得るものはない判断し、武夫は遠夜に目配せする。遠夜が体制を整え、武夫がたどり着いた目的の部屋のドアに手を伸ばした時だった。


『……そうだね。だからこそ、私達をあの永遠に続くかと思われた地獄から引きずりあげてくれた。暗闇の世界に光を注いでくれた。見返りなんて当たり前にあるだろうってわかっていた。仮初めの優しさだってわかっていた。でも、酷いことを平気でできる人だってわかっていても……うんん、わかっていたからこそ綺羅ちゃんも私も憎しみと一緒に好意を抱いてしまった。これって依存ってよりは、やっぱり恋、でいいんですよね』

少しの沈黙の後、柚希が普段以上に穏やかな声を響かせた。間接的な告白にも近い言葉が武夫の手を一瞬止める。

とっくの昔に少女達からの思いなんて武夫は気がついていて、あえてそれを利用することもあった。今回もこれの派生とはいえ今まで以上に武夫も帝都も存分に利用している。

酷い奴だと罵られれば、相手は幼い少女達だ。多少は辛いが当たり前だろうと受け止めるつもりでいた。けれど、そんな武夫ですら受け入れるつもりであったらしい少女達に、武夫はがんじからめの、それこそ依存の重みしか感じず、不快感から顔から感情を消し去った。

先ほど柚希には直接語ったことだが、そんな甘ったるい感情なんてものは心底武夫には不要なのだ。


『私、大学でずっと共同制作をしていた人がいたんです。彼は私とはまた違った形で違った対象に依存……うんん、違うな、彼は確かに恋をしていました。どちらかと言えば私より彼の方が感情が歪んでいたかもしれません。でも二人で共通の意識は共有し続けていました。……シンデレラは王子様に会わなければ、王子様を助けなければ泡になる末路を選択することもなかった。でも、もし人生をやり直すことができても王子様が居ない世界なんて選択肢になかった、と……』

『そうだね』

ぽつりぽつりと続けられた柚希の言葉に綺羅が少し声を震わせた。

「王子様だそうですよ?」

「随分老けこんだ腹黒い王子さまだねぇ」

青い水泡の様に浮き上がることは決してないはずだか、マリンスノーの様に静かに降り積もっていく少女達の感情の露呈に、深海魚の様にニヤリと口元を歪ませる遠夜を隣に、武夫はいまなお外に降り積もるだろう雪を重ね見た。



*****



数日間姿を、いや存在自体を消していた部屋だったそこは、七瀬の端境下に入って初めてその異様な存在を主張し始めたようだった。

周りの部屋と同様に扉の上部にある飾り窓は、この部屋だけがステンドグラスの様に濃い朱色に染まっていて、入った瞬間、濃厚な死臭と凄まじい憎悪を渦巻かせていて、武夫でさえ目眩を感じた。

「これは……」

武夫の後ろ、援護の姿勢のまま絶句した遠夜が、武夫の目配せに気付き、開けっぱなしだった扉を後ろ手に閉める。

照明のスイッチは反応しなかった為、薄暗がりの中、下足のまま踏み込んだリビングはまさに赤黒い血の色に染まっていた。

爪らしきものが先端に判別できるから腕か脚だろうと思われるものがぐちゃぐちゃな断面を見せつけるかのように何本かごろりと転がり、内臓だったであろう長い何かがソファーの背もたれにレース飾りのようにぶら下がっていた。多分頭部だったであろう潰れた塊は白い頭蓋骨が粉々になって赤い血肉に混じり、既に骨格からの被害者の判明が不可能であろう状態で覗きこんだダイニング対面キッチンのシンクの中に鎮座する。テーブルに置かれた透明なガラス製の口の大きな花瓶には手のひらを花に見立てたかのように腕が二本、血溜まりのなか活けられていた。

「出来立てホヤホヤみたいに生々しいですね。この部屋、時間と空間の軸がかなりねじれているのではっきりとわかないですが、この感じだと確実に二人分は有りそうですね」

「こりゃ……酷いな。見えてるよな、七瀬」

エグいことをすらりすらりと語る遠夜を睨みつつ、武夫は感情を排除した現状を表現するだけの言葉を口にする。零れ落ちていく単語一つ一つが凍てつく寒さの室内の中であっても自分達自身でも寒気を覚える冷たさを持っていた。

「ほいほーい。見えてるよん。あちゃー、予想通りとはいえ家族全員喰われてれば、そりゃぁ失踪届けも出されないわよねー」

武夫や遠夜とは反対にこういう状況になればなるほどおどける七瀬の声は愉快に跳ね回り、こちらに先ほどからずっと撃ち込まれつづけているであろう目に見えぬ、けれど確実な意思を持つ憎悪を跳ね返してくれている。それだけでこちらの消耗は著しく楽になる。

こんな状況の度に『空間の姫君』は流石だと心から武夫は思う。榊調査官が帝都の司令室から七瀬を出したがらない気持ちも良くわかる。そして同時に、こんな素晴らしい力を持ちながらあえて軍や旅団や八俣からの誘いを断りセンターのみに固執する七瀬の考えがわからなくなる。

「しかも、この様子だと、しばらくは中身にあまり良くないモノを突っ込んで誤魔化してましたね」

「人様の趣味や嗜好にあれこれ言うつもりはないが、昨日といい、これといい酷く歪んでんな」

命を喰った後、その記憶をトレースし植え付けた禍鬼を住まわせる。時限式災厄として、また元の人間の死亡日の偽装くらいには使えるがその利点と手間を考えると、趣味趣向としか言えない位の無駄さが存在する。人間として既に壊れたか壊れかけた人間モドキや災厄、禍に鬼位に歪んだ感性でしかあの過程は完結できないと言ってもいい。

武夫達の室内の状況確認とともに七瀬の端境が少しずつこの空間内に影響を拡げていっているのだろう。コートを着ているはずなのにピリピリとする素肌が端境の影響下の境目伝えてきた。

「家族構成は本人と両親と兄だっけ?」

シンクの中の頭蓋骨だったらしきものを武夫が確認しつつ、数えていけばその家族構成に対し数が合わなかった。

あと一つ位は転がってるかなと思ったのだがと視線をさまよわした先、

「これ、高校生っぽい、ですね」

遠夜が指差すリビングに隣接した外れかかった襖の向こう、見慣れた感のある布地が巻き付いた輪切りの物体に、つい先ほどまで陽気に話していた少女の制服の柄が重なった。

「あ」

「知ってるやつか?」

「多分、噂の綺羅ちゃんの先輩、かな?」

七瀬のつまった声に武夫がそれに近づき自分の認識を確認すれば、苦笑とともに七瀬から当たりだと伝えられた。

「ずいぶんとぐちゃぐちゃな喰い方だな。これはこれで行儀も悪い」

カーテンがズタズタに破かれた部屋の窓の外には月さえ見えなかった。ただただ降り積もる雪がその白さに室内をほの暗く照らし見せるのは、リビングよりも凄惨な、人だった面影を僅かに残す肉の欠片の散乱と白ろかったろう壁に飛沫を放ちながらペンキの様に塗りたくられた滑りを感じさせる朱色の命の液体だった。

「呪いの凪でしょうか?」

一際激しく損傷し、頭蓋骨的なモノさえ判別がかなわない、かつては敦史と呼ばれていたであろう肉片を前に、おそるおそるたずねてきた遠夜の言葉に武夫は無意識に鼻で笑ってしまっていたようで、不快感の表情を遠夜が露にしたことで、それに武夫は気がついた。

「……遠夜は今までにモノホンの命を奪うレベル凪って見たことあるか?」

「いえ、話にしか」

「そっか。じゃ、覚えとけ。余程の実力者でもなければ命を奪うレベルの凪はこんなにやわじゃない」

「これのどこがやわなんですか……」

「コト切れていんのに、存在した証が残ってるところ」

武夫は以前見たことのある凪を思い浮かべ、同時に胸を押し潰しそうな嘔吐感に耐えながら遠夜に言葉を続けた。

「凪はこの世の摂理を無理矢理力任せにねじ曲げた罪に対する、生きたまま受ける重く恐ろしい罰だ。命を乞われる程の重罪ともなれば、最中にその気配に甘美にさえ思われるらしい死を迎えられるのは最後の最後。全てを壊された後、何も残らない状態になってから。ただし、それを迎える最終形態は死とも言えないものらしいが、な……」

だから、こんなもの、実際に見たことがないものが噂から想像し模しただけの悪趣味な偽装でしかない。

そして、悪趣味具合からナニからの入知恵かも想像に容易い。

こんなに些細なことで、こんなに容易く相手を唆した対象を確定できたのは単に相手方のレベルの低さに他ならないだろう。しかし、これさえ、偽装ともなれば相手の高尚さに武夫は脱帽しかない。武夫が考えていたこの先の予想は大いに外れ、多分本当の手掛かりさえ掴めないで終わってしまう。そうなれば武夫は完全なる敗北を認めざるおえない。



「そんな……。では凪でないならば、重要参考人であるはずの少年のこの惨状は?」

遠夜が一言一言確認をとるかのようにたずねてくる。

「少年が死ぬほどの凪を受けることをやらかした。そんな風に誤解してくれたらラッキーな奴が居るっつーことだな。ここまでくれば想像に容易いだろう?」

「背景はともかく災厄に成り果てた犯人は別に居ると」

「まーそういうことだ」

武夫の同意の発言の直後、急激な悪意と殺意の凝縮を皮膚に感じ、武夫と遠夜は軽くその場を飛びはね避けた。

目に見えぬ衝撃を発した先に目をやれば、歪む空間に亀裂が入り常闇の底からおぞましい気配を存分に吐き出す癖に未だ人形(ひとがた)を保った存在が現れる。堅物な感のあるいかにも真面目そうで神経質そうなひょろりとした大学生。しかし白目と黒目の色が反転していて既に人ではないモノであることを主張している。

「おっと!!どうやら昨日脱け殻を遠隔操作していたご本人様のご登場のようだ」

「これは……敦史君の兄、聡史君……で、いいのかな?」

武夫同様に反動なしに、息をきらせることなく体をくるりと回転させた遠夜が、間合いを取りつつ、車の中、何度も目にした重要参考人の写真そのままの、その存在にたずねかけた。

「家族まで殺め穢してしまって、いけない子だなぁ。この様子からだと罪を擦り付けるくらいじゃ納得できないくらい弟を憎んでいたのかな?」

タールの様にねっとりとした悪意から避けつつ、武夫は辛辣な言葉と共に生み出したショットガンを、まるで何もない空間から引き摺りだしたかの様に握り取り狙いをつける。直後躊躇いなく撃ったショットガンの予定以上に強い反動に武夫は床を転がった。

「今、お前さんが出てこなかったら、災厄の元凶、主犯の弟敦史は凪にて死亡。遺体不明の兄は操り人形にでもされたんだろうなんて都合がいい考え方して万事解決って思いこむヤツもいただろうねぇ」

ほらそこのそいつのようにと遠夜に視線を向ければ、珍しく苦い表情を浮かべ狭い室内では扱いにくいであろう半透明な長い槍状の氷柱を構えて聡史と呼んでいいものか悩むものに狙いをつけていた。

「デもお前ハそう思ワナい」

「だねぇ。だって昨日のお人形、余りに弟の知り合いばっかで固めて、あからさま過ぎんだろ?あれじゃ、本人がわざわざ姿を隠す意味がない。……第一、普通の人間が受けたら、いっくらしょぼくったって凪はこんなもんじゃねぇから。でも、お前、元は何の才能もない普通の人間だったんだろ?弟のたかが人としての才能に嫉妬するくらい」

武夫のおどけた口調を断罪するかのようにかつて聡史と呼ばれたモノがその指先を油絵用の尖った金属の器具に変え、武夫に衝撃波を打ち込んできた。

ギリギリで避けると同時に再度ショットガンを撃ち込めば、方向がずれたのか、衝撃波は遠夜の横、血塗られたソファーを裂き、コンクリートの壁にヒビを入れる。

「生きトし生けるモノは全て生ヲ食ス。なラば、なにユえ生存競争ノ為、他者カら生を奪ウ事を否定すル?」

何でもない事のように武夫が撃った銃弾を全て手のひらで受け止めたソレは、見せつけるかのように握りしめると一言疑問を口にすると、上を向き、まるで水でも飲むかのように次々と玉を喉へと流し込んでいった。一つまた一つと喉を通過する弾丸が、内側から肉体と思われるものを焦がし溶かしていくのとほぼ同時に異常なほどの回復力がみるみる間に元に戻していくのが見てとれる。


「やっぱり、ずいぶんと歪んでるねぇー」

「すでにこの状況でわかっていた事でしょ?」

空間の緊張感とは正反対の間延びしたインカム越しの七瀬の声に先ほどの衝撃波で頬を少し切った遠夜が少し苛立った声を上げる。

「どっちかっつーと、昨日の夜からかなー。な、七瀬ちゃん?」

現状とは合わないことこの上ないが、七瀬の話し方に乗っかって武夫も呆れながら笑った。昨夜、操られた喰われた後の亡骸を見た時から、武夫と七瀬はあれだけでは済まないだろうと予想していた。恐らくは重要参考人でさえ操られ偽装の手段にされているかもしれない、と。まあ、ここで凪を模倣するというなんとも稚拙な手段にでるとは予想していなかったが。

「それって、昨日からこっちが本命って気がついていたって事ですか?」

「ははは」

悪びれない七瀬の笑い声が否定をしないことに遠夜の眉間に皺がよる。

「まぁ、あれだ……偽解像、つーかモアレ的な感じの案件だとは予想してた、かな」

鼻をポリポリかきながらの武夫の回答に更に眉間の皺が濃くなった。

「モアレって……錯覚レベルですか?じゃあ、例の件は予想違いですか?」

これを倒しても目的には達することはできないのか?苛立ちがこもった遠夜の言葉に、ちょっと言葉遊び過ぎたと武夫は首をくすめて

「いや、芋のツルくらいは掴めたんじゃないの?」

と、弾丸のお食事を終わらせらしいモノの眉間を狙い、言葉と共に生み出したリボルバーを片手に再び撃ちならした。

「これが、蔓ですか」

蔓にしては随分赤くて滑って反抗的ですねと辛辣な言葉が羅列される。今回は跳ね返された弾丸が部屋の壁やガラスに傷をつけるが、七瀬の端境の影響下の為それは破壊の決定打にはならない。

「可哀想にねー。もう理性も知性も持ち合わせてないかなー?」

七瀬の寂しそうな呟きに、この人、ここまでやってる人間でも仲間にする気だったのかと信じられない表情を遠夜がみせつつ、

「質問内容的には……知性はあるんじゃないですか?」

とギリギリ理性を保って律儀にも丁寧に答える姿が可笑しかった。

「完全ナル美ヲ……ココニ」

「知性って……遠夜には、わかんねぇーかなぁ……。こいつはただのスピーカーだ」

狙いをつける、その人から離れた禍の存在は白黒を逆転させた瞳を人にはあり得ない動きでぐるりと回して鮮烈にて強烈にほほえむと先ほどまでの攻撃が嘘の様に更に激しい憎しみをのせた攻撃波を投げつけてきた。

襲いかかる攻撃に反撃しつつ、武夫が唇にのせた言葉は遠夜には届いたのかわからなかった。




災厄になりかけていようとも元々数日前までは一般の人間だったもの相手の戦闘は、センターの現役実行部隊の二人にとってはさほど苦になるものではなかった。現に、武夫は神器振るっても遠夜は間合いが取りにくいこともあって、それを手にはしても一切振るってはいなかった。

「遠夜!とどめはさすな!」

「っ?!」

武夫の安心感に相反し、場数は未だ少ない遠夜は少し焦りがあったのだろう。とっさの行動に気がついた武夫の声に遠夜がその手のひらから生み出した氷柱の槍を振るうことをととどめた。

その隙間を狙ったのか。圧されていた元聡史だった禍がその瞳のカラーリングを反転させ、一気にその禍々しい気配を室内から消した。

少なくともこの空間から逃げたした。武夫にも遠夜にもそう思われた。

「あなたが躊躇いなんて珍しいですね」

「躊躇い?ちげーよ。そんなやわいもんじゃねぇ」

嫌みとしか取れない遠夜の言葉に武夫は心から可笑しくなってその手の銃を空に投げ捨てつつ、笑った。

「では?」

訝しげに訊ねる遠夜の顔が益々歪むのが可笑しい。

「体よく背景に隠れてる奴を突き落としてやる為の確証収集?」

鼻をかきながら武夫がとぼけて答えるも、遠夜はその意味を悟ったようだった。

「成る程……最低ですが最適ですね」

一気に吹き出した軽蔑という名が一番ふさわしい視線が痛い。

「誉めても何も出ないぞ?」

「誉めてません。貶してます」

遠夜の冷たい声とそれを笑う七瀬の笑い声が耳障りだったが、さほど気にするほどでもなかった。

「ふふん。まぁいいよ。そろそろおいたの時間は終わりだ。七瀬と遠夜はバックアップを頼む」

「らじゃりましたー」

「仕方ないですね。あんまり派手にしないでください」

「それは残念ながら約束出来ないな」

そろそろ出張を終わらせると宣言する武夫に二人がいつもと変わらぬ返事を返す。

「仕方ない大人ですね」

「大人っていうのは大抵ダメなやつなんだよ」

「たしかにねぇー」

そんな軽口の叩きあいを楽しんでいる最中だった。


きゃぁあああああ!!!


端境の目に見えぬ膜を震わせるような少女の叫び声に武夫と遠夜は一瞬視線を合わせたあと、血塗られた室内からマンションの共用スペースである廊下へと飛び出した。

足跡のようなものはそのグレーのコンクリートの廊下には一つも見えなかった。しかし、臭いとも気配ともいえる魔が魔がしい何か通路の先、夢見る少女達を残してきた辺りから溢れ漂っているのが感じられる。

「くそっ!遠夜、追え!」

「やってますよっ!!」

自分でも切羽詰まった声だと思いながらかけた声に、存在を飛ばす遠夜の声だけが返ってくる。

「大丈夫か?」

「綺羅ちゃんがっ!」

駆けつけたその場には、身体中に刃物で傷をつけられ高校の制服をズタズタの血塗れにした意識のない少女と、応戦したのか両腕から赤い血を滴らせ、意識のない少女を抱きしめた少女が血の池の中、座り込んでいた。

すぐさま柚希から奪い取るかのように綺羅の体を受けとると、呆然とする柚希をそのままに武夫は綺羅のバイタルを確認した。

「逃げられました……」

「だろうな……」

成果を得られなかったという内容の言葉と共に何もない空間から涌き出るかの如く出現した遠夜に武夫は舌打ちするものの、そのまま綺羅の搬送先の手配を依頼し、インカム越しの七瀬には空間出入りに関する確認を願った。

「これもあなたの想定内ですか?」

通話の合間、武夫に投げ捨てられた遠夜の氷柱よりも尖った敵意は仕方ないものだとおもわれた。目の前、消えそうな少女の命の炎を敢えてお前が消そうとしただろう?と責められているのだ。

「そこまで、俺が屑だと思うのか?」

「ええ、武夫さんですから」

「俺、サイテーだな」

携帯が繋がったのか、急ぎ手の回しやすい医療機関に連絡をとる遠夜の隣、瞼を固く閉じ青ざめた少女の応急手当てをしながら、武夫はほんの少しその唇の片端を上げた。



*****



「クッソ!」

一通りの処置が終わり、あわただしい気配を放っていた医師や看護師が姿を消した病室。壁を力一杯殴り付けた武夫の右手が真っ白のそれを赤く汚した。

物にあたるのは良くない事くらい武夫は理解している。けれど衝動が抑えられない時だってある。

「命を繋ぐ時以外、人が人の命を奪ってはいけない理由?あぁ?んなの簡単だよ。命って言うのは全部尊いんだよ。虫けらだろうが人だろうが全部尊い。尊いからこそ、感謝して食った分だけ自分の糧になるし、傍若無人に他者から奪っちまった分だけ、自分の魂を同じだけ傷つけ削りとっちまうんだ。それはしがらみから身軽になったのではなく、自由になった訳でもなく、ただ欠如しただけの状態だ。生きとし生けるものの重みを失ってしまうことだ。それは生きると言うことから外れる道だ」

綺羅に繋がった医療機器の静かな機械音が響く病室で武夫は先ほど隆二だったモノ、既に災厄とか鬼とか表現できるモノから問われた答えを口にする。

見た目や武夫の想像以上に綺羅の傷は酷かった。命はかろうじて救えたものの、暫くはかなり辛い思いをすることになると、そして、彼女は端境の中でしか消すことの出来ない酷い傷をまた一つその小さな体に抱え込んだことを医師は伝えてきた。

頭の中は、今朝朝食の時に見かけた雀の跳ねる姿が甦えって、苛立たしさが先走り、頭の中が冷たく覚めわたっていく。

ここまで相手が味方の少女に直接的な敵意を見せてくるとは予想していなかった。これは武夫のミス以外の何物でもない。

「七瀬。インカムなんかかったりぃ。邪魔くせぇ。脳に直結していいよ」

繋がったままのインカム越しに、息を殺してこちらの状況把握をしているだろう帝都の七瀬に聞いてんだろ?と訪ねると、目の前の遠夜がその表情を驚愕に固めた。

「脳に直結って……あなた自分が言ってる言葉の意味がわかってますか?緩衝材なんですよ?!七瀬さんとの回線をインカム無しに繋ぐなんて自殺行為ですっ!」

珍しく声を荒げる遠夜の姿が苛立つ感情の中、面白く思えて仕方がない。体のいい八つ当たりだ。

「あぁ、よーくわかってるよ?前にもやったことあるし。な、七瀬?」

ニヤリと滅多に見せない質の悪い悪役の笑いを浮かべてしまう。

「まーね。仕方ないわね。でも武ちゃんだけよ?普通の人間なら脳の神経細胞がボロボロになって簡単に壊れちゃうから」

「俺だけ繋げば十分」

交わされた内容に何かしら察した遠夜の顔色が悪くなる。

「私は武夫さんが益々怖く思えます」

ぼそりと漏らされた遠夜の本音に更に笑みを強くして返せば

「多分、遠夜君のその感覚は間違っていないわよ」

と七瀬が普段聞かせることのない妙に色っぽい声を響かせサービスをした。

「……じゃ、遠夜。ちょっと、本気出してくるわ。留守を頼む」

同じネットワークに繋がったままの、七瀬からの連絡手段であるインカムを外し床に投げつけ踏みつけると、不快な音が頭の中に響き渡った。

直結の確認をした直後、手をひらひらと振りフラリと病室をでる武夫の後ろを、静かに病室前の廊下の長椅子に座っていた柚希が追ってくる。

「武夫さん。……私も一緒にいきます」

「そう言ってくれると思っていたよ、柚希」

消灯時間が過ぎた病棟の、少し暗く静かな廊下で、武夫は遠夜を含めた子供達から見えぬ角度でニンマリといやらしく笑うと、これから綺羅の護衛を任せる遠夜の耳元で二、三言話し、まだ包帯の白さが痛々しい柚希を連れその場を離れた。




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