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第18話~今日子18歳~後編

 サッカー部の全国大会では、一回戦は突破したものの、二回戦で後に優勝校となる千葉県代表の市立船椎(しりつふなしい)高等学校に2-2で引き分け、PK戦になって3-4で敗れた。

 春樹はその大会を見ていたJリーグのスカウトマンにスカウトされ、現在もサッカー部員だが、他の3年生は受験が控えているということもあり、引退した。


 そして、夏がすぎて秋になり、今日子たち高校3年生は受験に向けて勉強ばかりする日々を送っていた。

 先日受けた模試の結果は、第一志望の関関学院大学(かんかんがくいんだいがく)がE判定、つまり、ほぼ確実に通らないという結果となって今日子はショックを受けた。同じく関関学院大学を志望している美冬はB判定だったこともあり、今日子は放課後、美冬に勉強を教えてもらっていた。

 その日の放課後も今日子は美冬と向かい合わせになって勉強をしていた。

「to の後の動詞って原形じゃなかったの……。何でlook forward toの後はing形なの……」

「そのing形は動詞じゃなくて、名詞だからでしょ」

 美冬はぶっきらぼうに言った。もしかしてあまりにも基本的なことを聞いてしまって呆れられているのだろうかと今日子は思って美冬を見てみると、美冬はグラウンドを眺めて物思いにふけっているようだった。

 グラウンドではサッカー部が練習しており、春樹が後輩を引き連れて冬の高校サッカー選手権にむけてはりきっているようだった。

 すでに地区予選は突破しており、県予選もすでに2回戦までが終わっている。

「って、あれ?」

 今日子は美冬の視線の先を見て驚いた。だが、すぐに察しがついた。

「まあ、受験中の息抜きも必要なのかもしれないね。竹中くんの場合は頭もいいし」

 グラウンドのサッカー部の練習に、すでに引退した利秋が混ざっていた。今日子は受験勉強ばかりのリフレッシュに、好きなサッカーをやっているのだろうと思った。

「スカウトされたんだって」

「えっ!?」

 美冬の言葉に今日子は驚いた。利秋がスカウトを受けたという話は、初耳だった。

「こないだ、受験勉強の気晴らしに県予選の応援に行ったら、スカウトされたんだって。夏の大会を見た人みたいで」

「スカウトってJリーグ?」

「ううん。大学でサッカー教えてる人みたい」

「そっか。竹中くん、夏の大会でも活躍してたしね」

「うん。スカウトした人も驚いてたみたい。てっきりどこかからスカウト受けてサッカー続けてるのかと思ってたって」

「そうなんだ……」

 美冬は悲しげな表情のまま、利秋を目でおいかけていた。

「美冬は反対なの?」

 今日子は尋ねた。

「反対か賛成かって言われると賛成だよ。利秋にもそう言っちゃったし。ただ……」

「ただ?」

「茨城県なんだって」

 今日子は少し首を傾げた。

「茨城県って東北地方だっけ?」

「ううん。関東地方。東北寄りの場所ではあるけど」

「そっか……。遠いね……」

 そこで今日子は、利秋はサッカー選手を目指しているわけじゃなくて趣味でやっているだけなのだと美冬から前に聞いたのを思い出した。だから利秋は、大学もサッカーが強い大学ではなく、比較的近い、偏差値の高めの大学を目指していた。

 なので、大学になっても会おうと思えば気楽に会える場所にいるはずだった。それが急に、茨城県の大学に行くことになったら遠距離恋愛になる。美冬も本当は離れたくないが、反対することはできなかったのだろうと今日子は思った。

「そうなってくると、サッカー選手になって有名になるかもしれないよね。竹中くんが美冬と結婚する時はスポーツ新聞の一面に載ったりして。むこうで女作っちゃダメって言っとかなきゃね。竹中くんに限ってそんなことはないだろうけど」

 今日子は美冬を励まそうとそう言った。今日子の言葉で美冬は笑顔になり、グラウンドから目を話して今日子のほうに顔を向けた。

「そうだね。だいたい、遠距離っていっても今の時代、携帯電話もあるんだし、そんなに距離も感じないかもね」

「そうそう」

「でも、利秋がほかの女を気にしないまでも、利秋に近づいてくる女はいるだろうなぁ。気をつけさせないと」

「そういうノロケ話はいいから」

 相変わらず、美冬と利秋の仲はむつまじかった。利秋としても、美冬と離れるのは、本当は嫌だっただろう。だけど、スカウトを受けて挑戦してみたい、サッカーを続けたいと思ったのではないか。ただ、そこで美冬に相談するのは少しズルいと今日子は思った。

「そんなことより今日子のほうはどうなの?」

「私は模試の結果は悪かったけど、美冬と同じ関関学院目指してるよ」

「いや、そういうことじゃなくてさ、恋のほう」

「なっ!」

 今日子は顔を赤く染めた。今日子の好きな人はサッカー部の顧問で、国語担当の明日人だが、思いを伝えられないまま2年が経過した状態だ。

「い、いや、そもそも今は受験でいっぱいいっぱいだし、そんなことは頭の片隅に置いておくことにしたの」

「あっ! 松月先生!」

 美冬が廊下を指さして言った。今日子は反射的に美冬が指差す方向に顔を向けた。そこには誰もいなかった。

「ちょっと! からかわないでよ!」

「頭の片隅に置いたんだったら興味を示さないと思って」

 美冬は片目をつぶり、舌をだして言った。


「おっ! 受験勉強がんばってるな」

 廊下から男の声が聞こえてきて今日子は瞬時に振り返った。声の主は明日人だった。

「あっ! 先生いいところに。今日子が分からないところあるんだって。あたしじゃ力不足だから先生教えてあげてよ!」

 美冬はそう言うと、立ち上がって机の上にだしていた筆記用具を片付け始めた。

「ちょ、ちょっと、先生だって忙しいんだから……」

 今日子は美冬を引き留めようとしたが、美冬は今日子に向けて軽くウインクをし、「あたしは気晴らしに、利秋の応援でもしてこようかなー。彼女だし」と言って教室から出て行った。

 入れ替わりで明日人が教室に入ってきた。教室には今日子と明日人以外、人がおらず、二人きりとなった。

「えっと、その……。そ、そうだ……、古文で分からないところがあって……」

 今日子はそう言って、英語の問題集を片付け、カバンから古典の教科書を取り出そうとした。

「いやいや、そんな無理して担当教科にあわせなくていいよ。俺だって高校の時にはどの教科もひと通り勉強したんだし、ある程度のことなら教えられると思うよ」

 明日人がそう言うと、今日子は再び英語の問題集を広げた。

「えっと、このforの使い方なんですけど……」

 担当教科ではなかったが、明日人はわかりやすく解説し、今日子も今まで分からなかったことにたいして、そういうことだったのかと納得した。その後も、数学や日本史などについても質問し、それらについてもスラスラと明日人は解説した。忘れにくい覚え方や、なぜそうなるのかといった話まで説明し、今日子はそれまでにないほど頭がよくなっていくのを感じた。



 1月になり、今日子はセンター試験の会場にむかった。第一志望は私立大学なのでセンター試験を受験する必要はないのだが、教職員にことごとく受験しておいたほうがいいと言われたので受験することになったのだった。

 その日は珍しく雪で、今日子は何度か滑って転びそうになりながら受験会場の関関学院大学にむかった。

――寒い……

 今日子がそう思って歩いていると、誰かから使い捨てホッカイロを差し出された。どこかの試供品かと思って今日子はありがたく受け取り、ホッカイロを渡した人の顔を見た。ホッカイロを渡してきたのは明日人だった。

「な……何で! 先生が……」

「応援だよ応援。今日は寒いから生徒にホッカイロ渡してるんだ」

 今日子はそう言われて今いる場所が校門前だということに気づいた。

「ありがとうございます」

 今日子は頭をさげて言った。

「桜井さんは今まで一生懸命勉強してきたから大丈夫。自信もって」

「はい!」

 今日子は元気に返事をし、校内に入った。

 そして、ホッカイロを取り出し、手の中に含んだ。いつも使っているホッカイロより暖かい気がした。


 センター試験の結果は想像以上に点数がとれ、今日子自身、驚いた。数学は平均点に届かなかったものの、日本史や現代社会、国語や英語については平均点以上で、今からでも遅くないからと今日子は担任の先生に国立大学をすすめられた。

 近所ではないので、もし進学するとなると家を離れなければいけなくなるが、学費が安いこともあって今日子は一校だけ受験することにした。今日子の志望する関関学院大学の受験が2月上旬で、新たに志望することにした国立大学は2月下旬での受験となっていた。


 そして2月上旬の関関学院の受験の日となった。秋に受けた模試ではE判定、受かる可能性はかなり低いという結果がでた今日子だったが、それから明日人に基礎的なところから勉強を教わり、なんとなく頭がよくなった実感はしていた。

 でも、それもたった3ヶ月前だ。たった3ヶ月でそんなに結果が変わるほど変わったようにも思えなかった。

「じゃあ、あたしは文学部だから」

 美冬はそう言うと、今日子から離れて近くの校舎に入っていった。美冬は文学部志望で、今日子は社会学部志望だ。日本の社会をよくしたいと思って選んだ。

「えっと……、社会学部の受験会場は……」

 今日子は大学から送られてきた地図を参考に歩いて行ったが、あまりに広大な敷地にどこに会場があって、自分がどの位置にいるのかわからなくなった。

「ここかな?」

 今日子は高校の制服を着た人の流れについていき、後を追って建物の中に入った。中に入ると、『理工学部試験会場』と掲示されてあった。

――間違えた!

 今日子はもう一度、地図を見て、理工学部の試験会場となっている場所を探した。ただ、その地図は学部ごとに作られた地図のようで、理工学部がどこの建物で行われるのかまでは書いていなかった。

「あれ? 桜井さん? 何でここに?」

 誰かの呼ぶ声が聞こえて今日子は振り返った。そこにはサッカー部でキーパーを担当していた睦月がいた。

「桜井さんも理工学部志望なの?」

「い、いや、私は社会学部志望なんだけど、場所がわからなくなって……」

 まさかこんな失態を知り合いに見つかるとは思っておらず、今日子は恥ずかしくなって顔を赤らめた。

「社会学部の受験会場ってどこ?」

「C号館ってところみたいなんだけど……」

「ああ、それだったら隣だよ。ここはB号館だから」

 それを聞いて今日子はホッとした。もっと遠い場所だったらどうしようと思っているところだった。

「そういえば、楠くんって理工学部志望なんだね。サッカーがんばってたからもっと体育会系かと」

「サッカーは成り行きでがんばってたからね。いい思い出にはなったけど、大学でやるかはまだ決めてないよ。それより、将来のためにもっとプログラミングとか勉強していきたいし」

「プ、プログラ……?」

「コンピュータのプログラムを作ることだよ。昔から、プログラマになりたかったんだ」

「へぇ……」

 その後、「受験生のみなさんは指定の席に着席してください」と声が聞こえ、今日子は睦月と別れて慌てて受験会場にむかった。


 受験を終えると今日子は、それまであった勉強にたいするモチベーションが一気なくなり、家でも問題集に手をつけられずにいた。もうすぐで国立大学の受験だというのにだ。気晴らしに絵を描こう、気晴らしに部屋の片付けをしよう、気晴らしにゲームをしようと思ってやっているうちに時間がすぎていった。

 そして受験から1週間がすぎた日。ネットで合格者の受験番号が掲載されるというので今日子はパソコンを立ち上げてチェックした。

 今日子の受験番号は1575。開いたページには4桁の番号がずらっと書かれており、自分の番号を縦に横にと探した。

 ふと、1556という番号が目に止まった。その下を見ると、1569となっていた。そしてその下を見ると……、1578。前回の模試がE判定だったので落ちる可能性はあると思ってはいたが、いざ落ちたと分かると今日子はショックだった。しかも、受験が終わってから勉強をほとんどしていない。そんな状態で国立大学の受験をすることになるのだ。その状態で受験に挑む自信もなく、このまま浪人してしまうのではないかと今日子は不安になった。

 それから今日子は受験勉強を再開した。勉強していない数日の間に忘れていたこともあったらしく、英単語がやけに頭から抜け落ちている気がした。しかも、国立大学となると今日子の苦手な数学の試験科目もある。なんとかして苦手な数学の点をとれるように勉強したが、なかなか頭に入ってこなかった。

 3日後、関関学院大学から今日子のもとに書類が届いた。

 落ちても通知が届くのかと今日子は思って封を開けてみると、中に入っているのは入学手続きの書類だった。他の書類を見ていると、合格通知も入っていた。

 何かの間違いじゃないかと思って今日子は大慌てでパソコンをたちあげ、3日前に見たサイトを開いた。1569の下には確かに1578となっている。しかし、よくよく見てみると、1569の右横に、1571の記述があり、その右横に今日子の受験番号の1575の記述があった。縦に並んでいると思った番号は、横に並んであった。

 今日子はそのまま床に倒れた。そのままガッツポーズをして、近所迷惑になるのではないかと思うぐらい、大きい声で叫んだ。

 そして、今日子は国立大学を受験するのをやめ、関関学院大学に進学することを決めた。



 卒業式の日。今日子は卒業証書を受け取って、高塚東高校を無事卒業した。

 その後、今までの卒業式と同じように学校が離れる友だちと写真を撮り、お互いのメールアドレスを交換したりした。

 少し離れた所にいる明日人の姿が目に止まった。明日人は卒業する女子生徒3人に囲まれており、何やら楽しそうに話していた。

 今日子は迷った。このまま思いを伝えずに離れていいものか。

 明日人は女子生徒と別れ、そのまま職員室のほうに歩いて行った。

 今日子は一歩、足を踏み出した。

「今日子ー、帰るわよー」

 今日子の母の桜井佳子(さくらいかこ)の呼ぶ声が聞こえて今日子は立ち止まった。

「う、うん……」

 今日子は明日人に背を向け、佳子のほうに向かって歩いた。

 1歩、2歩、3歩と歩いているうちに、明日人との距離が離れていった。

 その時だった。

 後ろから誰かに腕を捕まれ、今日子は振り返った。

 今日子の腕を掴んだのは春樹だった。

「忘れてること、あるんじゃねーのか?」

 春樹は今日子の目を見て言った。

「教えてやる。卒業式の日に思いを伝えられなかったら、余計に思いが募るだけだ。忘れようと思うと余計に思い出す。だけど、卒業式で思いを告げて振られたところで、今後会うことないんだから気まずくないだろ」

 春樹は今日子の目を見て言った。

「俺には分かる」

 今日子は春樹の顔を見つめた。春樹は力強い眼差しをしていた。自分と同じ過ちはしてほしくない。そう言っているようだった。

「ごめん。ありがとう」

 今日子が言うと、春樹は手を離した。

 そして今日子は大きい声で、「ごめん! 私、忘れ物したみたい!」と佳子に向かって叫び、早足で明日人の後を追いかけた。


 明日人は校舎には入らず、ゴミ捨て場のほうに向かって歩いていた。今日子が近くまで行ったところで明日人は急にしゃがみ込み、何かを拾っているようだった。

 今日子は大した距離を走ったわけでもないのに、心臓が破裂しそうなほど鼓動が早くなっているのを感じた。しかし、ここまで来たら言うしか無かった。

「あの、先生!」

 今日子が言うと、明日人はその声に反応してゆっくりと振り向いた。

 周りには誰もおらず、まるで明日人が今日子をここに呼び寄せたようだった。

「は、初めて会った時から好きでした! 最後にそれだけ伝えたくて……」

 今日子は早口で言った。それだけ言うと、今日子は顔を赤くしてうつむいた。恥ずかしすぎて、明日人の顔をまともに見ることができなかった。

「あの……、じゃ、じゃあ私はこれで……ありがとうございました」

 今日子はそう言って180度回転し、佳子のもとに戻ろうとした。

「今日子」

 後ろから呼ぶ声がして、今日子はゆっくりと振り返った。

「手、出して」

 明日人は言った。

「手……ですか?」

「そう。利き手の右手がいいかな」

 今日子は右手を差し出した。そして、明日人は今日子の右手をとると、今日子の右手に何かを入れた。

 それは小さな小さな四つ葉のクローバーだった。

「これからもよろしく」

 明日人はそう言うと、握手を求めた。

 今日子は震える手で明日人の手を、両手でつかんだ。

「……はい」

 今日子は言った。明日人の手は今日子の手より大きく、暖かかった。

活動報告:http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/581775/blogkey/1227052/

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