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第18話~今日子18歳~前編

 春。高校サッカー総合体育大会が始まり、桜井今日子(さくらいきょうこ)が所属する高塚東高等学校のサッカー部は県大会での試合に勤しんでいた。すでに、3回戦まで勝ち進んでおり、次で勝てば同校での新記録となるベスト8となった。

「ここまでいけば、ベスト8も夢じゃないな」

 部員でゴールキーパーの楠睦月(くすのきむつき)が言った。1回戦では5-0、2回戦では4-1、3回戦では3-1での勝利と今のところ圧勝だった。

「油断は禁物だぞ。まあ、睦月の守りには期待してるけど」

 同じく部員でディフェンダーの竹中利秋(たけなかとしあき)が言った。

「ってか、何でベスト16になったぐらいで浮かれてるんだよ。目指すは全国、県大会で優勝することだろ」

 部員でフォワードの梅崎春樹(うめざきはるき)が言った。

「いや、さすがに、優勝は……」

「滝山第三には勝てないだろ」

 部員から弱音の声があがった。ここまで勝ち上がれたのは春樹や利秋といった一部の上手い部員がいる結果であって、全員が上手いわけではないと思っている部員もいるようだった。

「おいおい、油断は禁物とはいうけど、そんな弱気になるなよ」

 利秋が言った。

「マネージャーはどう思う?」

 春樹が言った。マネージャーは今日子以外にも、栗原美冬(くりはらみふゆ)がいるが、春樹の顔は今日子のほうを向いていたので今日子が答えた。

「いけるよ優勝。2年間見ていたからマネージャーだから分かる。2年前からみんなすごく成長してうまくなってる」

 今日子は2年前の部員たちを思い返して言った。春樹が飛び抜けてうまく、次に利秋、他はそこそこうまいと思えるような部員ばかりだった。しかし、今は違う。2年前は部員の雰囲気がゆるかったが、今は春樹たちの意気込みに影響されてみんな真剣に練習し、その分、実力もあがってきた。

 今日子は本気で、これなら優勝も夢じゃないと思っていた。

「だから、大丈夫」


 そして4回戦当日。回を重ねるごとに噂を聞きつけた高塚東高等学校の生徒による応援が増えていった。

 だが、さすがに4回戦ともなると少し苦戦した。前半10分で点をとったものの、前半終了直前に点をとられ、1-1のまま、前半戦終了となった。

 そして後半戦残り5分となった時のこと。

 相手選手がドリブルをして高塚東側のゴールに向かっているところで、利秋がボールを奪った。そして勢い良くボールを蹴り、春樹のもとにパスをだした。オフサイドギリギリだ。

 春樹はドリブルをし、相手選手のディフェンダーは勢いよく春樹の元まで駆け寄った。そして、春樹の元まで駆け寄った相手選手のディフェンダーはボールを奪おうとスライディングをした。その足が春樹の足にあたってしまい、春樹は勢いあまって転倒した。

 その結果、相手チームのファウルとなり、直接フリーキックが行われることになった。

 春樹がボールを蹴り、キレイな弧を描いたボールはそのままゴールに入った。高塚東高校は再び1点を獲得し、1点リードとなった。

 その様子を見ていた今日子は美冬とともに喜んだ。これでベスト8は間違いないのではないかと。

 フィールド上でも高塚東高校の部員は喜んでいた。しかし、その中で肝心のゴールを入れた春樹は苦しそうに佇んでいた。そしてそのまま右膝を地面につけ、その場で倒れた。

 試合は一時中断となった。


 4回戦はその後、春樹と2年生の筑紫(つくし)が交代し、守りの体勢を貫くことによって2-1で勝利をむかえた。高塚東高校サッカー部にとって初のベスト8となる。

 しかし、喜んでもいられなかった。エースの春樹が負傷したのだ。喜べる事態ではなかった。

 春樹はすぐに病院に運ばれた。捻挫のようで、内出血も起きているとのことだった。

 医師によると、一ヶ月は安静にしておくようにとのことだ。

 準々決勝は再来週、準決勝と決勝戦は3週間後に行われる。1ヶ月の安静だと残りの県大会には出場できないことになる。

「あーあ。今年の高塚東サッカー部の活躍もここまでだな」

 帰りしな、今年サッカー部に入った今日子の従兄弟の花木聖夜(はなきせいや)が言った。中学生の時にバスケ部に入部したものの、身長が低いためレギュラーに選ばれることはなく、中学2年生の時にサッカー部に変更したとのことだ。今日子も、聖夜がサッカー部に入ったのは入部して初めて知った。

「少なくとも、俺をレギュラーに入れなければ、次で負けは決定だろ」

 いったいどこからそんな自信が湧き出るのかと今日子は呆れた。

「前から思ったけど、聖夜よくこの高校受かったよね。頭悪いのに」

「あれだよあれ、少子化ってヤツ。少子化って悪い悪い言われてるけど、オレみたいなヤツでも受かる可能性高くなるから悪いことばかりじゃないんだよな」

――いや、それが悪いことなような……

 今日子は思った。同時に、高校中退なんてことにならないように祈った。



 次の日、春樹は松葉杖をついて登校してきた。足首はギプスで巻かれており、表情はいつにも増して暗かった。

 そして、移動教室の時間となり、階段を降りる必要があった。今日子は自分が松葉杖を使っていた時のことを思い出し、力になろうと春樹に近づいた。だが、春樹は器用に松葉杖を一段一段ついて下っていった。

「お前じゃたよりになんねーよ」

 降り終わった後に春樹は振り向いて言った。その言葉から少し苛立っているのが分かった。

 部活の時間となって今日子は部員たちに水を補給することになった。見学している春樹にも用意してペットボトルを渡した。

「オレ無しで、優勝できると思う?」

 春樹は今日子に尋ねた。

「分からない」

 今日子は言った。先日、優勝できると言ったのは、あくまで春樹ありきの言葉だった。春樹がいない今、優勝できる可能性はかなり低くなったことになる。

 春樹はじっと練習風景を眺めていた。今は3年生が休憩に入り、2年生と1年生が合同で試合を行っている。

 ちょうどその時、顧問の松月明日人(まつづきあすと)が顔を見せた。去年まで顧問だった小柳(こやなぎ)は今年の4月に転勤となり、4月からは明日人がサッカー部の顧問となった。

「練習中悪いが、集合!」

 明日人が今日子と春樹の側でそう言うと、部員たちは練習を中断し、明日人のもとに駆け寄った。

「知っての通り、昨日、梅崎が負傷した。全治一ヶ月とのことだ。残りの県大会には出場できなくなるが、優勝すれば全国大会には間に合う」

 明日人は部員にたいしてそう言い、春樹は明日人の顔を見た。

「なので今から今後のチーム編成について伝える。意見があったら伝えてほしい。まず、竹中はミッドフィルダーに移動、それと2年の筑紫をフォワードに置く」

 部員たちは明日人の提案にうんうんと頷いた。無難な選択だと思ったのだろう。特に、利秋がミッドフィルダーとなると攻撃の戦力が増えるので、点がとれるかもしれないと思っている人が多いようだった。守りの割合が減るが、点を取れなければ意味が無い。

「いや、竹中はディフェンダーのままでいい」

 部員たちが明日人の考えに同意している中、春樹は言った。

「筑紫が入るのはいいが、それより高梨(たかなし)を外したほうがいい」

 高梨とは春樹以外のもう一人の3年生のフォワードだ。180cmと背が高く、足も速かった。

「代わりに、花木を入れる」

「えっ!?」

 今日子は思わず声がうわずった。部員たちも春樹の意見には動揺している様子だ。

「ちょっと待てよ。足を怪我したのに頭までおかしくなったんじゃないか? 何でオレに変わってこんなチビなんだよ」

 高梨は不機嫌をあらわにして言った。聖夜は身長165cmと低く、サッカー部員の中でも3番目ぐらいに低かった。さらに、聖夜は他校との練習試合も含めて試合の経験がない。聖夜をレギュラーにするのは得策ではないと思われた。

「ヘディングの競り合いがあったら、花木には無理だろ」

「サッカーボールは空中じゃなくて地面にあるもんだろ!」

 春樹は叫ぶように言った。

「花木のほうが、ドリブルはうまい」

 春樹は聖夜の顔を見て言った。少し遅れて部員たちも聖夜のほうを向いた。

「……分かってるじゃないっすか先輩」

 聖夜は可愛げ無く言った。


 それからは春樹の案によるチーム編成で試合に向けた練習を行うことになった。フォワードの二人が2年生と1年生という、異例のチーム編成となったが、二人共、ベンチに外された高梨よりも足捌きがうまかった。高梨は背が高く足が速いが、ボールさばきに関しては少し鈍いところがあった。

 そして、準々決勝の日がやってきた。春樹は少しずつ松葉杖を必要とせずに歩けるようになったものの、まだまだ完治には至っていなかった。

 会場について部員たちはユニフォームに着替え、気合を入れた。次の相手は優勝候補の一校だ。しかし、ここに来てスタッフに試合は中止と告げられた。相手校のレギュラーでないサッカー部員がお酒を飲んでいる姿の写真をネット上にアップして炎上し、それがもとで試合を辞退したらしい。つまり、高塚東高等学校の不戦勝だ。

 部員たちはあっけにとられた。


 準決勝ではそんなハプニングは起こらず、普通に試合が行われた。

準決勝では両者なかなか得点が取れなかった。聖夜の蹴ったシュートはゴールに入ることはなく、それどころかシュートするチャンスを得ることすらほとんどできなかった。

 プレイ時間のほとんどは相手チームがボールを保持しており、何度も危ない目にあったが、その度に利秋や睦月がボールを守り、0-0のまま試合は終了した。結果は、PK戦に委ねられた。

 コイントスによって高塚東高校が先行となった。まず、筑紫が蹴ってゴールに入った。そして2人目、聖夜が自信満々な表情でボールを蹴ると、ボールはゴールの遥か上を飛んでいき、得点に至らなかった。この時点で1-1だ。その後は両者得点を外さず、高塚東高校の5人目が蹴ったところで4-4となった。次に相手チームが点を入れれば負けとなる。

 そして、相手チームの番になり、勢いよくボールを蹴った。蹴ったボールはそのままゴールにむかい、ゴールポストにあたって跳ね返った。今日子はホッと一安心した。まだチャンスはあると。

 6人目として利秋が蹴ることになった。ボールは真っ直ぐにゴールへ向かったが、キーパーがボールの飛んで行く方向に動いた。まずい、と今日子は思ったが、キーパーの指先にボールがあたってそのままネットに入った。

 そして相手チームの6人目。勢いよく蹴られたボールはそのまま真っ直ぐゴールにむかった。まだ決着がつかない。今日子は思ったが、睦月がボールに向かって跳び、指先すれすれでボールをはじき返した。

 高塚東高校は決勝への進出が決まった。


 2日後、決勝戦の日となって間もなく試合が始まろうとしていた。相手は優勝校常連の滝山第三(たきやまだいさん)高等学校だ。

 春樹は松葉杖こそついていなかったが、右足は包帯で固定されていて歩き方も少し不自然だった。

「必ず梅崎先輩を全国大会で活躍するようにしてみせます!」

 筑紫が言った。

「エースが活躍しないまま終わらせるわけにはいかないしな」

 利秋も続けて言った。他のメンバーの気合も十分だった。

「ああ、大丈夫。俺たちならできる」

 春樹は部員たちを励ました。


 試合が始まってすぐに聖夜がボールを獲得し、巧みなドリブルさばきでゴールを目指した。はずだったが、いつの間にかボールは奪われていた。滝山第三高校は高塚東高校の部員をくぐりぬけるようにスイスイとパスをだし、利秋を軽々と抜いてシュートを決めた。開始一分のことだった。

 その後、利秋が相手の動きを察知してボールを奪えるようになってきたものの、なかなか相手チームのフィールドまでボールが回らず、高塚東高校側のフィールドでボールは転がりつづけていた。

 そして、開始15分にまた1点、開始30分でまた1点を入れられ、3失点となった。

「なあ桜井」

 今日子の隣で春樹は言った。

「テーピングの準備をしてくれないか?」

 フィールドでは高塚東高校がボールを奪い、大きく空中を舞うようにパスをだした。ボールが飛んでいく方向には聖夜がいた。聖夜の近くには背の高い滝山第三高校のミッドフィルダーがおり、ボールが近づいてくると二人同時にジャンプした。その際、聖夜の顔に相手の肘がぶつかり、聖夜は転倒した。鼻からは鼻血があふれていた。

 高塚東高校がファウルを獲得し、聖夜がボールを蹴る準備をした。シュートをするにはかなり距離がある。いったん、誰かにパスをだすか。そう思われたが、聖夜はそのまま勢い良くボールを蹴りあげ、そのままキーパーの手をかすれてゴールに入った。練習でも見せない出来事に今日子は呆然とした。今日子は少しだけ、聖夜を見なおした。

 聖夜の鼻血は止まらず、高梨と交代した。そのまま前半戦は終了した。1-3で負けている状態だ。


 春樹は包帯を外して、今日子にテーピングを巻くよう促した。

「本当にやるの? また長引くよ」

「仮に長引いたところで、また一ヶ月増えるだけだ。全国大会は1ヶ月以上先、大丈夫だ」

 今日子は、ちょっと見ただけで腫れているのが分かる春樹の足にテーピングを巻いた。


「全員がフォワードになったつもりで戦う。それが作戦だ」

 春樹は部員を前にして言った。

「おいおい、小学生のサッカーじゃないんだぞ。守りは不可欠だろ」

「もちろん、守りをおろそかにするつもりはない。竹中たちディフェンダーは大変だと思うが、追いつくのは無理だと思ったらあきらめていい。後はキーパーの楠に任せる。今はとにかく、点をいれるのが先決だ」

 春樹はそう言うと、利秋の顔を見た。

「……あきらめるわけないだろ」

 利秋は言った。

「あきらめたらそこで試合終了ってな」

 利秋の言葉で部員たちからは笑いがもれた。


 後半戦が始まって高塚東高校の部員たちはとにかくボールを獲得するように、滝山第三高校がボールを囲むと5人ぐらいで囲むようにし、ボールを獲得するとできるだけすぐにフォワードにパスをだした。そして、開始5分で高梨がヘディングでシュートし、ゴールに入った。2-3だ。

 開始15分、滝山第三高校のフォワードにボールが行き渡り、利秋がマークしたものの抜かれてそのままシュートを放たれた。そして、ゴールギリギリまで迫ったボールを睦月が守って失点せずにすんだ。

 開始25分、センターライン近くにいる利秋にボールが行き渡った。利秋はそのまま勢い良くボールを蹴り、ボールはそのままゴールに入った。3-3だ。ようやく同点に追いついた。ひとまず今日子は安心した。これで、勝つ可能性があがったことになる。

 と思っていた矢先のキックオフで、滝山第三高校の選手がボールを大きく蹴り、そのままボールはゴールに入った。その後、ボールを蹴った選手が監督らしき人に怒られ、ヘラヘラ笑いながら謝った。これで、3-4だ。

 その後は急に滝山第三高校は守りの体勢に切り替えた。ボールを獲得して敵陣のフィールドに入ることができても、シュートのチャンスを与えられることすらなかった。

 そして試合開始43分、春樹が突然、センターライン近くまで移動した。味方にパスを要求し、ボールを獲得するや否や、敵陣のフィールドに向かってドリブルしながら走っていった。スイスイと相手の守りをかわし、最後に高梨に高めのパスをだしてそのままヘディングシュートをし、ゴールに入った。これで、4-4の同点だ。

 試合開始、45分が経過して、アディショナルタイムが2分与えられた。後はPK戦に持ち込んで、守りに入ったほうがいいのではないかと今日子は思ったが、部員たちはまだまだ戦う気でいた。もうすぐで終わりだというのに、始まったばかりといった勢いだ。ボールは奪い、奪われを繰り返していた。残り、30秒となって滝山第三高校にボールが行き渡り、スイスイと抜かされてしまった。その選手を利秋がマークした。滝山第三高校の選手はそのまま右に移動する、と見せかけて左側を横切ろうとした。だが、その動きを見逃さなかった利秋がすぐにボールを奪った。奪われた選手は驚いた顔になった。レギュラー部員でない滝山第三高校の生徒も驚いているようだ。

 そして、利秋は春樹にパスをだした。オフサイドギリギリだ。そのまま春樹はドリブルをしてゴールを目指した。残り10秒。

 滝山第三高校のディフェンダーにマークされたが、両足を器用に動かしてぬかした。残り5秒。

 そして、ペナルティーエリアに入った春樹は強くシュートをした。ボールは一直線にゴールを目指した。しかし滝山第三高校のキーパーが高く跳び上がり、両手でボールをつかもうとした。残り1秒。キーパーがボールをつかんだ。

 試合が終了した。勢いのあるボールを掴んだキーパーは、そのまま両腕がボールに押されて後ろにそられた。その一瞬、ボールはゴールエリアに入っていた。

 高塚東高校は5-4で勝利し、全国大会出場が決まった。

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