第11話~今日子11歳~後編
10月のある日の体育の着替え時間。今日子は目の前で堂々とシャツを脱いで着替える美冬をマジマジと見つめた。
「ちょっと何見てんの? レズなの?」
「レズ? よく分かんないけど、そうじゃなくてさ、前から思ったんだけど、いいかげんブラジャーつけたら?」
美冬の胸は林間学校の時と比べても大きくなっており、体操服を着てもふくらみが分かって、乳首もすけていた。
「ああ……、やっぱそう思う? 親にも言われたんだよね。今日子はまだ? いっつもシャツ着たまま体操服着てるけど」
「シャツというより、キャミソールね」
今日子は着替える時も背中の傷を見られないように、半年ほど前からキャミソールを着るようにしていた。それが理由で着るようになったが、クラスの女子は乳首がすけないように着ているようだった。
「私もまだだよ」
「そうなんだ。じゃあ、今度一緒に買いに行こうか」
「……え? 私はまだいいよ。そんなに大きくなってないし」
「いやいや、ブラジャーを着けるのに遅すぎることはあっても早過ぎることはないって何かの漫画に描いてあったよ」
「それ、そこまで大きくなってる人が言う!?」
こうして、二人は一緒にブラジャーを買いに行くことになった。
次の日の放課後。今日子は約束通り、美冬と近くのスーパーの下着売り場まで足を運んだ。
「予想はしてたけどいろいろあるねぇ。あっ! すみませーん! サイズはかってくださーい」
恥ずかしげもなく店員に声をかける美冬に今日子のほうが恥ずかしくなった。
美冬はシャツ一枚になり、さらに脱ごうとしたが、店員さんが慌てて止めた。今日子としても、そういうのは試着室に入ってからじゃないか。と思ったが、そういうわけではなく、シャツの上から測るだけでいいようであった。
今日子としては、シャツまで脱がなくていいということが分かって安心した。
美冬の測定が終わり、次に今日子も測定してもらうことになった。
AAカップとのことだった。
――やっぱり、私にはまだいらないんじゃ……
そう思った今日子だったが、せっかく下着売り場にきたので、とりあえず一つ無難そうな白色のブラジャーを買うことにした。
「今日子どうだったー? あたし、Bカップなんだって。思ったより小さかったよ」
今日子は美冬に返す言葉が思いつかなかった。
家に帰って早速今日子は試着してみることにした。自分の部屋の鏡でブラジャーを付けた自分を確かめる。ブラジャーを付けただけだったが、少し大人になった気がした。
その時、部屋のドアからノックの音がした。
「ブラジャー買ってきたんでしょ? お母さんにも見せてよ」
佳子の言葉に今日子は思わず身構えた。今の今日子の上半身はブラジャーを付けているだけなので、背中を向けたら背中の傷が丸見えになる。いくら母親とはいえ、この傷は見られたくなかった。しかし、少しはブラジャーを付けた自分も見てもらいたいと気もちも今日子にはあった。
迷った末、今日子は合図をして、部屋に佳子を招き入れた。今日子は佳子のほうに体を向け、佳子は今日子の姿を眺めた。
「カワイイじゃない。大人に一歩近づいたって感じね」
佳子の言葉に今日子ははにかんだ。
「後ろはどんな感じ?」
佳子は言った。今日子にとってその言葉は恐れていた言葉だった。母に背中を見られるわけにはいかない。今日子は必死で背中を見せないですむ言葉を考えた。今日子の心臓の鼓動は早くなっていった。
「えっと……、その……、う、後ろは……普通だよ?」
今日子が冷や汗をかきながらそう言うと、佳子は納得した表情になった。
「そ、そうね。後ろは見なくていいわよね。じゃあ、もうすぐでご飯だから、着替えたら食卓に来てね」
佳子はそう言うと、部屋を出てリビングにむかった。
今日子はホッと一安心して、脱いだシャツを着た。
年が明けて今日子は今年の干支が、自分の干支の年と同じなことに気づいた。産まれてからようやく一回りしたことになる。
そうして3月になり、今日子の12歳の誕生日まで後1ヶ月になろうとしていた。
このところ、暖かくなってきたかと思ったら、寒くなる日もあり、気温の変化の激しいせいか、お腹に鈍い痛みを感じていた。
「大丈夫? 辛そうだけど? 腹下した?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
心配してくれる美冬に今日子は嬉しくなった。いい友だちがいてよかったと今日子は思った。
「あたしも昔カキ食べてさ。カキって果物のほうじゃなくて貝のほうの牡蠣ね。そしたらお腹が腹痛で痛くなってさ、嘔吐に下痢に死ぬかと思ったよ。もう牡蠣は一生食べるつもりない」
『お腹が腹痛で痛い』という言葉は日本語として正しいのかと今日子は思いながら、とりあえずトイレに行こうとした。
その時だった。
「桜井、ゲリじゃねーの?」
「うわっ! くっせー! こっち来んな!」
クラスメイトでガキ大将の檜山と荻野が今日子をからかった。男子はみんな子どもっぽいと思う今日子だったが、特にこの二人についてはダントツでガキだと今日子は思っていた。
「げ、下痢じゃないよ! ちょっとお腹が痛いだけで」
今日子は言い返したが、二人のからかいはとどまることをしらず、「おーい! 桜井が下痢だって!」、と教室中に聞こえるように大声で言い出すほどだった。
今日子としては気にしないようにしようとしたが、それでも恥ずかしくなって今にもしゃがんでうずくまりたい気分だった。
「あんたら、本当ガキだよねー」
美冬が今日子の前に立って、檜山と荻野に言った。
「ガキだからママのおっぱいが恋しいんじゃないの? 仕方ない。代わりにあたしが……」
そう言って美冬はシャツのボタンを外しはじめた。
「バ、馬鹿じゃねーの! お前のおっぱいなんて見たくねーよ!」
檜山は顔を赤くしてそう言うと、荻野とともに教室を飛び出していった。
その時の美冬は、言っていることはともかく、その立ち振舞には今日子は少しかっこいいと思い、本当にいい友だちを持ってよかったと今日子はあらためて思った。
「今日子、あたしは下痢でも気にしないから」
「だから、下痢じゃないって!」
結局、休み時間が終わるまでに痛みは治まった。
その日の放課後、今日子はいったん家に帰るとすぐに、美冬の家に行った。
佳子は大学の時の友だちと会う約束をしているとのことで家にはおらず、今日子は家の鍵を開けてランドセルを置くと、再び家の鍵を閉めて美冬の家に向かった。
「おじゃましまーす」
今日子は美冬に家にあがると、リビングから小さい女の子がやってきた。
「今日子お姉ちゃんだー!」
「こんにちは、芽衣ちゃん。名前覚えててくれたんだ。ありがとー」
今日子は美冬の妹の栗原芽衣に笑顔で挨拶した。この一年に何度か今日子も美冬の家に遊びに行くことがあり、芽衣とも顔見知りになった。
芽衣は美冬とは少し年が離れており、まだ4歳の幼稚園児だ。
今日子は靴を脱いで廊下を進んだ。右に曲がると、昔は桃園夏海の部屋で、今は美冬の部屋となっている部屋があるが、今日子はその部屋には入らずに真っ直ぐ歩いてリビングにむかった。
「うわぁ! 大きいねー」
リビングに入って今日子は声をあげた。
リビングには赤い階段状のひな壇と、その上に置かれた雛人形があった。
今日は3月3日。ひな祭りの日だった。
「もともと、おばあちゃんちにあったんだけど、こっちに引っ越してきた時に譲り受けたんだ。芽衣もこれから女の子らしくなっていくだろうしね」
「うちにも小さいのならあるんだけどね、こんなに大きいのはないんだ。前にこの家に住んでた子もこんなに大きいの持ってなかったと思う」
そういう今日子の傍らで、芽衣が「これが右大臣で、これが左大臣で、これが五人囃子で、あれがお内裏さま」と一生懸命説明している。
「それにしてもさ、何でひな祭りって祝日じゃないんだろうね? 5月5日の男の子の日が祝日なんだったら、3月3日の女の子の日も祝日にしてほしいよ」
美冬は不満をあらわにして言った。
「いや、むしろ5月5日は子どもの日で男の子でも女の子でもオッケーだからなんじゃない? 3月3日が祝日になっても男の子は喜ばないよ」
「いや、祝日って時点で喜ぶでしょ。いくら女の子の日だからって」
確かに、そう言われてみればそうかもしれないと今日子は思った。
その後、美冬の母の栗原叶永がひなあられを出してくれ、今日子たちはコタツに座って食べることにした。
「今日子ちゃん、美冬と友だちになってくれてありがとう。この子、ちょっと変わってるところあるから友だちできるか心配だったのよ」
叶永は言った。
「ちょっとお母さん。お母さんがそう思ってるだけで、あたし学校では普通だから」
美冬がそう言って今日子は思わず吹き出した。
「いや、十分変わってます。そのおかげで、毎日が楽しいです」
今日子が言うと、叶永は笑った。「ちょっとそんなこと言わないでよー」と美冬は怒るように言ったが、そんな美冬も笑っていた。
「それにしても、大きいですよね。おばさんのお下がりですか?」
今日子は再び雛人形を見た後、叶永に尋ねた。
「ううん。これは、美冬が産まれてすぐに買ったものなの。本当は、姉妹兼用はダメなんだけどね」
先ほどの美冬の発言と食い違うことがあるような気がして、今日子は首を傾げた。
「あれ? さっき美冬がおばあちゃんちにあったものって言ってたんですけど……」
「うん。美冬が3歳ぐらいまでは私達もこっちで暮らしてたのよ。その後、東京に行くことになって引っ越す時におばあちゃんのとこに預かってもらうことにしたの。美冬はその時のこと、全く覚えてないみたいだけどね」
今日子は美冬のほうをむいた。
「本当、小2ぐらいまで、生まれも育ちも東京だと思ってたんだよ。こっちに住んでた時もあるって聞いた時はビックリした」
「へぇ」
今日子のイメージする東京の子と美冬は少し違っていたので、少し納得できた。と主tが、こっちの子でも美冬のような子はいないので、やっぱり変な子なのだろうと今日子は思った。
「だから、もしかしたら今日子ちゃんとも小さい時に会っていたかもしれないわね」
おやつを食べ終わると、今日子はまたお腹の痛みに襲われた。
「大丈夫? また腹痛?」
美冬が心配するように尋ねた。
「うーん。そう。なんか午前中より重い感じ。ごめん、そろそろ帰るね。雛人形も見れたし」
その後、今日子は美冬の家をでて右に曲がり、近くの階段を上った。痛みはなかなか治まらず、階段をのぼる際も、手すりにつかまって一段一段上らなければいけないぐらい辛いと思った。
今日子が家に帰ったものの、まだ佳子は帰っていなかった。
とりあえずササッと手を洗ってうがいをし、そのまま今日子は着替えもせずにベッドの上に寝転んだ。痛みが収まるまでそうしようと思った今日子だったが、いつの間にか寝てしまっていた。
気づくと今日子は夜の海辺にいた。空にはもうすぐ満月になるであろう月が浮かんでおり、海にはその月がうつっていた。すぐ近くには建物はなく、明かりもなかったが、月明かりのおかげで海辺だと分かった。
すぐ近くには和服姿の少女が一人佇んで、月を見上げて泣いていた。今日子はその少女をかぐや姫だと思い、近づいた。
今日子は少女の顔を見て息を呑んだ。少女の顔は、今日子と瓜二つのようにそっくりだった。
「もうすぐ私はあちらに行かなければいけません」
少女は空に浮かぶ月を指さして言った。
その後、今日子は先ほどまでなかった海水が自分の足元までやってきているのに気付き、さらにどんどん海面があがっていることに気づいた。
このままでは溺れてしまう。そう思った今日子はすぐにその場を去ろうとした。
しかし、その場を離れようとしたところで今日子は少女に腕を掴まれた。
「あなたも一緒に」
少女がそう言うと、突然、今日子の目の前に月まで続く階段があらわれた。月は、先ほどよりもさらにまん丸に近づき、満月になろうとしていた。
途端、少女は今日子の腕を引っぱって、階段を駆けのぼった。今日子はそれにつづいた。
海は今日子たちを追いかけるように、上昇をつづけた。少しでも止まってしまえば、海に飲み込まれてしまいそうだった。
その後、月がかなり大きく見えるところまで駆けのぼったものの、まだ海は上昇を続けていた。そもそも、なぜ月から迎えが来ずに階段を駆け上がらなければいけないのか今日子は不思議に思った。
「かぐや姫は月からお迎えがきて帰るんじゃないの?」
今日子は階段を駆け上がりながら、前方にいる少女に尋ねた。
「かぐや姫? 私はそんな名前じゃないわよ」
「えっ? じゃあ誰なの?」
今日子はそう尋ねると、少女は立ち止まった。
少女が立ち止まったことにより、今日子も立ち止まった。
しかし、足元に海の感触があり、今日子は一段一段と上り、少女を追い越した。しかし、それでも少女は動こうとしなかった。
「私の名前は……」
そんなことはいいから早く登らなければと今日子は思ったが、なぜか急に疲れがでて言葉にだすことができなかった。
海面の上昇は止まることを知らず、ついには少女の喉元まで達した。
「かこ」
少女がそういった途端、少女は海に飲み込まれた。
そこで今日子は目を覚ました。
「何、今の夢……」
今日子そう言って部屋の電気をつけ、リビングに行ってテレビでもみようとして、立ち上がった。
その時、今日子はパンツの中に違和感を覚え、すぐにパンツをおろした。
数分して、佳子が帰ってきた。
「ただいまー。ごめんね、遅くなって。お腹すいたでしょ? 今日はひな祭りだから、ちらし寿司……はそんなに好きじゃないから、お赤飯買ってきたよー」
佳子は帰ってくるなりそう言い、電気がついている今日子の部屋を覗いた。今日子は部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
「私、きたみたい……」
立ち尽くしたままの今日子は佳子の顔を見てそう言った。
佳子は少し首を傾げたが、すぐに気づいたようだった。
「……そう」
佳子はそれだけ言うと、リビングに行き、すぐに戻ってきた。
「準備はしてたんだよ。誕生日ぐらいに渡そうと思ったんだけど」
佳子はそう言って、ナプキンとショーツを今日子に渡した。ナプキンはオムツみたいだし、ショーツはパンツみたいだと今日子は思った。
「おめでとう」
佳子は言った。
「どうして、おめでとうなの?」
今日子は尋ねた。腹痛が起こって出血することの何がおめでたいのかよく分からなかった。
「だって、今日子が大人に近づいたってことじゃない?」
「大人……」
今日子には実感がなかった。確かに、小学1年生のころには小学校高学年の人たちは大人だと思っていたが、自分はまだまだ子どもだと思っていた。しかし、今日子はまさに先ほど、子どもを妊娠する体になった。それはまさしく大人になったということじゃないか、と今日子は思った。
「ありがとう」
今日子は少し顔を赤らめて言った。
「でも、ちょうどよかった。たまたま赤飯買ってきて。私の初経の時は、晩御飯に赤飯だしてお祝いされて、お父さんやお兄ちゃんに生理が来たことバレるじゃないかとイヤだったけど、今日はひな祭りだからってごまかせるしね。早速、晩御飯の準備してくるから、今日子もすぐにリビングに来てね」
佳子はそう言うと、部屋をでてリビングへむかった。
今日子は再び、ナプキンとショーツを見つめた後、強く抱きしめてめをつぶった。
「今日からよろしくね」
今日子は新しい自分になったような気がした。
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