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第9話~今日子9歳~前編

 4月。桜井今日子(さくらいきょうこ)が小学3年生になって、初めての全校集会の日になった。

 今日子が靴を履き替えて運動場に出た。そして、先日入学した1年生の前を通りすぎようとした時に、「よっ! 今日子!」という声がしたので今日子は振り返った。

 その声は、1年生の列の一番前にいる今日子の従兄弟の花木聖夜(はなきせいや)のものだった。

「聖夜って背の順、一番前なんだ。そういえば、春樹(はるき)も1年生の時これぐらいだったなぁ」

 今日子は2年前の自分が小学1年生の時のことを思い出しながら言った。

「誰だよ春樹って」

「クラスメイトの男の子」

 3年生になってクラス替えはあったものの、今日子は2年生の時と同じく、親友の桃園夏海(ももぞのなつみ)や男友達の梅崎春樹(うめざきはるき)とは続けて同じクラスになった。

「そいつも早生まれか? 俺も早生まれだから今は背が低いんだよ」

 今日子は聖夜の言葉に首をかしげた。

「春樹は早生まれだけど、聖夜は違うでしょ? 誕生日12月24日だし」

「だって、本当は12月31日に生まれるはずだったってオカン言ってたぞ」

「いやいや、12月31日に生まれたとしても早生まれじゃないよ。1月に生まれたならともかく」

「はぁ? 1月だったら遅生まれだろ。予定日よりも遅く生まれたんだから」

「早生まれってそういう意味じゃないから!」

 今日子はこんな子で小学校をやっていけるのだろうかと心配した。


 季節はすぎて7月。

「きくっちってかっこいいよねー」

 給食時間に突然、夏海が言った。きくっちとは、サッカー日本代表選手の菊地旬(きくちしゅん)のことで、昨日のサッカーの試合でも活躍した選手の一人だ。

「うんうん、そうだよねー」

 今日子は夏海の言葉に相槌をうった。実際、今日子も菊池をかっこいいと思っており、そのうえサッカーも上手なのですごいと思っていた。

「夏海は将来、きくっちみたいな人と結婚したいなー」

「なかなか難しそうだね。どうしたらいいんだろう?」

「そうだよね……。一番ありえるのは、お兄ちゃんがサッカー選手になって、紹介してもらうことかな」

 夏海の言葉で今日子は夏海に兄、桃園永輔(ももぞのえいすけ)がいることを思い出した。

「そういえば、なっちゃんのお兄さんもサッカーやってるんだよね。上手なの?」

「……多分」

 今日子の質問に、夏海は曖昧な答えを返した。

「よくよく考えたら、お兄ちゃんがサッカーの試合やってるとこって、最近見てないんだよね。上手いと思うんだけど……。いや、上手く無きゃ困る! そうじゃなきゃサッカー選手と結婚する夏海の夢が叶わない!」

 それは他力本願じゃないかと今日子は思いながらご飯を食べ、その後、牛乳を飲んだ。パンではなくご飯の日は牛乳はやめてほしいと今日子は思った。

「そういえば今ね、お兄ちゃんのサッカー部、試合中みたいなんだけど、勝ち進んでいて県大会にいけそうなんだって」

「へー! すごいね。県大会っていつなの?」

「確か、7月27日だったと思う。そうだ! 一緒に行こうよ今日子ちゃん!」

「えっ!」

 今日子は今までサッカーの試合はテレビでしか観戦したことがなく、実際の試合を見たことはなかった。

「行きたい行きたい! 絶対行く!」

 今日子はサッカーの試合を実際に見に行けることに、胸高鳴らせた。

「じゃあ決まりだね。今のうちに未来のきくっちになる人見つけておかないと」


 給食時間が終わり、掃除の時間となった。今日子のその週は校庭の掃除当番なため、校庭にでてホウキを掃きゴミを集めていた。

その途中、同じ当番の春樹が今日子に話しかけた。

「桜井って、サッカー好きなの?」

 突然の質問に今日子は首をかしげた。

「ほら、さっき桃園と話してたから」

「ああ、それで。うん、好きだよ。見るだけだけど」

「ふーん」

 春樹はそれだけいうと、サササと自分の掃除にとりかかった。今日子としては、なぜ突然、そんなことを聞いてきたのか分からなかった。



 県大会当日。夏海の兄の永輔が通う高塚中学校のサッカー部が県大会に出場することができたため、今日子と夏海は約束通りサッカーの試合を見に、県大会が行われる県庁所在地にあるスポーツセンターを訪れた。

 今回参加する8校はトーナメント形式で争われ、上位2校が地方大会へいけるということで、さらに地方大会を勝ち抜いた何校かが全国大会に進むということを今日子は聞いていた。

 そうして、高塚中学校の試合が始まった。今日子は客席の一番前に夏海と共に座り、試合を観覧することにした。思ったよりも客席はまばらで、特に苦労することなく一番いい席をとることができた。

 しばらくしてホイッスルがなり、試合が始まった。高塚中学校がキックオフで、すぐにそのボールはフォワードの永輔にボールが行き渡った。永輔はドリブルして敵陣の左サイドを移動し、相手のゴールにむかった。しかし、ほどなくして相手チームに奪われた。だが、そのボールも高塚中学校がすぐに奪い返し、さらに相手チームがそのボールを奪おうと囲った。

――あれ?

 今日子は少し違和感を覚えた。ほとんどの選手はボールのある左サイドに集中しているが、高塚中学校サッカー部の部長はコート中央の右サイドに一人で佇んでいる。

「何でボール取りにいかないんだろ? へんなのー」

 今日子がそう言ってすぐに、ボールを獲得した高塚中学校の選手が、部長にパスをだした。右サイドにはほとんど相手選手はおらず、部長はそのままゴール近くまでドリブルして、勢いよく蹴った。ボールはキレイな弧を描くように飛び、そのまま相手チームのゴールに入った。

――すごい……

 ボールを受け取って数秒でシュートを決めた部長にたいし、今日子はそう思った。


 1回線は後半でも再びシュートを決め、高塚中学校は2-0で相手チームに勝利し、準決勝への出場をはたした。準決勝は午後からなので、今日子と夏海はお弁当を食べることにした。

「さっきの部長さんすごかったね」

 お弁当を食べている最中に夏海は言った。今日子はその言葉に頷いた。今思い出しても鳥肌がたちそうなほどキレイなシュートであった。

「ディフェンスなのにシュートまでできるって尊敬する。やっぱり、将来結婚する人はあれぐらいサッカーがうまくないとね。これは幼稚園の時から変わらない結婚相手の第一条件。今のうちに部長さんとお近づきになっておこうかな……」

 夏海の言葉を聞いて、今日子は夏海の顔をじっと見つめた。今日子としては、サッカーがうまいかどうかは結婚相手を決めるのにあまり関係ないと思っていた。

「……今日子ちゃん、夏海はサッカーがうまけりゃ誰でもいいのか? って思ってるでしょ。そんなことないからね。ちゃんと顔も見てるんだから」

 夏海は得意げな顔をして言った。


「二人とも見てくれた? 俺もそれなりに活躍してただろ?」

 今日子がお弁当を食べていると、先に食べ終えた永輔が話しかけてきた。

「活躍したっていっても、お兄ちゃんシュートすらしてないじゃん。そんなんじゃサッカー選手になれないし、夏海の結婚相手はサッカー選手がいいって夢叶えられないよ」

「なんでそこで、夏海の結婚相手の話になるんだよ……」

 永輔は呆れるように言った。今日子もそれには同感だった。

「それに、さっきの試合では確かにシュートできなかったけど、ここまで来るのに何回かシュートしたんだぞ。俺のおかげで高塚中サッカー部の初の県大会に出れたようなもんだから」

 永輔は言った。

「えっ? 今まで県大会いけなかったの?」

 今日子は尋ねた。

「そうらしいよ。市内大会で優勝はあったみたいだけど、県大会は初だって。まあ、ここまできたら県大会も優勝目指すしかないけどな」

 永輔はそう言うと首を立てに振り、一人で頷いた。

「でも、部長さんのほうがうまかったよ。シュートも決めてたし。何で部長さんがフォワードじゃないの?」

「あぁ……、それは俺も思ったんだよ。シュートの成功率も部長のほうが高いしさ。部長なんて言ってたかな……。そうそう、思い出した。比較優位の原理に基づくとこういうポジションがいいんだって言ってたかな」

「何それ? 比較優位?」

「そうそう。確かに部長はフォワードでも全然問題ない実力を持ってるけど、他のメンバーとくらべて飛び抜けてうまいってわけじゃないんだよ。たいして、ボールを奪うのは他のメンバーとくらべてもすごく得意だから、フォワードをすることになったんだって」

「へぇ」

 今日子はシュートがうまいのにディフェンスにならないなんてもったいないなと思いながら、部長のほうを見た。部長は同じくサッカー部のメンバーと楽しげに喋っているところだった。


 それから1時間ほどがたって準決勝が始まろうとしていた。

「ここまでやってきた俺たちならできる! 勝ちに行くぞ!」

「オー!」

 円陣を組んだ高塚中学校のサッカー部は、部長の掛け声とともにひとつになって叫んだ。

 相手は県内強豪校の、えのき台中学校。しかし、高塚中学校の選手たちは負けることなど想像していないようであった。

 そして、キックオフしてまたもや高塚中学校の永輔がボールを捉え、相手ゴールに近づいた。しかし、すぐにえのき台中学校のディフェンスに阻まれ、いったんミッドフィルダーにパスを回そうとしたものの、相手チームに奪われてしまった。そこからさらに相手チームのフォワードにボールが行き渡り、そのまま勢いよくドリブルして高塚中学校のゴールへ近づいていった。今日子はその様子をハラハラとしながら見ていたが、なんとかシュートを決められる前にフォワードのサッカー部部長がボールを奪い返し、そのままミッドフィルダーにパスをだした。

「本当だ。守るのも上手だね」

 両者どちらもなかなか得点をとることはなかったが、間もなく前半が終了というところで高塚中学校の部長がボールを奪い、遠くまでボールを飛ばしてフォワードにパスを出し、そのままシュートを決めて前半戦は終了した。

「すごいすごい。これは優勝間違いなしだね!」

 今日子は先ほどのシュートに興奮して、夏海とともに喜んだ。


 前半戦終了後、15分の休憩があってまもなく後半戦が始まった。

 相変わらず高塚中学校とえのき台中学校の攻防戦が繰り広げられ、両者どちらもシュートさえできずに時間がすぎていった。

 そして、後半戦が始まって15分が経過した時、高塚中学校がボールを保持し、ほとんどの高塚中学校の選手がえのき台中学校の陣地で動いていた。だが、その途中でえのき台中学校の選手にボールを奪われてしまい、そのままセンターライン近くにいる高塚中学校のフォワードにボールが渡った。ボールを受け取った選手はドリブルをして高塚中学校側のゴールにむかい、高塚中学校の部長は急いでその選手を追いかけた。

 そうしてペナルティエリアまで移動してきたところで、なんとか部長がボールを奪い返して、大きくパスを出した。

 その時だった。

 先ほどまでドリブルをしていたえのき台中学校の選手が倒れ、足のスネを手に持って苦しげな表情を見せた。

――ん?

 今日子は、えのき台中学校の選手が倒れた場所から比較的近い場所の座席で見ていたので、その様子を見ていたが、その行動に違和感を覚えた。まるで、足を蹴られたような素振りを見せているが、高塚中学校の部長がボールを奪い返した時、足を蹴ってはいなかった。

 そのすぐ後、審判は笛を吹いて試合を停止させた。手には黄色いカードを持っている。

 今日子もサッカーは時々見ているのでイエローカードがどんなものかは知っていた。選手が何か違反した場合に警告として出されるカードだ。部長は審判に抗議しているようだったが、審判が再度胸ポケットに手をいれようとして抗議をやめたようだった。

「えー! 絶対今の蹴ってないよ。あの審判ちゃんと見てなかったんだよ!」

 普段はあまり怒ることがない今日子だったが、この時ばかりは審判にたいして怒りたい気分だった。


 その後、えのき台中学校のペナルティキックでゴールが決まり、1-1の同点となった。

「あんな場所でのキックなら、今日子でもゴールできるよ。ずるい」

 今日子は怒りながら言った。

「まあ、気もちはわかるけど、ここからまた得点入れればいいんだよ!」

 隣の夏海が今日子をなだめた。今日子としては、てっきり夏海も怒っているかと思っていたので、少し悲しかった。


 その後は両者どちらも得点できず、試合は延長線に突入した。このまま同点のまま試合が終了すればPK戦となる。それまで両者攻防戦を繰り広げてきたが、残り時間1分になったところで右サイドに佇んでいたえのき台中学校の選手にボールが行き渡り、そのままドリブルしてゴールにむかった。

 途中、高塚中学校の部長が奪い返そうとするものの、先ほどより動きが鈍くなった部長は抜けられてしまい、そのままシュートされた。

 ボールはまっすぐにゴールへむかい、高塚中学校のキーパーはボールにむかって勢いよく飛び上がった。

 ボールはキーパーの手から数cm届かず、そのままボールはゴールに入ってしまった。

 その後、高塚中学校のキックオフによって試合は再開したが、再開するとほぼ同時に試合終了の笛が鳴り響いた。

 高塚中学校は1-2で相手チームに負けた。


「優勝できなかったね」

 今日子は空を眺めて言った。

「ホントホント。せっかく楽しみにして来たのに。でもやっぱり、えのき台中は強かったね」

 夏海は高塚中学校に対して怒っているようだった。今日子としては、わざとファールに見える素振りをとったえのき台中学校こそ怒るべきじゃないかと思ったが、それは言わなかった。

「でもまあ、ここまできたし3位にはなれたんだから、おめでとうって言ったほうがいいのかな」

「そうだね」

 そう言って今日子と夏海は高塚中学校の部員たちのもとへ足を運んだ。


「おかしいですよ絶対。部長はファールなんかしてなかったじゃないですか! 絶対、八百長ですよあれは!」

 今日子が部員たちの近くまでいくと、部員たちは部長の前に並んで何やら叫んでいた。

「そういうふうに見えなくもないプレイをしてしまった俺も悪い。それに、相手は確かに強かった。PK戦になったとしても勝てたか分からない。実際、相手チームはPKの成功率は70%とプロサッカー並らしいしな」

「なんっすかそれ! こんなところで負けて部長は悔しくないんですか!」

 部長の前で並んでいる部員たちはみんな涙を流していた。たいして部長は泣かずにみんなと向き合っていた。

「何言ってんだよ。県大会3位だぞ。十分いい成績じゃないか。2学期になったら他の運動部の連中に十分自慢できるだろ」

 部長は笑って答えた。今日子は結局、何も言えずにいた。


 高塚中学校は試合に負けたが、ここで帰るのもなんなので今日子は決勝戦も見て帰ることにした。決勝戦はえのき台中学校が3-0の圧勝で、優勝した。それなら、準優勝の学校よりえのき台中学校と攻防を繰り広げてきた高塚中学校のほうが強いのではないかと今日子は思った。

「じゃあ、帰ろうか」

 夏海は言ったが、今日子は先ほどからの尿意があり、夏海に断って帰る前に建物内のトイレに向かった。

 しかし、決勝戦が終わったばかりということもあり、トイレにはすでに行列ができており、なかなか入れそうになかった。

 今日子は他にもないか探し、その途中に、地下への階段があることに気付いて、階段を降りてトイレへむかった。

 なんとか用をすませた今日子は手を洗って夏海の元へ戻ろうとした。地下は現在、誰も使っていないようで人の気配がまったくなく、少し薄暗かった。

 そこに誰かが歩いているのを見かけて今日子はそちらを振り向いた。その人物は、高塚中学校のサッカー部部長だった。

 他の部員と違って、部長は県大会3位という成績に喜んでいるようだったので、今日子は近づいて「おめでとう」と言いに行こうとした。

 だが、近くまで言って嗚咽が聞こえ、今日子は立ち止まった。

「ここまできてなんで……」

 部長はつぶやいた。

 今日子にはなぜ部長が先ほど泣いていなかったのに、一人になった後に泣いているのかが分からなかった。

――みんなと一緒に泣けばよかったのに、何で一人で泣いてるんだろう……?

 今日子としては一人で泣いている人がいたら近くに寄り添うようにしてきた。だが、この時はじっと見つめることしかできなかった。なぜか、すぐに離れることもできなかった。

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