第7話~今日子7歳~後編
8月の市内の花火大会の開催日。今日子は祖母の花木時子に買ってもらった浴衣を身につけて佳子と共に近くの駅までむかった。
今日子たちが駅につくと、そこにはいつもと同じ私服姿の春樹が一人で壁に持たれて突っ立っていた。春樹の母は仕事で行けなかったが、今日子は春樹と一緒に花火大会に行く約束をしていた。
「春樹くん! どうどう、この着物? おばあちゃんに買ってもらったんだ」
今日子は春樹を見ると、開口一番にそう言った。
「着物じゃなくて浴衣だろ」
春樹はそう返すと、佳子のほうを向いた。
「本日はよろしくお願いします」
春樹は佳子を見て礼儀正しく挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いします。今日子と仲良くしてくれてありがとう」
「……先日はすみませんでした」
「いいんだって、もう終わったことだし、今日子ももう気にしてないみたいだしね」
その後、三人は電車に乗って花火大会の会場へ向かった。会場近くの駅に降りると、まだ日も暮れていないというのに、すでに大勢の人で賑わっていた。
その途中、今日子は慣れない下駄で歩いていたため、躓いてこけそうになった。だが、すんでの所で春樹が今日子の腕をつかみ、今日子はこけずにすんだ。
「気をつけろよな」
春樹は言った。
「ありがとう」
今日子が笑顔で言うと、春樹は顔を赤らめてそっぽを向いた。
その後、今日子はかき氷の屋台を見つけて叫んだ。
「かき氷買って、かき氷! いちご味!」
「はいはい。かき氷ね。春樹くんは?」
「じゃあ、僕もメロン味を……。いや、お金は持ってきてるので……」
春樹はそう言うと、かき氷分のお金を佳子に渡して頭を下げた。今日子とと春樹は少し離れたところに並んで立って待つことにした。
「春樹くん、お母さんと喋る時は話し方変えるんだね」
「俺は大人だから目上の人には礼儀正しいんだよ」
「目上って、目が上ってこと? 今日子だって春樹くんより目、上だよ。今日子にもそういう話し方しないよ」
今日子がそう言うと、春樹は何か反論しようとしてやめ、言葉を返した。
「では、桜井さんにも話し方を変えることにいたします。夏休みの宿題は終わられましたか?」
「やっぱりやだ。友だちならそんな話し方しないしね」
今日子と春樹は二人して笑った。
佳子がかき氷を買ってくると、今日子と春樹は食べながら会場に向かった。
「つめたくておいしー」
今日子は嬉しそうに叫び、笑顔になった。家で作るかき氷よりも、お祭りの時に友だちと一緒に屋台で買ったかき氷のほうがすごくおいしいと今日子は思った。春樹は今日子の顔をじっと見ていた。
「どうしたの? 春樹くんもいちご味食べたい?」
春樹の視線を感じた今日子は春樹に尋ねた。春樹は今日子の言葉で慌てた。
「いや、そういうわけじゃ……」
「仕方ないなー。一口だけだよ。そのかわり、メロン味も一口ちょうだい」
今日子はそう言うと、自分のスプーンストローでかき氷をすくい、春樹に差し出した。春樹は迷った末、ストローの上に乗ったかき氷を口に入れ、食べた。
「おいしい……」
春樹はつぶやいた。
「メロン味ももらうよ」
今日子はそう言うと、自分のスプーンストローで春樹のかき氷をとり、口に入れた。
「メロンもおいしいね」
「うん……」
数分後、なんとか空いているスペースを見つけ、今日子たちは花火が始まるのを待ち、30分ほどして花火大会が始まった。
「やっほー!」
今日子は花火を見て叫んだ。
「山じゃないんだから、たまやーだろ」
「そっか。たまやー」
花火はヒューと音をだして高くあがり、夜空で大きい花を咲かせた。
「キレイだね。すぐちっちゃうけど」
「そうだな。でも、すぐ散るからキレイなんじゃないか。桜だって、一年中咲いてたら誰も見ないだろ」
「えー、そうかなあ? ずっと咲いててほしいって思うけど……」
再び同時にたくさんの花火があがったかと思うと、大きい音をたてて散っていった。
「春樹くん、今日子好きなんだ」
「えっ!?」
「花火……」
「ああ……」
今日子の言葉に春樹は残念そうな顔をした。
「また一緒に来れたらいいね」
「そ、そうだな……」
夜空には色鮮やかな花火が打ち上げられた。
季節はすぎて11月。今日子は佳子に連れられて家から少し離れた場所にある美容院へ行った。
「いらっしゃ……あっ、桜井さん。今日子ちゃんも。そっか、今日は七五三なのね」
美容院の従業員の春樹の母の曜子は言った。春樹が今日子をコケさせた事件の後、春樹から、今度無料でヘアメイクや着付けをすると伝えられていた。
「今日はよろしくお願いします」
今日子は頭をさげて言った。
「礼儀ただしいのね。こちらこそよろしくお願いします」
「今日子も春樹くんみたいに、大人になろうと思ったの」
「春樹が大人? あの子はまだまだ子どもよ。背も今日子ちゃんよりちっさいし」
「だって、前に花火大会に一緒に行った時、春樹くん、今日子のお母さんには丁寧に話してたよ。よろしくお願いしますって言ってたし」
「えっ! そうなの?」
曜子は驚いて言った。
「……そう。私の知らないところでは案外、しっかりしてるのね……」
曜子は寂しそうにつぶやいた。
美容院を出ると今日子と佳子と咲也は車を走らせて長山寺近くのスーパーのダイオンに車を駐め、長山寺にむかった。4年前の七五三でも来たが、その日のことは今日子は覚えていなかった。
「よっ!」
今日子が長山寺につくと、そこには羽織袴を身につけた従兄弟の花木聖夜とその母親の花木真昼、父親の花木夕作、姉の花木朝陽、祖母の時子がいた。12月で5歳になる聖夜も一緒にあわせた七五三ということになる。
「聖夜くん、かっこいい!」
「そうだろそうだろ。今日子は着物着るとデブに見えるな。あっ、もとからデブか」
「もう! そんなこと言わないで!」
今日子はおちゃらけた聖夜の言葉に怒った。
「もう、女の子にそういうこと言っちゃダメでしょ。今日子ちゃんごめんね。すっごいかわいいよ」
「ありがとう、朝陽ちゃん。朝陽ちゃんも去年、七五三だったの?」
「ううん、私は二年前に聖夜の三歳とあわせてやったよ。聖夜が3歳で、私が数え年で7歳だったから」
「数え? 数えても数えなくても7歳は7歳でしょ?」
「数え年っていうのは、産まれた時に1歳になって、1月1日に1歳増える年齢の数え方のことだよ。昔はそうしてたんだって」
「へー」
その後、受付をすませて両家族、8人で写真を撮り、お参りをしてもらった。その後、今日子は絵馬に願い事を書いた。
『はやく大人になってえをかくしごとをする さくら井今日子』
今日子は絵馬を満足そうに見つめ、奉納した。
「聖夜くんは何て書いてもらったの?」
「俺はな、『世界征服』だ!」
そう言って聖夜は今日子に絵馬を見せつけた。漢字が書けない聖夜のために朝陽が書いた絵馬には『世界平和』と書かれてあった。
七五三の後、今日子たち桜井家は、聖夜たち花木家と別れ、ダイオンに向かった。ダイオンに車を駐めたのはただ近かったからだけではなく、帰りに晩御飯の材料も購入しようと思っていたからだった。
「今日は七五三だったし、お祝いっぽいものにしようかな?」
佳子がそう言うと、今日子はすぐさま、返答した。
「じゃあ、肉じゃが!」
「肉じゃがは普段から食べてるでしょ……。まあ、じゃあ今日は特別にいつもより高いお肉入れちゃおうかな」
佳子はお肉コーナーに行って、普段より高い牛肉を手にとった。
「後ね、おやつなくなったからおやつほしいな。チョコパイ食べたい!」
「はいはい。じゃあ、お父さんは糸こんにゃくとってきてくれる? お菓子コーナーに行ってくるから」
「オッケー」
今日子と佳子はお菓子コーナーに向かった。お菓子コーナーでは男の子が一人、棚を物色しているところだった。
「あっ、春樹くんだ。おーい!」
お菓子コーナーの男の子は春樹だった。春樹は何のお菓子を買おうか悩んでいるところのようだった。
「えっ? 桜井? 誰かと思った……」
普段と違い、着物姿の今日子にたいし、春樹は戸惑っているようだった。
「今度こそ、着物だよ。どうどう? 春樹くんのお母さんに着せてもらったんだよ。かわいい?」
今日子は春樹の前で体を回し、言った。
「あ……ああ、かわいいと……思う」
春樹は照れながら答えた。
「本当! ありがとう!」
今日子は笑顔で返した。春樹は思わずそっぽを向いた。
「春樹ー。買う菓子決まったー?」
カートを押した中学生ほどの女の子がお菓子コーナーに入ってきて春樹に声をかけた。
「誰? 春樹のクラスメイトの子?」
「はい。高塚小学校一年の桜井今日子です」
今日子は女の子に言った。
「こんにちは、春樹の姉の梅崎古都絵です。いつも春樹がお世話になってます」
古都絵は言った。今日子は、なんとなく春樹は自分と同じ一人っ子だと思っていたので、姉がいると知って少し驚いた。
「姉ちゃん、今日はお菓子いいから早く家に帰ろ。帰って晩飯作らなきゃいけないし」
春樹は古都絵の腕を引っ張って言った。
「何々? かわいいガールフレンドの姿に照れてるの?」
「そんなんじゃないって!」
春樹は慌てるようにお菓子コーナーを出て行った。
七五三から数日がたつと今日子は七五三で撮影した写真で簡単なフォトアルバムを作成し、小学校に持って行って夏海を含むクラスの友だちに披露していた。
「いいなー、今日子ちゃん。夏海は7歳じゃないのに去年だったんだよ。歯が抜けてるかもしれないとか言って」
夏海は言った。実際、夏海の前歯は10月は生えてなかったので、その可能性はおおいにあった。
「そういうの、数える年って言うんだって」
「何それ? 数える年?」
「えっと……、一歳早く歳をとるんだって。生まれた時が1歳で、6歳の誕生日に7歳になる感じ……だったと思う」
今日子は数え年を覚えていなかった。
「ふーん。でも、そっちのほうが分かりやすいかもね。物を数えるのだって1からだし」
「確かに、10まで数えるときも1からだもんね」
今日子は頭の中で0から10まで数えてみた。10までなのに11回数えなきゃいけなくてすこし変な感じだった。
「でも、本当かわいいよね今日子ちゃん。モデルになれるかもよ?」
今日子は夏海の言葉で照れた。褒められて悪い気はしない。聖夜はデブと言ったので、大違いだった。と、そこで今日子は思い出した。
「そうそう、そういえば長山寺に行った後に春樹くんにあったんだ。春樹くんもかわいいって言ってくれたんだー」
その言葉が聞こえたクラスメイトはみな一斉に春樹のほうを振り向いた。
「なんだよ春樹、桜井のこと好きなんじゃないのか?」
「そういえば、桜井さんと梅崎くんが一緒に花火大会にいるところ私、見たよ!」
「ヒューヒュー。カップルだカップル!」
今日子の言葉でクラスメイトは次々にいろんな言葉を放ち、騒ぎ出した。
「……言ってねーよそんなこと!」
春樹は教室中に聞こえるように叫んだ。
「かわいいなんて言ってない!」
春樹はもう一度叫んだ。
「えー、言ったじゃん。ダイオンのお菓子コーナーで」
今日子は言った。
「じゃあ、いつ言ったんだよ? 何時何分何秒? 地球が何回まわった時?」
今日子は必死に何時ぐらいだったかを思い出そうとしたが、七五三に行ってる間、帰るまで全く時計を見ておらず、帰った時間も覚えていなかったので全く検討がつかなかった。
「分からないよ、そんなの……」
「じゃあ、言ってないってことだろ! 言ってないもんは言ってない!」
そう言うと春樹は早歩きで教室から出て行った。
「もう……。何であんなウソつくんだろう。本当に言ってたんだよ。かわいいって」
今日子は夏海に言った。
「今日子また、怒らせること言っちゃったのかなぁ……。友だちじゃなくなったらどうしよう……」
今日子は夏休み前の春樹が今日子をコケさせた時のことを思い出して落ち込んだ。
「大丈夫だって。その時は夏海がキューピッドになってあげる」
「キューピッド? 何それ?」
「フフフ……ないしょ」
結局、次の日には聖夜と今日子はいつもどおり接するようになったので、夏海はキューピッドになる必要がなかった。
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