第5話~今日子5歳~後編
ドレミファ♪ ドレミファ♪
2月3日。幼稚園から帰ってきた今日子ちゃんは、お母さんと一緒に自転車に乗って従兄弟の花木聖夜君の家にやってきました。今日は聖夜くんのおうちで豆まきパーティーです。
「おじゃましまーす」
大きい元気な声で挨拶する今日子ちゃん。豆まき楽しみだもんね。
「よっ!」
聖夜くんは軽く返事を返しました。
「あれ? 豆がないなぁ」
台所から花木真昼叔母さんの声が聞こえてきました。
豆がない? じゃあ、豆まきができないじゃない。
今日子ちゃんは不安顔です。
「あーうまかった」
先日、3歳になったばかりの聖夜くんは先ほどからガリガリと何か食べていたようです。真昼叔母さんが聖夜くんの様子を見に行くと、手に持っていました。豆まき用の豆の袋。中身は空っぽです。
「聖夜、もしかしてこの豆全部食べたの?」
「ううん、昨日から隠れて食べてなんてないよ」
どうやら、聖夜くんが豆を食べてしまったようです。
「朝陽ー、ちょっと買い物頼まれてくれない?」
「今、宿題やってるから無理」
朝陽ちゃんは勉強好きです。小学生になってさらに勉強するようになりました。
「どうしよう……。今から私も佳子さんも恵方巻き作らないといけないから買いに行く時間が……。せっかく今日子ちゃんも来てくれたのに……」
真昼伯母さんは言いました。今日子ちゃんはうんうんと頷きます。
「まあ、しょうがないですよ。今日子も幼稚園で豆まきやったからもういいんじゃないかな」
お母さんは言いました。今日子ちゃんはまたまた不安顔になりました。
どうしよう、どうしたら豆まきできるだろう。
今日子ちゃんは必死に考えたすえ、思いつきました。
「今日子が買いに行く!」
今日子ちゃんは手を挙げて言いました。
「でも今日子、一人でおつかいに行ったことないでしょ? 大丈夫?」
「大丈夫! 今日子、もうすぐ年長さんなんだよ!」
今日子ちゃんは張り切っています。そうだよね。もう今までみたいにお母さんがいなくてもおつかいぐらいへっちゃらさ。
「そこまで言うなら、おつかい頼んじゃおうかな。千円渡すから、お豆さん買ってきてくれる?」
今日子ちゃんはお年玉で購入した財布に受け取った千円札を入れ、はじめてのおつかいにワクワクしています。
「聖夜も行くー」
聖夜くんもおつかいに行きたいようです。
「そうだね。もとはといえば聖夜のせいなんだから。今日子ちゃん、悪いけど、聖夜も一緒におつかいに行ってもいいかな?」
「うん、いいよ」
こうして、今日子ちゃんと聖夜くんのはじめてのおつかいの冒険が始まりました。
ドレミファ♪ ドレミファ♪
今日子ちゃんたちが家をでてしばらく歩くと、横断歩道にやってきました。
「道を渡る時は、手をあげて渡るんだよ」
今日子ちゃんは聖夜くんに道を渡る時のルールを教えています。まるで、お姉ちゃんのようです。
「渡りまーす」
今日子ちゃんは右手を挙げて道路を渡ります。聖夜くん、片手だけでいいんだよ。今日子ちゃんは前を歩いてるので聖夜くんが両手をあげていることに気づいていません。まあ、いっか。
道路をわたってすぐそこにスーパー神部がありました。いつもはお母さんやお父さんと一緒ですが、今日は聖夜くんと二人だけです。ちゃんと買い物できるかな?
「お豆さんどこにありますか?」
スーパーに入って40歳ほどの女性店員さんを見つけると、今日子ちゃんは尋ねました。
「お豆さんね、案内するから着いてきてね」
今日子ちゃん、言われたとおり店員さんの後ろをついていきます。あっ! 聖夜くんがどっか行っちゃったよ。今日子ちゃん気づいてー。
しばらくして店員さんは立ち止まりました。目の前には小豆や黒豆や蒸し大豆、豆腐や納豆が売られています。
「うぇ……」
納豆を見た今日子ちゃんは一歩後ろに下がりました。今日子ちゃんは納豆が嫌いです。納豆で豆まきはしたくありません。
「どれかな?」
店員さんにそう尋ねられて今日子ちゃんはあたりを探しますが、豆まき用の豆はありません。
「こういうのじゃなくて、豆まきの豆!」
「ああ、豆まき用の豆ね。ちょっと待っててね、探してくるから」
そう言って女性定員さんは離れて行きました。
もう! 節分だから豆まきの豆に決まってるでしょ!
「ちょっと待っててだって。……あれ? 聖夜くん、どこ?」
今日子ちゃん、ようやく聖夜くんがいないことに気付きました。あれあれ、今日子ちゃんダメだよ離れちゃ。待っててって言われたのに。
「いたー。聖夜くん探したんだよ」
聖夜くんはお菓子コーナーにいました。手には大好きなラムネを持っています。
「これ買うー」
「えー! ダメだよ。今日は豆まきの豆を買いに来たんだよ!」
「ヤダヤダー。ラムネ買うー」
「もう! どうして聖夜くんはそんなにわがままなの! わがまま言う子は置いてっちゃうよ!」
今日子ちゃん、まるでお母さんみたいです。そうそう、ラムネを買うためにおつかいに来たんじゃないもんね。
そうこうしているうちに先ほどの店員さんがやってきました。
「いたいた。探したの」
「ごめんなさい」
今日子ちゃんは素直に謝りました。そうそう、待っててって言われたもんね。
「ただ、ごめんなさい。豆まき用の豆はもう売り切れちゃったみたいなの」
「えっ!?」
「今度はもっと早く買いに来てね」
まさか売り切れているなんて思いもしなかった今日子ちゃん。ショックを受けて驚いた顔になります。
「ラムネ買う、ラムネ買うー」
聖夜くんは地団駄を踏んで言いました。あきらめていないようです。
「……分かった。何も買わずに出るなんて悪いもんね。一個だけだよ」
今日子ちゃんたちはラムネを買ってスーパーを出ました。
ただ、豆がなければ豆まきパーティーができません。困ったなぁ、どうしようどうしよう。考えて今日子ちゃんは思いつきました。
「そうだ! ダイオンに行こう!」
ダイオンはここから最も近い総合スーパーです。道をまっすぐ行った所にありますが、15分ほど歩かないといけません。
でも、豆を買うには行くしかありません。今日子ちゃんは家とは反対方向に歩き、ダイオンを目指しました。
途中、休憩をとりながら、30分ほどしてようやくダイオンに到着しました。地下一階の食品売り場に行くと、エレベーターを降りたすぐ目の前に豆まき用の豆が山積みされているのが見えました。
「あったー」
ようやく豆まき用の豆を買うことができました。今日子ちゃんは豆まきしている自分を想像してうれしそうです。
「帰ったら豆まきしようね。豆まきは『鬼は外ー、福は内ー』って言いながら豆を投げるんだよ」
豆を投げる動作をする今日子ちゃん。それを真似する聖夜くん。今から豆まきパーティーが楽しみです。
ダイオンを出てしばらく歩いていると、大勢の人が道を渡っていました。聖夜くんの家はそちらじゃないので、今日子ちゃんは道を渡らずにまっすぐに帰ろうとします。
「あっ! 聖夜くんどこ行くの! 家はそっちじゃないよ!」
聖夜くん、キレイなお姉さんを見つけて着いて行ってしまいます。お母さんと間違えちゃったのかな?
今日子ちゃんは聖夜くんを連れて戻ろうとしましたが、たくさんの人の流れが気になり、そもままついて行ってしまいました。
今日子ちゃんたちは、人の流れについて行くと、長山寺に到り着きました。
「ここ、知ってるー」
毎年、正月には初詣に来ていますし、七五三もここでしました。今日子ちゃんは覚えてませんが、お宮参りもここに来たんだよ。
中に入って行くと、大勢の人だかりができている場所があります。みんなの前には赤と白で包まれた演壇があります。前に来た時にはこんなのはありませんでした。
「聖夜くん、絶対に今日子の手を離さないでね」
今日子ちゃんは聖夜くんの手をぎゅっと握ります。うんうん、こんなところで迷子になったら大変だもんね。
しばらくすると壇上にきらびやかな衣装をまとったお姉さん達がやってきました。
「鬼は外、福は内」
「わー」
お姉さん達は大勢の人にむかって小袋に入った豆を投げ始めました。豆は今日子ちゃんのところにも落ちてきました。
「うあー! 豆だ豆だ!」
今日子ちゃんは聖夜くんから手を離して次々に豆を取っています。聖夜くんも豆を拾って、そのまま袋を開けて食べちゃいました。
「鬼は外、福は内」
お姉さんたちの豆まきが終わって今日子ちゃんたちは長山寺を出ました。
「こんなにもらえるなら買わなくてもよかったね」
豆の入った袋を何袋も持っている今日子ちゃんはうれしそうです。
そうしてようやく家に帰ろうとする二人。聖夜くんが先ほど来た道に向かおうとしますが、今日子ちゃん、なぜか引き止めました。
「ここからだと、こっちの道のほうが近いよ」
今日子ちゃん、初詣で来た時のことを覚えているようです。さっそく来た道とは別の方向へ歩いて行きました。大勢の人は駅に入っていきますが、今日子ちゃんたちは駅の横をまっすぐ歩いていきます。
「こっちだよこっち」
一歩一歩着実に前に進んでいく今日子ちゃん。前に歩いた道を通ろうとしたその時です。
「ああ! ちょっとちょっと、ここは危ないから入らないでね」
おじさんに止められてしまいました。道は工事中で通ることができません。
今日子ちゃんは少し道を戻って、どうしようどうしよう、と考えました。
そもそも、本当ならスーパー神部におつかいに行くだけでした。それなのに、ダイオンに行って長山寺の豆まきを見て、すでに家をでて2時間ほどがたっています。お母さんも心配いるにちがいありません。早くお家に帰らなきゃ。
「多分、こっち」
今日子ちゃんは長山寺まで引き返さず、通ったことのない道を通ることにしました。
それから真っ直ぐいったり角を曲がったりしますが、見覚えのある道に出ることができないでいます。それどころか、先ほどから同じ場所を何回も通っている今日子ちゃん。気づいているのでしょうか。
「のどかわいたー」
先ほどから豆を食べながら歩いている聖夜くんが言いました。飲み物もないのに豆ばかり食べていたら喉もかわきます。
今日子ちゃんは近くに自動販売機を見つけ、お金を入れて聖夜くんの好きな古賀ソーダ社のソーダを購入しました。それを聖夜くんに渡して離れようとした今日子ちゃんでしたが、まだお金は残ってるし、寒くなってきたこともあって温かいお茶も購入することにしたようです。温かいお茶は一番上にありましたが、背伸びをしてなんとか買うことができました。
自動販売機の横のベンチに座っていったん休憩です。
「あったかい……」
お茶を飲んでそうつぶやいた今日子ちゃんですが、気温はどんどん下がっていきます。パラパラと雪も降ってきました。
「雪だー!」
雪を見て聖夜くんは嬉しそうに叫びましたが、今日子ちゃんは暗い顔です。
「どうしよう……。このままお家に帰れなかったら、凍って雪だるまみたいになくなっちゃうかもしれない。そしたら溶けて死んじゃうかもしれない。今日子死ぬのやだよ……」
服についてはすぐに溶けてなくなる雪を見て今日子ちゃんはつぶやきました。目から涙もでてきます。
「ママー……」
今日子ちゃんは泣き叫びました。聖夜くんは今日子ちゃんが何で泣いてるのか分からず、不思議そうな顔で今日子ちゃんの顔をのぞきました。しかし聖夜くんは特に気にしてない様子で、すぐに先ほどと同じようにソーダを飲み始めました。
「ママ……」
「……今日子ちゃん?」
誰かの呼ぶ声が聞こえて今日子ちゃんは振り向きました。一瞬、ママと思いましたが、すぐに名前を呼んだのが時子おばあちゃんだと分かりました。
「どうしたのこんなところで? 聖夜くんまで……」
「おばあちゃーん」
時子おばあちゃんを見るなり、今日子ちゃんは飛びついて泣きました。知っている人に会えて嬉し泣きです。
「ほらほら、そんなにしょげないで」
時子おばあちゃんは今日子ちゃんの頭をなでて言いました。
「おばあちゃん……、なんでここに……?」
「お買い物に行こうとしたら誰かの泣き声が聞こえてきて来てみたのよ。そしたら今日子ちゃんでビックリ」
今日子ちゃんのいるところはなんと時子おばあちゃんの家のすぐ近くでした。今日子ちゃんの家とは反対側だったので今日子ちゃんはこの道は通ったことがなく、おばあちゃんの家の近くだと気づかなかったのです。
今日子ちゃんは今までの経緯を時子おばあちゃんに説明しました。
「そうなの。じゃあ、おばあちゃんと途中まで一緒に行こうか」
「ありがとう」
今日子ちゃんと聖夜くんは時々後ろを気にして歩く時子の後ろをついていきます。時子おばあちゃんの家の前を通り、角を右に曲がり、踏切を渡り、真っ直ぐいくとスーパー神部にたどり着きました。
「ここまで来れば後は分かるかな? おばあちゃんは買い物があるから」
「えー! おばあちゃんも一緒に豆まきしようよ!」
「ごめんね。そうしたいところなんだけど、おばあちゃんは来る予定がなかったから真昼さんが困ると思うの。それに、もともと二人だけのおつかいなんでしょ? 家に帰るまでがおつかいなんだから、二人で帰らなきゃ」
「うん……」
今日子ちゃんは寂しそうに言いました。でも、そうだよね。二人でおつかいに行ったんだから二人で帰らなきゃ。
「バイバイ、おばあちゃん」
「バイバーイ」
今日子ちゃんと聖夜くんは大きく手を振って時子おばあちゃんと別れました。ゴールはもうすぐです。
家の近くまで行くと、家の前でキョロキョロと顔を動かしているお母さんを見つけて今日子ちゃんは走りだしました。空はすっかり夕焼け色です。
「ママ、ただいまー」
今日子ちゃんはお母さんに抱きつきました。
「どうしたの今日子? 心配したんだよ」
「えっとねー、スーパー神部に行ってダイオンに行って長山寺に行ってでたらおばあちゃんに会ったの」
今日子ちゃん、省略しすぎです。お母さんもよく分からずに困った顔になってます。
「でも、よかった無事で。じゃあ、家に入ろうか」
「うん」
帰ってすぐに豆まきをしたかった今日子ちゃんでしたが、時間が時間だけに先に晩御飯の恵方巻きを食べることになりました。
恵方を向いて黙々と恵方巻きを食べる今日子ちゃん。早く恵方巻きを食べ終えようとする今日子ちゃんですが、恵方巻きは大きく、なかなか食べ終わりません。
そうこうしているうちに今日子ちゃんのお父さんの桜井咲也お父さんがやってきて、聖夜くんのお父さんの花木夕作伯父さんも帰ってきました。
晩御飯を食べ終えるとようやく豆まきパーティーです。二人のお父さんが鬼のお面をつけて子ども達はお父さん達にむかって豆を投げます。
今日子ちゃんはお昼に見たお姉さんたちを真似てイスの上にたち、豆を投げました。
「おにはーそと、ふくはーうち」
こうして長かった今日子ちゃんのはじめてのおつかいは無事に終えることができました。よかったね、今日子ちゃん。
こうしてまた一歩、大人に近づきました。
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