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第5話~今日子5歳~前編

 4月。桜井今日子(さくらいきょうこ)は誕生日プレゼントに買ってもらったコマ付きの自転車に乗り、母の桜井佳子(さくらいかこ)と共に祖母の花木時子(はなきときこ)の家に向かっていた。途中、踏切でコマが引っかかって進めないこともあったが、足を踏ん張って自転車をこぐことにより、なんとか進むことができ、家を出て15分ほどで時子の家に到着した。

「おばあちゃん見てみてー。今日子の自転車!」

「あら、かわいいの買ってもらってよかったね。おばあちゃんの自転車ももっとかわいいのに買い換えようかしら」

「そうしよ! そうしよ!」

 そう言って今日子は車庫に駐めている時子の自転車の横に自分の自転車を停めた。

「あっ! クローバーだ! 四つ葉のクローバーもある!」

 車庫の近くに置いてある植木鉢を見て今日子は叫んだ。

「本当だ。何でシロツメクサなの? どうせ育てるならキレイな花にすればいいのに」

 今日子の横で植木鉢を覗いた佳子は、時子に言った。

「そりゃあ、今日子ちゃんから四つ葉のクローバーもらったぐらいだからね。あれ以来、育てるようにしているのよ」

「今日子、おばあちゃんに四つ葉のクローバーあげたことないよ」

 今日子は言った。

「今日子ちゃんは忘れちゃっているかもしれないけど、今日子ちゃんがもう少し小さい時にね、おばあちゃんが泣いていたら四つ葉のクローバーくれたのよ。悲しいのを忘れちゃうぐらい、すごくうれしかったんだから」

「へー」

 今日子は時子の話を聞いて、また誰かが泣いていたら四つ葉のクローバーをあげようと思った。

「じゃあ、家に入ろうか」

「うん。今日子また高さはかるー」

「そうだねー。どれぐらい大きくなったか見てみようね」



 5月半ば。今日子たち年中組は遠足で近くの河原に遊びにきていた。今日子はあたり一面のシロツメクサに興奮し、先ほど四つ葉のクローバーを一つ見つけて大事そうに胸にかかえていた。

「むっくん待てー」

 今日子の近くでは、クラスメイトの竹中利秋(たけなかとしあき)が友だちと鬼ごっこをしていた。1年前は1人で遊んでばかりいた利秋だったが、今では友だちと仲良く遊ぶようになっていた。

 しかし、友だちを追いかけていた利秋は石に躓き、そのままこけてしまった。こけた利秋は道についた手や体の衝撃の痛さで思わず泣きだした。

「あき君、大丈夫? 四つ葉のクローバーあげるから泣かないで」

 今日子は、倒れたままなかなか泣き止みそうにない利秋のもとに行って、先ほど見つけた四つ葉のクローバーを利秋に差し出した。

 利秋は今日子の手にある四つ葉のクローバーを見ると徐々に泣き止み、自力で起き上がってクローバーを掴んだ。

「ありがとう、今日子ちゃん」

「どういたまして」

 そう言うと、今日子は再び四つ葉のクローバーを探そうと元いた場所に戻ろうとした。

「今日子ちゃん」

 利秋が今日子を呼び止めて続けた。

「僕、今日子ちゃんのこと大好き!」

 利秋は言った。

「今日子もあきくんのこと好きだよ」

「ほんとー!?」

 今日子が言うと、利秋は笑顔になって今日子の顔を見つめた。

「なっちゃんもゆずちゃんも藤宮先生も、幼稚園のみんな大好き!」

「う……うん……」

 利秋は少し苦々しい表情になった。

「はるくん鬼ごっこの続きやろー」

 先ほどから利秋と鬼ごっこをしていた楠睦月(くすのきむつき)が言った。

「むっくんが呼んでるよ。今度はこけないようにね」

「うん」

 そう言って利秋は鬼ごっこを再開し、今日子は再び、四つ葉のクローバーがないか探し始めた。



 7月7日。その日は幼稚園で七夕集会が行われる日だった。前日に担任の藤宮(ふじみや)が園児に短冊を配り、それに願い事を書いてもらって、今日は笹の葉に飾ることになっていた。

 七夕の意味がよく分かっていなかった今日子は、七夕集会が始まる前に、七夕の意味を、藤宮に聞くことにした。

「せんせー、たなぼたって何?」

「“たなぼた”じゃなくて“たなばた”よ。今日はね、織姫さんと彦星さん夫婦が一年に一回会える日なの。それを祝って短冊を飾るのよ」

 今日子は藤宮の言葉で驚いた。

「えっ!? 夫婦って結婚した人のことでしょ? 結婚したら一緒に住むんだよね? 何で一緒に住んでないの?」

「それは、結婚してから二人とも遊んでばかりいて、仕事をしなくなったからなのよ。それに怒った神さまが2人を遠くに引き離して、7月7日にだけ会うことを許したの」

「遠くって長野ぐらい?」

「長野? いやいや、もっと遠いところよ。天の川という川のような星の集まりが宇宙にあるんだけどね、それの端から端までの長さで、とてもとても遠く離れてるの」

「へー。でも、パソコンとカメラがあればいつでも会えるよ!」

「いや、多分、宇宙にはそういうのはないんじゃないかな……」

 藤宮は困った顔になって言った。


 その後、園児たちはカバンから短冊をとって順番に笹の葉につけていった。

「なっちゃんは何て書いたのー?」

「なっちゃんはね、『サッカーせんしゅとけっこんしたい』ってお願いするの」

 今日子の友だちの桃園夏海(ももぞのなつみ)は言った。

「今日子ちゃんは?」

 夏海の質問に今日子は照れくさそうに短冊を見せながら答えた。

「今日子はね、『なっちゃんとずっとともだちでいられますように』って」

 短冊の文字が書かれていないスペースには今日子と夏海の絵が描かれていた。

「うれしー! なっちゃんもそれ書けばよかった」

「大丈夫だよ。一つあれば織姫さんや彦星さんは叶えてくれるよ」

「うん。なっちゃんも今日子ちゃんもオトナになってもずっとずっと友だちでいようね!」



 季節はすぎて10月になり、今日子の幼稚園の年中組は保育室の裏庭にある畑で芋掘りをすることになった。

「とれたー!」

 今日子の隣にいる夏海はさつまいもを引っこ抜いて喜んだ。

「今日子もとれたよ」

 今日子はそう言うと、先ほど引っこ抜いたさつまいもを夏海に見せた。

「とれたらおしっこ行きたくなっちゃった。おしっこ行ってくるね」

 夏海はそう言ってさつまいもを地面に置き、トイレに向かった。

 一方、今日子は先ほどとったさつまいもを地面におき、他のさつまいもを抜こうとしていたが、そのタイミングで藤宮が園児たちに向かって話しかけた。

「みんなー。さつまいもは取れたかなー? 今から順番に自分が取ったさつまいもと一緒に写真を撮りたいと思います。写真を撮ってほしい人はカメラマンさんのところに来てくださいねー」

 藤宮の隣にはカメラをかかえている男が立っていた。

 今日子は藤宮の言葉を聞いて夏海と一緒に写真を撮りたいと思い、夏海が引っこ抜いたさつまいもと今日子が引っこ抜いたさつまいもを胸にかかえてトイレへむかった。今日子がトイレに着くタイミングで、夏海がトイレからでてきた。

「なっちゃんなっちゃん、今からさつまいも持って写真とるんだって。一緒に撮ってもらお! はい、これなっちゃんのおいもさん」

 今日子は抱えていた夏海が取ったであろうさつまいもを右手にもって夏海に差し出した。だが、夏海はそのさつまいもを受け取ろうとしなかった。

「なっちゃんのそっちだよ」

 夏海は、今日子が左手で胸に抱えているさつまいもを指さした。そのさつまいもは今日子が右手に持っているさつまいもよりも少し大きかった。

「えー……、こっちは今日子のだと思う……」

「違うよ。なっちゃんのほうが大きかったもん。どうしてそんな意地悪言うの」

 そうこうしているうちに、カメラマンの前には園児たちの列ができていた。

「分かった……」

 今日子はそう言って渋々、左手に持っている方を夏海に手渡した。

「うん、じゃあ行こう!」

「うん……」

 夏海の掛け声に今日子は力なく答えた。



 12月になり、もうすぐで音楽発表会ということもあって、休み時間に今日子と夏海は二人で発表会の時に歌う『どんぐりころころ』の練習をしていた。

「どんぐりころころどんぐりこー♪」

「違うよなっちゃん、“どんぐりこ”じゃなくて、“どんぶりこ”だよ」

 今日子は訂正を聞いて、夏海はもう一度歌い初めた。

「どんぶりころころどんぶりこー♪」

「違うってなっちゃん。最初はどんぐりでいいんだよ。なっちゃん、おかしー」

 今日子は夏海の間違いでくすくすと笑った。

「じゃあ、もう一度最初から……」

「もういい!」

 夏海は怒るように言った。

「ダメだよ。もう少しで発表会なんだよ」

「今日子ちゃんが意地悪言うからイヤ!」

「意地悪なんて言ってない!」

「言った!」

「言ってない!」

 二人は言った言わないのケンカになり、途中で夏海が今日子の頬を叩いた。

「なにするのー」

 今日子は仕返しとばかりに夏海の頬を両手でつねった。夏海も対抗して今日子の頬をつねり、しまいには二人とも泣きだし、担任の藤宮がそれに気づいて駆け寄った。

「二人ともお友達でしょ。ケンカした後は仲直り、ごめんなさいしようね」

 藤宮がそう言い、今日子は渋々、ごめんなさいと言おうとしたが、夏海の叫びによって遮られてしまった。

「今日子ちゃんなんかだいっきらい!」


 それから、夏海は今日子を避けるようになった。

 次の日の朝に幼稚園バスの停留所で今日子は夏海がやってくるのを見て、「なっちゃん、おはよー」と言っても、夏海は知らんぷりをした。夏海の母の桃園久美(ももぞのくみ)が挨拶するように促したが、夏海はそっぽを向いて「おはよー」と言うだけだった。

 普段、バスに乗った時には隣同士で座る今日子と夏海だが、その日は夏海が今日子の隣に座るのは嫌がったため、夏海は今日子とは離れた場所に座った。今日子はいつもならバスに乗っている間、夏海とお喋りしたり手遊びをしたりすることがあるが、その日は流れていく外の風景をぼんやりと眺めているだけだった。

「今日子ちゃん、今日一人で座ってるのー?」

 途中で乗ってきた利秋が今日子の姿を見て言った。

「うん……」

 今日子は元気無く答えた。

「じゃあ僕、今日子ちゃんの横に座っていい?」

「いいよ……」

「やったー!」

 利秋は嬉しそうに今日子の横に座ったが、それとは対象的に、今日子は走行中、物思いにふけるように外の風景を眺めているだけだった。


 休み時間も相変わらず夏海は今日子と関わろうとしなかった。

 今日子が「なっちゃんあそぼー」と言っても、「なっちゃんはゆずちゃんと遊ぶの!」と言って別の友だちと遊んでいた。

 今日子は仕方なく、一人でお絵かきをすることにした。隣に利秋がいることには気づかなかった。


 その日の帰りはバスが停留所に着くとすぐに夏海は駆け下りて、マンションに向かって走りだした。久美は急いで夏海を追いかけていった。

 今日子は夏海が小さくなるまで見つめた後、佳子と手をつないで歩き出した。

「なっちゃんとケンカしたんだって?」

「…………」

 佳子は今日子に尋ねたが、今日子は何も返さなかった。

「なっちゃんのママに聞いたけど、昨日、今日子がなっちゃんに意地悪なこと言って、今日子がなっちゃんのほっぺたつねったんだって?」

 今日子はその言葉に驚いて佳子を見上げた。

「違うよ。なっちゃんが歌、間違えてるから教えてあげたの。そしたらなっちゃんがもういいって言って今日子のほっぺた叩いたんだよ」

 今日子は必死に訴えた。

「そう……」

 佳子はそっけなく答えて続けた。

「今日子、七夕の短冊に何て書いたか覚えてる?」

「うん……」

 今日子は七夕の短冊に書いたことを思い出して言った。

「今日子がなっちゃんとケンカしたいならママは止めないよ。でも、そうじゃないなら早めに仲直りしないとずっと友だちでいられなくなると思うよ」

 今日子は顔をうつむけて歩いていた。

「ところでね、今日子にはまだちょっと難しいかもしれないけど、『音楽』という漢字は『音を楽しむ』って書くんだよ。正しい歌詞で歌うのは大事なことかもしれないけど、それよりも楽しん歌うことのほうが大事だとママは思うな」

 佳子がそう言って、今日子は思い巡らせた。

――楽しんで歌う……

佳子のその言葉を頭の中で反芻した。


 家に帰って一時間後、今日子は「なっちゃんちに行ってくるー」と佳子に言って家を飛び出した。

 今日子の家の、近くの階段を2階分降りてすぐ右に曲がった場所にある部屋。今日子は『桃園』と書かれた表札のある家のインターホンを押した。

「今日子です。桜井今日子です。開けてください」

 久美がインターホンに出てすぐに今日子は叫ぶように言った。

「なっちゃん、今日子ちゃんよー」

「今、いないって言ってー」

 インターホン越しに久美と夏海のやりとりの声が今日子のもとまで聞こえてきた。その後、久美が今日子に返答した。

「ごめんなさい。夏海、今は会いたくないみたいで」

「開けてください!」

 今日子はめげずに言った。部屋からは「開けないで!」という声も聞こえてきた。

 ちょうどその時、夏海の兄の桃園永輔(ももぞのえいすけ)が小学校から帰ってきた。永輔は何も言わず、不思議そうな顔で今日子を見ながらドアを開けた。

 今だ! と思ったと同時に、今日子は夏海の家に入った。

「おじゃまします」

 そう言うやいなや今日子は靴をぬいで家にあがり、廊下の右側にある夏海の部屋に入った。夏海は、ひらがなで書かれた『どんぐりころころ』の歌詞を見ながら、書き写していた。

「ごめんね、なっちゃん。楽しく歌ってたのに歌が間違ってるから笑ったりなんかして」

「…………」

 部屋に入ってすぐ、今日子は夏海に謝った。夏海は黙って今日子の顔の少し下あたりを見つめている。

「なっちゃん、この絵、見て」

 今日子は左手に丸めて持っていた画用紙を広げた。そこには、大きい四つ葉のクローバーを相合傘のように持った今日子と夏海が描かれていた。

「今日子はこんなふうになっちゃんとずっと、ずーっと友だちでいたいと思ってるよ。明日も明後日も大人になっても……。でも、今のままじゃずっとずっと友だちじゃなくなっちゃうって思ったの。ごめんね、急に家に来て」

 夏海はしばらく今日子の持っている絵をじっと見つめ、しばらくして涙が頬をつたった。

「ううん、悪いのはなっちゃんだよ。きょ、今日子ちゃんが歌教えてくれたのに……叩いたのはなっちゃんだもん……。なっちゃん悪いことしたの。ごめんなさい。悪いことしたのに、ず……ずっと友だちでいられるのかな?」

「もちろんだよ。だから泣かないで、一緒に歌、歌お。音楽は楽しいんだよ」

「うん!」

 こうして二人は仲直りし、元気に歌いはじめた。

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