見覚えのある少女
布団から出て、ハンガーに掛かっている制服を手にとり素早く着替える。
それが終わると次は朝食の準備に取りかかる。そうは言っても、昨日の夕飯の残り物にご飯と味噌汁を新たに作るぐらいなのであっという間だ。
小さめの鍋をカセットコンロの上に水を入れてセットし火をかける。
具は、家々によって色々あるらしいがやはり、ワカメと豆腐が一番美味しいと思う。
ワカメを水で戻し、豆腐を手のひらで一口大に切り、どちらも沸騰している鍋に投入し、火力を弱火に調節して赤味噌をといていく。
両親の元から離れて、今年の春からこちらの高校に通うために一人暮しを初めて早、一ヶ月が既に経とうとしていた。
金銭と健康の問題から引っ越してきてから自分で料理をするようになって、大分上達してきたのではないかと感じるこの頃。素より手先は器用な方だと自負しているので、まあ当然といったら当然のことなのだが。
出来た味噌汁を百円均一で買ってきたお椀に注ぎ、炊飯器から冷やご飯をよそぎ、昨日の夕飯の残り物と一緒に電子レンジで温める。
少し待ってから、それらを小さなテーブルの上に並べて畳の上に腰を下ろす。
「いただきます」
じっくりと味わっている時間もないので手早く食べ終え、流しに置いて鞄を手に取り靴を履き、家を出る。ちゃんと鍵を閉めて戸締まりのチェックをしてから階段を降りる。
「やっぱり、ボロいよなー」
自信の住むアパートを改めて見上げてしみじみとそんなことを思う。
ボロいと言ってもそのぶん家賃は激安であったし、何よりも学校までの距離が近い。内装もちゃんとトイレと風呂が別々でキッチンも完備。
少々?風情のあることを我慢すれば住みやすかったことに違いはないが、
「まさかそんなにもヤバかったなんて、ハア~」
大きくため息を吐き途方にくれる。
というのも、このアパート、見た目も見た目だがそれ以上に内部が色々と侵食やら白蟻やらが原因で倒壊の危険があると最近になって発覚。
入居一ヶ月にして引っ越すことを余儀なくされた。幸いにも後、一週間以内に引っ越せばいいとのことで現在、引っ越し先を探している最中なのだが中々見つからずに、徐々に焦り始めていた。
「まあ、こんな見た目だしな。俺以外が住んでなかったのも納得だわ」
とりあえず目先の問題は後回しにして今は学校へ向かう事としよう。
「おー、唯月おはよう」
「おはよう、環」
教室へ入って自分の席に座ると直ぐに友人の環が駆け寄ってくる。
この友人の環の存在は俺にしたら凄く有りがたかった。
両親から遠く離れ、この地へ始めてきた俺に知り合いなんて呼べる人は一人もいなくて、実際に独りになって分かるが結構キツイものだった。そんな時に入学式の場で何気ないことがきっかけでよくつるむようになったのがこいつで、容姿もそれなりに整っておりイケメンなうえに性格も気さくで人気がある。
環が一人でいるところなんてまだ一ヶ月しかたってないが見たことがないし、楽しそうに会話を繰り広げているが、何故か俺の姿を見つけると直ぐに、現に今みたいに相手をしてくれる。
ーーなんで俺なんかに構ってくれるのだろう・・・
別に話が上手いわけでもないし、特に思い付くような特別なことなどしていないし、そして何より俺みたいな奴が環を独り占めみたいなことをしているのに回りはなにもいってこないこどが一番の謎だ。
そう、なにもしてこない。話に混じってもくれないため、俺は常にぼっちか環しか友達がいないやつだとでも思われていることだろう。
「・・・それでさ、昨日の数学の宿題のことで、っておい唯月聞いてるか?」
「っわり、少しボーっとしてた」
「なにか悩みごとか?」
「あー、それもあるけど問題ない。気にするな。っで何だっけ」
「それならいいんだけどな。昨日の数学の宿題で分からない問題があったから教えて欲しいんだ」
「いいよ。どこ」
俺が承諾すると、何処かから教科書とノートを取り出して俺の机の上に広げる。
「個々なんだけど、唯月は分かるか?」
「あー、ここは最初にまずここを・・・・・・」
環があらかじめ少し解いていた途中式を見て間違っていたところを訂正していく。
「おー流石。頼りになるな」
「別にそーでもないだろ」
既にいつものお決まりとかしたやり取りを終えると、環が何かを思い出したように切り出す。
「そうそう、唯月知ってるか? 実は最近この辺りで殺人事件があったって噂」
「はぁ!? なんだよそれ、気味悪いな。というよりも噂って何だよ。殺人事件でも起こったんなら普通に警察ざたになってるだろう」
「いやまあそうだが、問題はそこじゃなくて、重要なのが何でもその見つかった死体が奇妙だったんだって」
「奇妙ってどんなだ?」
「いや、詳しいところまでは知らないんだ。軽く耳にした程度だから」
「噂、ねえ・・・」
今の話に少し興味がわく。がっ、これといって何かが出来るわけでもないので話に進展が有ることを期待して待つこととしよう。
「じゃあ、そろそろいくぞ」
環が後片付けをして席を立ち、自分にも催促してくる。
仕方なく自分も立ち上がり環について歩く。
回りを見渡せば他のクラスメイト達も教室を出るところだった。
「なあ、今日って何か行事でもあったっけ?」
「それがなんでも、不審者の目撃情報が多くて緊急集会が開かれることになったんだとさ」
「死体に不審者って、どんなところだよ・・・ 怖すぎるわ」
「確かにな」
環も苦笑いである。
まだ、チャイムが鳴るまで時間には余裕があるが遅れて先生に何か言われるのも嫌なので寄り道せずに講堂へ向かう。
講堂に着き、中にはいるともうそれなりに人が集まっており皆椅子に座りって会話に花を咲かせていた。
基本席はクラスごとに分けられて決まっているが、自身のクラスの席以外でないならば、どこに座るかは自由だ。
俺たち二人は適当に空いている席を見つけてそこに座る。
それから、少し時間が経ってから集会が始まった。
最初は何時もの集会の時同様に校長先生の挨拶やクラブ連の表彰。それらが済み、やっと本題へ入る。
「えー、ゴホン。この中に何故今回、緊急で集会が行われることに成ったのか知っている人もいると思いますが、その事についてと今後の対処についてを生徒会会長の方から話があります」
2年生の学年主任がそう言い残して立ち去ると、舞台の脇から変わりに、どこかで見たことがあるような深紅の髪をなびかせながら、どこか儚げでまるで触れてしまえばガラス細工のように音を立てて壊れてしまうのではないかという美貌をもった少女が現れる。
話でいっていたことから生徒会会長なのであろう少女は、人の視線を集めながら静かに舞台の中央へ来ると体を正面へ向け、座っている生徒達を一度、端から端へじっくりと見渡してから再度正面を向く。
「生徒会長の九条 朱里です」
マイクに手を添え、言葉を発する。
今、座っている俺を含めた生徒の中に、先程のようにざわついたり、居眠りをしているような奴は一人もおらず、一人の、年齢もそこまで違う訳でもない少女に注がれていた。
その姿には、その可憐な容姿とは裏腹に凛としているというか、何人にもものを言わせぬ力強さの様なものがこの場の空気を通じて伝わってくる。
「2・3年生の方は何度も会っていますが、1年生の方は入学式での場と今日とでまだ、二回目ですね。とはいっても、まだ最初に会った時からまだ一ヶ月ちょっとしか経っていないので当然といったら当然のことなのでしょうが・・・」
俺は会長の話を聞いて納得する。どこかで見たことがあると思っていたら入学式で見かけたのを思い出したのだ。
入学式と言えば長い話が詰まらなくて終始何度も船をこいでいたため、とぎれとぎれの記憶しかないものの、その中には一際綺麗な人が居たことはなんとなく覚えていたが、あれは会長だったのか。
「何よりも、このようなことで顔を会わせる事になるとは誠に残念です」
そんな会長の顔は、本心からそう思っているのが分かるかのような何とも言えぬ表情をしている。
「この日、このような場を設けたのには理由があります。最近この学校近隣に不審者が見受けられたとの報告が住民の方から数多く寄せられています。
それに加え先日、我が校の女子生徒がクラブ帰りの際、暗がりを歩いていたところを、後ろを付けられたり、肩を叩かれたりと先生達の方へ被害報告もあります。
これにより学校側から警察への警備強化の依頼に、PTAの方達によるパトロールもされる予定になっており、生徒の皆さんにも一人で帰るのではなく同じクラブのメンバーや仲の良い友人との複数での帰宅をお願いします。
特に女子生徒の方達は注意しておいてくだだい。それでも心配だという方は個々での防犯ブザー等といった、防犯グッズを用意しておくことを推奨します。
生徒会からは以上です」
「それでは本日の集会を終わります」
司会役の先生がそう言うと同時に生徒達は自分の教室へ戻っていく。
俺も席から立ち上がり、人の流れにのって帰ろうとするがその時だった。
何処からか自分に向かってピンポイントに凝視されているような感覚を覚える。
身体がその方向に反射的に向き視線の相手の姿を捉える。
見つけるのはこの人混みの中であっても、とても簡単なことだった。
何故なら俺が見つめている視界の先
ーーつまり、舞台の上には一人しか居なかったから
その視線の相手である、生徒会長はこちらが気付き、目を合わせてきたことに一瞬ではあるが驚いたような表情を見せるが、直ぐに何時ものように笑顔を顔に浮かべ、こちらに小さく手を振ってきた。
何故そんなことをしてきたのか検討もつかない俺は、その理由に頭を悩ませながら、人の波に流されたのであった。