玖 涙と笑顔
最終話です。
何故。
それは疑問だった。
如何して。
答えるものは誰もいない。
何時から変わったのか、それとも、元々隠れていたものが見えていただけだったのか。
分からない。
何も。
彼は何も知らない。
何を思う。
フィルティーンはそう言った。
ディオスは俯いていた顔を上げてフィルティーンを見る。
其の表情は、今まで見た中で、信じられない程切ない表情だったと思う。
如何してどんな表情をしてディオスを見るのか。彼には到底分からない。
其処には言葉で表せない程の様々な感情が渦巻き、複雑に絡み合っている。
何となくだが、そう思えた。
「何を…って……」
何か、言ってやらなければ。ディオスはそう思ったが、肝心な言葉は頭に思い浮かばない。何も思い浮かばないまま一生懸命考えながらディオスは一つ、深呼吸した。
フィルティーンは言葉を求めているのではない。
求めているのは、思うこと。つまり気持ちだ。
ならば先刻答えが出ているではないか。
「済まないが…フィルティーン。俺は…なんとも思わない」
「……え…?」
「仮令、それが本当の話だとしても…俺は、別に何も思うことはないと言ったんだ」
ディオスは顔を上げて、フィルティーンに語りかける。
フィルティーンは目を見開いてディオスを見ている。
色素の薄い瞳がディオスを捉えている。
吸い込まれそうなほど、透明だった。
「…お前が神だったとしても、罪人だったとしても…結局それがなんなんだ?唯、此処に存在している。それだけじゃないか」
そう。
世界に存在するものは須らく、其処に在るだけだ。
形式なんてものは結局後につけた装飾品でしかない。
――きっと。
ディオスは其れをくだらないと感じていた。
初めはきっと、そんなくだらないものでもディオスは追いかけていた。
父も兄もとても立派に戦った。祖国の為、懸命に。もう一度故郷の地を踏めると信じて。
其の姿に憧れていた。
だが、其の装飾品がディオスから父を、兄を、奪った。
装飾品さえなければ、ディオスは今でも家族全員欠けることなく暮らせていた。
軍人。
その装飾品が父と兄を戦場に赴かせ、そして、奪っていった。
思えば其の頃からだった。
ディオスが変わったのは。
ディオス自身、変わったと自覚はしていなかった。
しかし、今では断言できる。
自分は変わった。
其れを気付かせたのは。
「フィルティーン。お前が…教えてくれた」
「……」
「お前は…相手が誰でも、そして自分がなんだったとしても…自分を見失うことなく…接することが出来た」
仮令、相手が自分だとしても、何一つ態度を変えることなく、接することが出来た。
相手が自分より低い位でも、自分の事情に巻き込みたくない、そう言って使うことをしなかった。
そしてそれがフィルティーンの心の本質のようなものなのだろうか。
人に不快感を与えない丁度よい距離を保って、気持ちよくいつの間にか話せるようになっている人柄を持つ。それがフィルティーンなのだろう。
「きっと。俺は其の心に惹かれて…関わったんだ、自ら。自分でも気付かないうちに、こんなに…人を心配したのは初めてだ」
心配していながらも、何時の間にかたった一人の家族にさえ素っ気無く接してしまうようになっていた。
「感謝している。きっとこれも思うこと、だろう。でも、やっぱりお前の望む答えじゃないのかもしれない。それでも、これが俺の本心だ」
そういって、ディオスはふっと笑った。
変わってから、初めて見せた、本心の笑顔。
さらさらと滑っていくように柔らかな表情、それに見惚れていたのか、言葉に驚いていたのか、フィルティーンは唯ディオスを見つめていた。
「だから、俺はお前を神だとか知っても、だからなんだ?って話なんだ。別に、神であろうとなかろうと、そこに宿る心は変わらないと思うから…」
「…そ、う…。本当に?」
フィルティーンは何時の間にか俯いていた。ディオスはフィルティーンんを見るが、その表情は伺えない。
フィルティーンはディオスの言葉を聞いて何を感じたのか。
ディオスには到底分からない。
「何だ?…違う、やっぱりお前を敬うよって言って欲しいのか?」
ディオスはころりと態度を変えて、いきなりフィルティーンの前に跪き、フィルティーン様ーとか言い始めた。
それを聞いた瞬間、フィルティーンはぷっと吹き出したような声を出した。そうくるとは思わなかったと笑いながら、ディオスの前に降り立つと、いきなり抱きついた。
「う、わ!?」
その勢いでディオスは後ろに倒れこんだ。
「…有難う…本当に、有難う…!ディオス…!」
そう言ったフィルティーンの声は震えていた。
ディオスは抱きつかれて倒れたまま、フィルティーンの頭を撫でてやった。
「泣きたいなら、今のうち泣いておけ。俺の気が変わる前に」
何故泣いたのか分からない。お礼を言われた理由も分からない。
起き上がらせることも出来ないまま、ディオスはフィルティーンを宥め始めた。
それから、フィルティーンは自分のこと、聖なる人について話し始めた。
「僕…は。実は人口神に近いんだ」
ふと、思い出したような感じでフィルティーンは言う。
「え?」
「もう、遠い昔。神が忘却されていったとき…。失われた力を修復しようとして新に魂を得た。つまり…転生。そして…最初は良かった。僕達は一つだったんだ。でも、神になる前…神になるべくして生まれた魂が狙われたのか…それともそういう運命だったのかは分からない。でも、四つに分かれてしまったんだ」
「……四つに…もしかして…お前はその一つ…?」
「そう。でも、四つに分かれた一つ一つは不完全で…そのままでは神になることは出来ない。ましてや、分かれてしまった…神になるはずだった魂を修復できるものなんている筈がなかった」
そのための人口神。
仮初の力で祀り上げられた偽者の神。
「それが…お前ってことか…」
「そう。僕達は神でいて、神で無い。誰かの手によって作られた…人と同じで強大な力を保有する不安定な存在…」
ローレルたちレイの楽園の者は、フィルティーンが生まれるもっと前…世界が創造されたときからいた未知なる存在、神によって作られた者。
神の力の一端を繕って生まれた、神の力の一部を保有する純血種。
しかしフィルティーンたち仮初の人口神の力はレイの楽園の者さえ量がうするほどだという。神となるべくして生まれた魂は仮令四つに分かれたとしても強大だと言う事を再認識させられた。
しかしフィルティーンはレイの楽園の者によって繕われた者。そして人は、人口神の力によって作られた者。
どちらも作られた者から作られた、非常に良く似ている者達。
「だから…僕は…人に簡単に殺されてしまう。レイの楽園の者は神の力の一部を保有する、人よりも上の者達。だから…その圧倒的な力の前に…レイの楽園の者を倒せる人間はいない…」
作ったものは異なっていても、作られたという点では同じ、つまり同じ条件だから、フィルティーンは人間でも殺せてしまうらしい。
「僕は…聖なる人がここに来るたびに…会って来た。それが、僕の役割だったから…。でも…だんだん…時がたつにつれて、人の心は廃れてくすんでいった」
「……」
先は、敢えて言わなかった。
何度、その力を手に入れようとした人間達にやられてきたのだろう。
きっと、だからフィルティーンは聞いた。
どう思うのか、と。
これから自分に起こるであろう事を確かめるために。
今度こそ、生きられるのかという不安。
「僕は人を作った神だから。植木鉢の植物を手折ることは出来ても枯らすことは出来ない…。攻撃できても殺すことは出来ないんだ…。それが世界の理だから」
其の度に、フィルティーンはレイの楽園の者によって転生させられた。
朽ちた肉体を捨て、奪われた力が回復し転生するまで眠って。
「結果。僕は生きることを許されないのかと思ったこともあったよ…。力を持つ者を恐れる人間は…僕を罪人にして其の力を奪っていった。何のために殺されて、転生させられて…そんな理由が分からなくなってきて…でも、それでも。微かな光を求めて…転生を繰り返した」
フィルティーンが振り返る。
ディオスは其れを見ていた。
「でも…やっと。見つけた」
再び、フィルティーンはぽろぽろと涙を流していた。
「本当に、ありがとう。これでやっと…前へ進める…」
「ふー…疲れた」
時計塔から出てきたディオスは開口一番そう言った。
「な、何さ!その言葉!」
半透明のフィルティーンはぽかぽかディオスを叩く。
実は、フィルティーンは最初から、肉体が無かったらしく、聖なる人に受け入れられて、その信仰心を借りて初めて肉体を手に入れられるらしい。
今まで普通の人のように接していられたのは、ローレルたちの目を惑わせる為であり、人に紛れる為であったから、自分の強大な魔力を使い、擬似肉体を形成していたらしい。しかし、逃げ必要も無くなった今、その魔法は解いているということだ。存外魔力を使うため疲れるらしい。
ローレルは、聖なる人が正式に決まった今、急いでレイの楽園へ報告に向かった、と言っていた。
それはもう、酷い喜びようだったので、ちゃんと報告できるのか?と不覚にも思ってしまったディオスである。
「さて!さっさと行くよ!いっつもみんな巡礼行ったことにしてサボってたんだから!」
「……」
サボっていたのかそれとも何か別の理由か、真偽は兎も角何でこいつこんな元気なんだ?とディオスは思いつつ、「はいはい」と気の抜けた返事する。
巡礼よりもまだ先に、ディオスは教会への報告をしなければならなかった。
報告をし、加護を受け、そして巡礼へ旅立つ。
たった一人の家族にも、報告しなければ…
沢山やる事が出来たな、と思いつつディオスは小さく笑った。
fin.
おまけ
「なあ、」
「ん?何?」
「お前逃げてたのに、どうして時計塔に現れたりしたわけ?俺が行ったときだよ」
「ああ…だって。分からないの!?君だからでてったんだよ。もしかしたら…って。賭けだった」
「……じゃあ別の人だったとしたら?」
「勿論逃げてたよ」
「……へえ」
「神の追憶楽曲」これにて最終話です。
読んでいただいた皆様、有難う御座いました!
かなり前から暖めていたお話の派生の物語だったのですが、何とか書き終えられて良かったです。