陸 聖なる純白の光
ディオスの言う時計塔に入る、唯一の方法とは結局のところ、不法侵入となんら変わりなかった。
タイミングが重要な方法な為、ディオスはローレルに手短に話した。
其の方法とは、まず門番は神託が下される前に、其の扉を開けるのだと言う。時計塔に神託を受けた者が通るためだ。
扉は其の前に開けておく必要があるらしい。
其れから神託が下される。即ち、其の間、民は神託が下される空を見上げる。
神託は、空から降り注ぐ光が其の者を導くのである。
民が空を一斉に見た瞬間。其処に時計塔に入るチャンスがある。
其の時は門番も、神託を見届けるため、少なからず時計塔から離れるのだ。
出るときはどうしようかと考えたものだが、そういえばローレルが現れた当初、いきなり出てきたことをディオスは思い出した。ローレルに問うと、それは簡潔に言えばテレポートらしい。
ならそれを使うことにし、入ったら直ぐに確かめ、ローレルの魔術でテレポートして逃げる。
ディオスの立てた計画はこうだった。
因みに最初にテレポートして入らないのは、門番に気付かれる所為である。
出る時は神託を受けた者が神託と同時に聖地に入る為の印、つまり魔術的なの施しを受ける。だから其方の物と思われやすい。そうディオスは考えたのだ。
実質ローレルはレイの楽園の者であり、その魔術は印の魔力と近いものなのではというのがディオスの見解だ。
「でも…其れは…リスクが高いですが…」
「だって…もしあん中にフィルティーンが居た場合、見つかったら即捕まるぞ?」
「………」
「逃げようにも牢屋は魔術は使えなくしているそうだからなー」
「判りました。帰れなくなったら困りますもの、ね。僕がどんな刑を受けるか…考えただけでぞっとします…」
ディオスの言葉で色々と想像したらしいローレルは其の提案にやっと首を縦に振った。
「はあ…まあ、此れで行くか」
ローレルの言う刑がどんなものなのかディオスは判らないが、気にしないことにした。
そうして居るうちに、暫くの時が経ち、町の人々はざわめき始めた。
其の声や足音に紛れて、何かがこすれあう音がする。
時計塔の重たい扉が開き始めたのだ。
「ローレル…!開き始めたぞ…!」
「……ええ。判ってます。やっと、始まるのですね…」
二人は短い言葉を交わしあい、開かれる扉を見つめた。
ガコンと、ひときわ大きな音を立てて、扉は開ききった。開ききった後、門番は其処から少し離れて時計塔に祈りを捧げている。
「もう直ぐ…だな。いいか、後数分だぞ…」
「ええ、判ってます」
祈りを捧げ終わった門番が時計塔に背を向けると、町の人々のざわめきはいっそう増した。皆が皆、時計塔を見つめている。今か今かと言う心の声が聞こえるようだ。
自分が選ばれるよう祈る者、選ばれた者を一目でも見ようとする者、其処には其々の思いを抱いた人々が溢れ返っていた。
其の時だった。
人々のざわめきが一瞬にして静まり返る。
人々も、門番も、空を見上げたのである。まぶしいくらいの白い光が降り注いでも、不思議と目を瞑らないで居られた其の光は、初めは四散していた。
しかし、其の光は徐々に細くなっていく。
「あの光の中に…最後まで居たやつが…聖なる人、だ。さあ、行くか…!」
「…ええ、其れは判るんですが…」
「如何した?」
「僕も入っているんですが…光の中に…」
「近くに居るんだろ、聖なる人が。其れにまだ光は広範囲だ…今のうちに…!」
「そうなんですか」
「さあ、早く、行くぞ…!」
ディオスはそういうと、ローレルの手を引いて立ち上がった。
其の間にも、光はどんどん狭まっていく。
其の速さは意外と早かった。既に光の大きさは時計塔を含む、百数十人を含むのみとなっている。
「……ち。なんなんだ…」
ディオスはそういうと立ち上がったまま歩こうとしなかった。其れを不審に思ったローレルは声をかける。
「どうかしましたか…?」
「ちくしょう…かなり…聖なる人が近くに居るらしい…な。まだ…光が此処から抜けねえ…」
「確かに…」
「くそ…此れじゃ…相当目立つっ…」
ディオスはそう言うと唇を咬む。
「えっと…其れはつまり?」
「時計塔に忍び込もうとした瞬間、誰か気付くだろうな…」
「……え…!ええ!?」
「って大きな声を出すな!」
ローレルはディオスの推測を聞いて、思わず大きな声を出していた。
周りが静かな分、其れは少なくとも少しは響いた。其れをディオスが咎める。
しかし幸い、気にする人は居なかったようだ。
「此処で動いても…目立つだけだな…。仕方ない。後はフィルティーンが…其処にいないことを祈るか」
「そ、そんな無茶なー!」
こそこそと話す続ける二人。其の間にも光は細くなっていったが、一向に二人が光から出ることは無かった。
「……」
「あの、聖なる人は…物凄くお近くに居るのですね…」
「いや、変だぞ、コレ…」
ディオスはそういうと、一つ思い出したように言った。
「済まない。一つ見落としてた…」
「はい?」
ローレルは顔の見えないディオスを覗き込むようにして聞いた。
何のことか、分からないらしい。
無理も無い、ディオス自身、其の可能性を見落としていたのだ。
限りなく低い確率なら、無視して良いと言う安易な発想が時には最大の欠点を生むと言うことを、ディオスはまざまざと見せ付けられて気分だった。
「…此の作戦は…聖なる人が…」
ディオスがそう言った時だった。
ふいに人々の声がした。其れも結構大きなものだ。
其処で漸く理解する。やっと、聖なる人が決まった。
「…聖なる人が、オレになる可能性…抜きで考えていた」
「と言うことは…もしかして…」
ローレルも決まった今となっては、ディオスの言葉を聞いた今となっては何故、作戦は失敗したのか分かっていた。
其れは、
「今回は…オレが…聖なる人、らしい」
ディオスは眩しい位の光を浴びながら、しかし不思議をまぶしい素振りを見せず、其処に立っていた。
ディオス自身、何故選ばれたのかも分からない。ましてや、ローレルも今の状況に追いつけて居ないのか、開いた口からは何も紡がれることは無かった。
ディオスとローレル、お互いなんて声を掛け合ったらいいのか分からなかった。
代わりに、人々の声は絶え間なく続いていた。