伍 時計塔
「はあ…」
ディオスは小さく溜息をついた。一向に見つかる気配の無いフィルティーン探しに希望を失いかけているのである。
もう、街にはいないのでは…と思い始めていた。同じく、ローレルもそう思い始めていた。
「いない…ですね」
人に酔ったのかローレルは少々低めの声のトーンでディオスに話しかける。ディオスもまた、最初の活気は既に無く、疲れきった、そんな感じである。
「もういないんじゃ…と思っていた」
「僕もです…」
二人は顔を見合わせて同意する。其の後二人は無言で頷きあい、此の街から出る事にした。
そんな事を決めて、再び歩き出そうとした時だった。振り返ったディオスの足に、小さな衝撃を感じる。生暖かい柔らかいものを蹴った、そんな感じだ。
ディオスは犬か猫でもいるのか、悪いことしたな、それくらいにしか思わなかった。其の正体を見るまでは。
「いたーい…です」
結論、其処にいるのは犬でも猫でもなかった。其れは小さく高い声を上げた。
「…!?」
「……!!」
ディオスは其れを見て吃驚した。何故かローレルも其れを見て固まっている。
「…何をする…ですか…!」
更に言えば、其れはニンゲンでもなかった。
ディオスの近くにいるローレルと、同じと言ってもいいほどに真っ白な少女だった。さらさらとしたストレートのロングヘアーに白く大きな瞳が何とも愛らしい少女である。
おそらく、コイツもレイの楽園のものなのだろうとディオスは推測する。
「……ああ、すまん」
ディオスはそうそっけなく言うと、さっきの衝撃で倒れてしまった少女に手を差し伸べた。
「……」
少女は其の手とディオスを交互に睨みつけるとおずおずした手つきディオスの手をとった。
軽やかに立ち上がった少女は身なりを整えると、改めてしオスに向かい直る。
「……まあ…いいです。貴方…悪い人ではなさそうですし」
少女はそういうと、一歩前に踏み出してローレルを見やる。
「…!」
「で。貴方は何をしているのです?ローレル…!」
ローレルよりも頭一つ分以上小さな少女にローレルは何か怯えたように裏返った声ではい!と叫び声のような声を上げた。
「………」
ディオスは其れをちょっと観察することにした。
「わ、わたっ…私は…迷ったフィルティーン様を…」
「逃げたのではなくて?」
「…お、お逃げになられた…フィルティーン様を…」
「貴方がぐずぐずしているからドールに助けを求めた…ですか」
「……ドール…?」
そのときディオスは思わずと言ったように繰り返していた。
「……ああ、ドールとはここに住む人々のことを、僕達はそう呼んでいるんです」
「あ、そう……」
つまりは神の人形ということか、そうディオスは納得すると、再び少女に目を向ける。
「そういえば…御前、何者?」
「ん?」
ディオスの疑問の声に少女は振り返った。ディオスを目にいれると直ぐに少女は慌てた様子でディオスに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!紹介がまだでした、ね?私はフィルティーンの双子の妹、ティリスと申します」
「オレはディオス…って双子?」
「ええ。ローレルの愚図があんまりにも遅いので。私も降りてきたんです」
「ぐぐ、愚図って酷いじゃないですか!」
「愚図に愚図っていって何が悪いんです?ローレルサン?」
其の言葉にローレルは返す言葉もなくなったらしい。うぐっと言葉に詰まった。
ディオスは其の光景を半分他人の振りをして見ていた。しかし、其れも長くは続かなかった。
「うわああ!本当酷い!ですよねえ?ディオスさん!!」
「…は?」
「ディオスさんもそう思うでしょう!?」
ローレルはいきなりディオスに話を振ると、ティリスから目を背けてディオスに泣き付いた。
ディオスは其れを呆れたように見ながら、取り合えず暑苦しいのでローレルを引き剥がすと、
「はあ…」
「たた、溜息つかないでくださいよ!悲しくなるじゃないですか僕が!」
「悲しいのは何時も…では?ローレル?」
「ああ、ティリス様までやっぱり酷い!」
ローレルは其の場に膝を付いて泣き崩れたようだった。嘘泣きにも見えるローレルをディオスは見下げながら、もう一度深く溜息をついた。
そして、其のまま腰を折ると、
「ほら…そんな所で泣いてんじゃねえよ。さっさと…フィルティーン探そうぜ」
「……ディ、ディオスさあん!!」
ローレルは差し出された手を取ると感動したように満面の笑顔で立ち上がった。
「やっと復活ですか。本当、ローレルはとろいです」
ティリスは復活したローレルに一言、そういい残すと、「其れでは…私はもう帰ります。お兄様は、貴方が探してくださいませ。やっぱり私は…ミイはちょっときつ過ぎます」
ティリスはそういうと次の瞬間姿を消していた。
どうやらレイの楽園へと帰ったらしい。
「……ん?つか…」
「如何しました?ディオスさん」
「……ティリスが言ってた『ミイ』って?」
「ああ…此の世界のことですよ。此の世界の総称です。レイの楽園ではそう呼びます」
「……そう」
ディオスはやっぱりレイの楽園は近いようで遠いんだなあと、少し感じながら再び再会しようとした時だった。
二人が一歩、前に出た瞬間。ゴーンゴーンというとても大きな音がした。
「なな!?なんですか!?」
ローレルは其れを知らなかったからか、物凄く驚いていたが、ディオスは其れがなんなのか、理解していた。
「神託だ…」
「え…?」
「神託の鐘。ほら、通りの先を見ろ」
ローレルはディオスに言われたとおり、一本の大きな通りに先を見てみた。
其の一番先の、突き当たりには然程大きくない、素朴な塔が立っている。よく目を凝らせば、其の鉄片のテラスのような場所に、鐘があった。おそらく其れの音だろう。
「あ…れは?」
「神託が下されるときにアノ鐘を使うんだ。あの塔は時計塔って呼ばれてるんだけどな…」
「時計?」
「鐘塔でいいじゃんってオレは思うけど…。何だか…聖地の奥と此処の時間の流れは違うとか言われててな。其の時間壁を越えて聖なる人は聖地の奥へ進む…こんな感じから時計塔って名づけられたらしい」
「そうなんですかー。別に流れが違うってわけでもないんですけど…レイの楽園は…」
ローレルはそう言うとディオスの手を引いた。
「さあ、早く行きましょう!時計塔へ!」
「はあ?!何でまた…」
「何ででしょう…僕、あそこに行かなくちゃ行けない気がするんです…」
「其れは…どういう?」
ディオスは顔を顰めると、ローレルはうーん。と唸って手を組んだ。
「…何ででしょう?唯…力を感じます」
「……力?」
「微力ですが…魔力ですね」
「魔術師のじゃないのか?」
ディオスはそういうと辺りを見渡した。
人通りの多い中、魔術師も勿論、他の人に紛れてせわしなく歩き回っている。神託が始める合図の鐘が鳴ったのだから、人々がそわそわしていて当たり前で、同じく魔術師がいるならローレルの言う力、を感じても当たり前なはずだ。
ディオスの言いたいことを理解したローレルは違うんです、と首を振ると、
「何だか…懐かしい感じがします……」
「懐かしい…と言うことは…」
「もしかしたら…フィルティーンさんのものかもしれません…!!」
ローレルはそういうと走り出していた。人を掻き分け、時計塔へ向かう。
其の後を、ディオスも追った。
「って…速えよ…!!」
人が多い中、何でそんなに速いんだ!とディオスは小さく呟くと、ローレルを必死で追う。
しかし、途中で一瞬、ローレルを見失ってしまった。
「まあ…時計塔で…あいつも待ってるだろ…」
ディオスはそう思うと時計塔に走り急いだ。
時計塔に着くと、ローレルは時計塔の門から少し離れた所で立ち往生していた。
「如何した…」
「……中から…力の気配がするんですけど…」
ローレルは小さく呟くと門の方を指差した。ディオスも其方に目を向けろと、其処には人が二人、門の前に立っている。
「ああ……門番か…」
「そうなんです…入れないんです…」
「神託の日だからな…何時もは入れるんだが…」
「ディオスさん!何とかして下さい!!」
「そういわれても……あ」
ローレルに打開策を求められ、ディオスも思い浮かばない、そう思ったときだった。
ふと、ディオスは一つの策を思いつく。
「なんですか!?」
ローレルは食いつくようにディオスの服を掴んだ。
「一つだけ…あった……」
ディオスはそういうと、再び門番と、時計塔を交互に見た。
其れが、時計塔の中を確かめる、唯一の方法だと、思いながら。