参 白い人々の住まう場所
ディオスは兎に角街へと向かった。丘を駆け抜けていく。其の後をへろへろとしながらローレルがついてきていた。
「ま…待ってくださーい…ちょっと…つかれ……」
「何を言っている。あいつを探すんだろう?」
といいつつもディオスは少しだけ速度を緩めた。しかしディオスを見失わないようにするのが必死なローレルには然程変わらなかった。
といっても此処はとても見渡しのいい丘の上。其れさえも見失いそうになる程ローレルには体力が無かった。
「そうです…けど!何故…何故街へ…?」
「…木を隠すなら森の中」
「……!つまり人を隠すなら人の中…!凄いです!ディオスさん…!」
「………」
ディオスは内心普通の思考だろうと思いながら駆け抜けていった。
街へはおそらくディオスだけなら直ぐに着いたと思う。しかし思わぬ御荷物の所為で然程速いとは言えなかった。
先に街に着いたディオスの後を走ってくる御荷物の姿があった。
「ディ…オス…さーん…!!」
息を切らしながら御荷物もといローレルが歩いているのかと言いたい位の速度でディオスの方へ向かってきた。ディオスは其の姿を確認すると、盛大な溜息をついた。
其の溜息を確認したローレルは少しだけ口を尖らせて切らした息を整えながら言った。
「む…溜息をつくと…シイが逃げますよ…!」
「…あ?…し…い?…?」
さも当然の様にローレルはディオスに聞き慣れない単語を口にした。あまりにも短い単語だった為、ディオスは自分が聞いた物であっているのか不安になった。
しかしローレルは聞き直したディオスの方が不思議だというように首を傾げた。
「『シイ』ですよ?…知らないんですか?」
「ああ…聞いた事が無いな」
やっと呼吸が整ってきたらしいローレルはディオスに逆に質問した。ディオスは其れを肯定しながら、
「呼吸が整ったなら早く入るぞ」
「…あ、はい…!」
如何やら街の前で止まっていたのはローレルへの、ディオスのそれなりの配慮だったらしい。
其れに気付いたローレルはディオスに気付かれない位に口元を少し緩めた。
「『シイ』というのは『レイの楽園』の言葉なんです」
「……もっと一般的なものを使え。そもそも前も言ったがレイの楽園も知らない」
街に入って間も無く、ディオスとローレルは話しながらフィルティーンを探していた。
大体、人が物凄く多い。其の中から一人の少年…を探すのは困難を極めた。
加え人が多い所為で探し回るのも一苦労だった。歩いて探す…其れが限界だった。
其の合間にフィルティーンを探しながら、ローレルは先程ディオスが疑問を持った『シイ』について話していた。
「じゃあ…『レイの楽園』から話しますね…。えっと。レイの楽園は…元々は聖地のモデルなんです」
「……は?」
「聖地のモデルとなった地です。いえ…そもそもレイの楽園はこの世には存在しない筈の地なんです」
「……」
思わずディオスは足を止めていた。僅かに驚いた表情をしながらローレルを見つめる。其の表情は然程変わっていないが内心は相当驚いているだろう。
もしかして、とんでもないやつと関わってしまったのか、やっぱりこいつはここにおいて帰るべきかとディオスが思い始めた。しかしそんなディオスに気付かずローレルは続ける。
「レイの楽園は…神々が住まう場所…と此処では伝えられている筈です。ですが悠久と共にレイの楽園は此の地で廃れてしまったようですね…聖地の信仰だけを残して…」
其の瞬間ローレルは悲しそうな、寂しそうな…そんな表情を見せた気がした。
「……そして…レイの楽園は…ええと。何て言ったら良いんでしょう、一応あるところは…」
其処でローレルは立ち止まったまま、レイの楽園があるとされる遠い場所を指差した。
其処は、
「上…です」
ローレルの指した場所は空だった。何処までも続く、綺麗な薄い青色の空だ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
そういう性格だからディオスは取り乱すことはしなかった。だが、暫くフリーズした。無理も無いだろう。普通信じろと言う方が無理な話ではある。
其の間やっぱり逃げた方がいいのかとも考えた。頭がおかしい奴かそれとも色んな意味で危険なやつか。
しかしどっからどうみてもローレルはただの間抜けにしか見えないし、フィルティーンは普通の子供だった。そして言っていることは何となく嘘とは思えなかったし、乗りかかった船だと思って、割り切ることにした。
それかもっと信じられなければ夢だと思えばいいんだという考えに至ってしまえば、少し落ち着いてきた。
ローレルの指差した空を見ながらディオスは口を開いた。
「……じゃあ…御前は死んでるわけ?死んだ人間は天国へ行くとか行かないとかが一般論だし」
「…少し違いますね…此処で言うなら元々『死んでいる』です。しかし其れは僕たちにとっての生誕なんです」
つまりは、此処の世界風に言うなら元々死んでいる状態でローレルたちは生まれてくるらしい。
しかし、レイの楽園の者にとっては其れは死んでいる状態ではないとローレルは繰り返し呟いた。おそらくディオスが無言だったからだろう、分かり難いのかなと思ったらしい。
しかし、ディオスは無言のままローレルに先を続けるように示した。
「そして…レイの楽園の者は定期的にこちら側に来ます。僕たちは其れを『告知』といいます」
「…告知?何を…」
「此処での意味とは少し違って…。…稀にこちら側で生まれてくるんですよ…レイの楽園の者が…」
「……え?」
ディオスは思わず疑問符を口にした。ローレルはそろそろ先に進みましょうと促して、歩きながら話を再開した。
「神様は、自分の手元に置くものを、純血でお固めになりました」
ローレルは歩きながら話を続けた。ディオスはフィルティーンを探しながらその話を黙って聞く。
「それは…神様は知っていたんです。自分は、人とは違う存在だと。たとえ同じ身体の作りをさせても、決して人の輪に交わることは神でさえ、許される事ではないのです」
「…何でだ?世界を作ったのは神だろう…?」
「ええ、そうです。此の世界は神様が御創りになられました…。しかし…此の世界は完全ではない。故に神様の力は急激な成長を遂げた人間全てに届くわけが無いんです…」
「……成長…」
「これからももっと成長するでしょう、科学という名の悪魔、が」
「科学…か…そういえばどんどん飛躍的に進んでいるもんな」
ディオスはそういうと街を見渡した。其処には建物が並ぶ、ディオスたちにとっても普通の日常が有った。
「……科学は神様の力を貪ります。科学に目を盗られた人間は、神様が見えなくなるんです…忘れられてしまったら居ないも同じ…」
「……信仰者もどんどん減っている…と聞いている…」
ディオスの言ったことは真実であった。生まれた時は皆、此の地で祈りを捧げるのは今もまだ根強い。
しかし、肝心な…祈りに通うという行為をするものは年々減っているらしい。ディオスも其の一人である。
「だから…こそ、神様は人の輪に入ることは出来ません。神様を見なくなった人々の世界は…あまりにも不完全で…力の強い…完全な存在である神様が手を入れることさえ…世界は耐えられないんです」
「…完全…?……ならその完全な力で世界を修復することは出来ないのか…?」
とっさにディオスはローレルに聞き返していた。完全な神様なら、不完全を直せるのでは、という疑問が出来たのである。
ローレルは其れを聞いて苦笑しながら言った。
「此の世界は…ようは植木鉢と同じです。水という生命の育みを与えることは出来ても…例えばチューリップの苗からユリを咲かせようとか、出来ないでしょう?」
「……其れは…そうだが…」
「此処も同じなんです。神様が手を加えられるのは生命を与えるだけ。其処で生きて、どの様な生を送るのかは其処に生きる人間次第なんです」
其処まで言うと、ローレルは天を仰いだ。其の瞳は天高い、レイの楽園に向いている気がした。
「だから…輪に入ることの出来ない神様は…人と関わりをもてない…だから自分の力で創った者をそばに置いた…其れが、僕たちレイの楽園の者です」
「…その…レイの楽園の者が…此処に…?」
「そうです…其の力を宿した子供が…どうしても出てきてしまうんです…。力が弱った神様は…全て管理できなくなってきていて…。だから、定期的に僕たちのような者が来て、神の力を持つ者を連れ戻しに来ます。此れが『告知』…です」
神様の信仰がだんだんとなくなってきている今、神様の力はどんどん弱くなっている。其れに伴い神の力を持つレイの楽園の者が、此方にも来てしまう事がごく稀にある。
其のレイの楽園の者が此方の世界に永く居て、強いかかわりを持ってしまうと、僅かな力とはいえ神の力を宿したその人に世界が耐えられなくなってしまうらしい。
其の為に、此方に来たレイの楽園の者に自分は何なのかを認識させる。
其れが告知、というわけだ。
ディオスはその真実を聞いて暫く黙っていた。
何を言ったらいいのか、思いつかなかった。
「でも…僕たちは…えっと、逃げた王子を連れ戻しに来たので…今回は告知じゃないんですけどね」
にへらと笑ってローレルが言った。其の表情は何処か寂しさをも感じさせた。
しかし、直ぐに笑いなおしてディオスの手を引いた。
「さあ、探しましょう!詳しいことは、またあとで…で!」
改めてローレルがそういうと、ディオスもそうだなと頷いた。
人々の多い中、あいつは今、何処にいるんだろうか。
おまけ
「で、結局シイってなんだ?」
「あ、ああ。そうですね、此方で言うと…幸せとか幸福でしょうか?」
「…ああ、ただの虚言か」
「きょ、虚言!?酷いですね…!!」
ここまで読んでくださり、有難う御座います!
神の追憶楽曲は全九話の予定です。宜しければ最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。