壱 それは誰かの悪戯
残酷な描写といっても軽いものです。読む人にとってはそう思われないかもしれません。
お願い目を向けて。
逃さないで
光が嫌いな少年が居た。
朝は光を生み、光は少年を起こしてしまうから、朝も嫌いな少年が居た。
少年は薄い銀の髪で、一束長い髪を左で中途半端に三つ網にしていた。
容姿はすらりとした細身の長身。紺色のロングコートを着ている。
名はディオスと呼ばれていた。ディオスはこの世界の東の大陸にある、グラン=ベーネという街の外れに住んでいた。
家族は母一人。他に兄と父が居たが、戦争で死んだ。
まだ幼かったディオスは戦争に駆り出される事はなかった。
グラン=ベーネは水神の街と呼ばれるほど水が豊富な上、水質もとても良い。
移動手段は車より水路の船の方が多い。
「……」
そんな美しいグラン=ベーネを眺めながらディオスは大きなため息をついた。
性格にはそこに居る人間達を見て。
ディオスは世界なんてくだらない無駄の塊と考えていた。
だから、くだらない世界で生きる事が嫌になっていた。
けれど、それは同時に死を意味する。死は怖くは無かった。けれど、嫌だと思いつつ、其処から逃げられない自分がどうしようももどかしかった。
死にたくないのに死んでしまった家族を見て。だから、自分から投げ出すことはいけないと頭では理解している。けれども、
「…何で」
いや本当は、と、記憶がフラッシュバックする。
『――1人なんて―………』
ぶんぶん頭を振ってディオスは記憶を無理やり押し込めた。
「…くだらない」
そう呟いて、嫌々体を動かし部屋を出た。
ディオスがリビングへのろのろと向かうと、ディオスの母がにっこりと笑っておはようと言った。
「………おはよう…」
ぶっきらぼうに返事をするとそのままディオスは家の玄関へ向かった。
「あら。どこか出かけるの?」
「………」
ディオスは何も答えないで外へ出た。
外へ出ると朝の心地よい風がディオスを包んだ。
しかし、ディオスはそれさえも鬱陶しそうにすると、小丘の上に立つ家を後にした。
町へはディオスの家から300~400mくらい離れている。
何処かへの当てもなく、ディオスは丘をブラブラ歩いていた。
初めは暇な時間を潰しに、町へ行こうとしていたが気が変わったのである。
ディオスは相当気まぐれだった。
家にいるとまたろくでもないことを脳が掘り起こしそうなので家に帰るのには気が乗らない。
ディオスがさて何処かへ行こうか、しかし行く場所がないならいっそ開き直って帰ろうかと思ったとき、案外近くから急に足音が聞こえた。
「!?」
歩調音からして10代だろうとディオスは推測する。
気が緩んでいた所為だろうか、気配もなかったので此処らへんに居る賊かと思い、軽く身構えた。
(あー…剣…もってくるんだった…)
剣はなくともディオスは体術を少しは身につけているので、もし本当に賊なら力でねじ伏せるつもりだった。
今も絶え間なく10代の子供の足音と、草のカサカサという音が聞こえている。
(子供までも賊をやるのか…。本当上の大人は残酷だな…)
子供に襲わせる。今では割と珍しい事ではなかった。
まだ子供だから、法で裁くことは出来ない。よって賊が捕まる事は無い。
例え居場所を子供が喋っても其れより速く賊共は全て移動しており、簡単に子供を見捨てる。
だから近年孤児が増えて来ている。
(たく…面倒くせー……)
そうディオスが思った直後、「わ…!!」
ディオスの背中に鈍い衝撃があった。
(何だ…!?)
半ば反射的に後ろに振り返った。
其処に居たのはディオスの思った通り、子供だった。
しかし、
「いたたた…え、えっと…あの!……う…ごめんなさい…です…」
其の子供は賊ではなかった。身なりからして見て取れる。
大抵族の子供はみすぼらしい簡素な服を着ているのに対し、其の子供は何処か貴族の様な服を着ているし、装飾品も身に着けていた。
「怪我は…ないですか…?」
「……ん?ああ……」
「良かった…ですー…。えっと…本当にごめんなさい…。此方の不注意でぶつかってしまって…少し…急いでいたもので…」
其の子供は何度も頭を下げた。
其の行為からも、賊ではないという核心が持てる。賊の子供はそもそも礼儀作法さえ知らないのだ。
「……急ぐ…?」
其処で、急ぐという言葉に引っ掛かったディオスは其の子供に聞いてみた。
子供は「え?」という顔をした後直ぐ答えた。
「…………ていたから」
「……?何だ?……すまないがもう一度言ってくれ」
其の子供は改めてディオスを見るとはっきりといった。
「追われていたから」
「…え……?」
一瞬ディオスは反応に遅れた。
「一体何に」というよりも「何故こんな子供が」の方が強い。
―――追われる…それは余程の罪人か何かでない限り、子供が追われることは無い。
「如何してって…思ってるでしょ。でもねー…うーんやっぱり言えない」
ディオスに言ったというよりは自分に言い聞かせるように呟いた子供はにこりと笑って言い、はっと思いついたように手を叩く。
「そうだ…貴方…のお名前、聞いてもいいですか?」
「俺…?俺はディオス」
「ディオス…さん…。僕はフィルティーン。フィルティーン=キリ・キュイアリーム」
長……とディオスは思った。近辺の国では貴族で無い限り性は無い。
なら此の子供フィルティーンは近辺の者ではない事になる。
しかしディオスは直ぐに考えを否定した。
(なら…こんなところでうろつく筈が無い…)
貴族の子供は庭は愚か城からも殆ど出ないと聞いたことがある。
つまり、消去法でフィルティーンは何処か遠い、他国の者と推測できる。
「…じゃあ、ディオスさん。ごめんね、ぶつかって。僕は急ぐから、ディオスさんも気をつけて」
フィルティーンはもう一度頭を下げて踵を返して走ろうとした時だった。
不意にフィルティーンは足を止める。
「……?どうした…?」
不審に思ったディオスはフィルティーンに駆け寄った。
急いでいたんじゃ…と口にしようとした時だった。
どんっ。とディオスに鈍い衝撃が走る。
急な事で対応が遅れ、フィルティーンに突き飛ばされたたのだと気付いたのは地に手をついてからだった。
「……!?一体何――……?!」
ディオスは直ぐ立ち上がり、疑問を口にしようと口を開きかけたが、直ぐに口を閉じた。
ヴンッヴンッ…と音を立てて現れた「其れ」を目にしたから。
フィルティーンを取り囲んでいるのは白い服を身に纏う物達だった。
黒ではなく、本当に真っ白な服だ。形はローブに近く、それぞれバラバラであった。
そしてどの人もフードを深く被っている。
ディオスには何が起きたのか分からなかった。
彼らが何処から現れたのか、何者なのかさえも。