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第65話 割れる卵、折れる正義

俺は四本の腕を。



 天井へ伸ばした。



 触れた瞬間。



 全部の腕が沈んだ。



 重い。



 腕が曲がる。



 地面へ押し戻される。



 廃屋の柱が折れた。



 土壁が崩れる。



 その下で。



 小さな影が震えていた。



 スライム。



 角兎。



 羽の欠けた鳥。



 戦えない魔物たち。



 俺の腕の下に。



 皆がいる。



 なら。



 落とせない。



 一本目の腕を。



 太くする。



 二本目を広げる。



 三本目で崩れた屋根を支える。



 四本目でミミルを囲う。



 ひび割れ率:53%



 まだ。



 いける。



「エッグ、無理です!」



 ミミルが殻へ両手を当てる。



「このままでは、殻が先に――」



 分かってる。



 でも。



 退けば。



 皆が潰れる。



 俺は動かなかった。



 腕の先が。



 透明な天井へ食い込む。



 紫黒の魔力と。



 白い光がぶつかった。



 じゅう。



 焼ける音がした。



 腕の表面が削れる。



 削れた魔力が。



 光の中へ吸われていく。



「術式の中心を探す!」



 レオンが走った。



 聖剣を地面へ突き立てる。



 白い光が土の下を走った。



 集落を囲む線へ触れ。



 弾かれる。



「外周ではない」



 レオンが歯を食いしばる。



「なら、核はどこだ!」



「封印対象です」



 白い面が答えた。



 平らな声。



 まるで。



 最初から知っていたみたいに。



「対象の存在を基点として、結界は閉鎖されています」



 レオンが。



 俺を見る。



 聖剣も。



 俺を向いた。



 刃が鳴る。



 高い音。



 殻のひびが。



 同じ音で震えた。



 白銀の刃に。



 細い光が走る。



 俺の殻と同じ。



 ひびの形。



「……何だ、これは」



 レオンの手が止まる。



「なぜ聖剣が、この卵と呼応する」



「不要な観測です」



「答えろ!」



「封印対象を消滅させれば、結界は解除されます」



 天井が。



 また落ちた。



 一本目の腕が折れる。



 魔力だから。



 骨はない。



 痛みも。



 ないはずなのに。



 痛い。



 ひび割れ率:61%



 地面が沈む。



 角兎が。



 俺の下から飛び出そうとした。



 来るな。



 残った腕で押し戻す。



 逃げろ。



 いや。



 逃げる場所がない。



 全部。



 俺の下だ。



「ふざけるな」



 レオンが聖剣を引き抜いた。



「一体を殺せば、他は助かる。そんなものを正義とは呼ばない」



「勇者の役割は選別です」



「違う」



「災害を討ち、人を守る。そのために剣を与えられた」



「ここにいる者を殺す剣なら――」



 レオンが。



 聖剣を投げ捨てようとした。



 やめろ。



 俺は腕を伸ばした。



 レオンの手首を掴む。



「なっ」



 捨てるな。



 それがないと。



 皆が死ぬ。



 レオンが腕を振り払おうとする。



「放せ!」



 放さない。



「お前を斬れば、結界が消える! 分かっているのか!」



 分かってる。



「お前は死ぬんだぞ!」



 分かってる。



 俺は。



 死んだことがある。



 暗くなって。



 なくして。



 戻って。



 でも。



 次も戻れるかは。



 知らない。



 殻片が残るかも。



 分からない。



 今度こそ。



 本当に終わるかもしれない。



 怖い。



 腕が震える。



 聖剣を掴む腕が。



 震えている。



 死にたくない。



 俺は。



 生きたい。



 ミミルと。



 また薬草を探したい。



 皆と。



 壊れた屋根を直したい。



 角兎が掘った穴に落ちて。



 内心で文句を言いたい。



 まだ。



 何も終わってない。



 だから。



 死にたくない。



 天井が下がる。



 二本目の腕が潰れた。



 広げていた魔力が裂ける。



 小さな魔物たちが。



 一斉に悲鳴を上げた。



 ひび割れ率:72%



 ミミルが。



 俺を抱いた。



「エッグ」



 声が震えていた。



「やめてください」



 俺の腕は。



 レオンの手首を離さない。



「今度は、戻れる保証がありません」



 そうだ。



「記憶だって、また失うかもしれません」



 そうだ。



「私のことも」



 嫌だ。



 それは。



 嫌だ。



 忘れたくない。



 俺を拾った手。



 廃棄するなと怒った声。



 初めて名前を呼ばれた時。



 忘れたあと。



 もう一度。



 俺を待ってくれたこと。



 全部。



 殻の中に残したい。



「それでも」



 ミミルの指が。



 ひびへ触れた。



「守りたいんですか?」



 俺は。



 一度だけ。



 震えた。



 右でも。



 左でもない。



 前に決めた。



 新しい合図。



 俺の中の。



 一番深いところを伝えるための。



 たった一度の震え。



 守りたい。



 ミミルの目から。



 涙が落ちた。



 殻へ触れる。



 温かい。



「……分かりました」



 分からないでくれ。



 止めてくれ。



 そんなことも。



 少しだけ思った。



 でも。



 ミミルは俺を抱きしめたまま。



 手を離した。



「あなたが、選んだんですね」



 俺は。



 レオンの剣を引いた。



 白銀の切っ先が。



 殻へ近づく。



「やめろ!」



 レオンが逆らう。



 強い。



 人間の腕には勝てない。



 だから。



 四本全部を使う。



 潰れた腕も。



 千切れた腕も。



 魔力を繋ぎ直す。



 一本で剣を引く。



 一本で柄を押す。



 残り二本は。



 皆の上に広げたまま。



 最後まで。



 誰も潰させない。



「俺は斬らない!」



 レオンが叫ぶ。



「こんなものが、勇者の剣であるものか!」



 聖剣が。



 また鳴った。



 殻のひびが。



 白く光る。



 剣のひびと。



 俺のひび。



 二つの光が。



 繋がった。



 その瞬間。



 胸の奥に。



 何かが流れ込んだ。



 冷たい。



 眩しい。



 遠い。



 祈りみたいな。



 命令みたいな。



 俺を壊すための力。



 なのに。



 知っている気がした。



 ひび割れ率:86%



 殻の一部が。



 小さく浮いた。



 自然に剥がれかけていた殻片。



 昨日。



 残そうとしたもの。



 過去じゃない。



 今の俺が選んだ気持ち。



 魔力の線が。



 殻片の表面へ刻まれていく。



 守りたい。



 言葉は書かれていない。



 でも。



 同じ震えが残っている。



 ミミルが。



 それを両手で受け止めた。



「エッグ……」



 よし。



 残った。



 次の俺が。



 俺じゃなくなっても。



 これだけは。



 渡せる。



 天井が。



 もう一段。



 落ちる。



 三本目の腕が砕けた。



 廃屋が潰れる。



 泣き声が近い。



 時間がない。



 俺は残った腕へ。



 全部の魔力を流した。



 聖剣の刃を。



 一番大きなひびへ導く。



 レオンの顔が。



 歪んだ。



「頼む」



 誰に言ったのか。



 分からなかった。



「俺に、こんなことをさせるな」



 ごめん。



 でも。



 あんたしか。



 できない。



 剣を捨てなかった。



 皆を見捨てなかった。



 だから。



 頼む。



 白い面が。



 何かを告げている。



 聞こえない。



 ミミルが。



 俺の名前を呼んでいる。



 聞こえる。



 それだけでいい。



 聖剣が。



 ひびへ触れた。



 痛い。



 今までで。



 一番。



 痛い。



 ひび割れ率:94%



 刃が入る。



 白い光が。



 殻の中を満たす。



 魔力が焼ける。



 生命が削れる。



 四本目の腕が。



 薄くなる。



 消えるな。



 まだ。



 皆の上に。



 残れ。



 ひび割れ率:98%



 ミミルの顔が。



 見えなくなる。



 違う。



 見えないんじゃない。



 光が。



 眩しすぎる。



「エッグ!」



 いる。



 ここにいる。



 まだ。



 俺は。



 最後の腕を広げた。



 ミミルも。



 角兎も。



 スライムも。



 小さな魔物も。



 レオンも。



 まとめて。



 光の下から庇った。



 ひび割れ率:99%



 ああ。



 怖い。



 怖いけど。



 後悔は。



 していない。



 ひび割れ率:100%



 ぱきり。



 殻が。



 割れた。



 白い光が。



 俺を貫いた。



 四本の腕は。



 砕ける瞬間まで。



 皆の上に残っていた。



 そして。



 俺の殻が散った瞬間。



 空を塞いでいた透明な天井も。



 音もなく。



 消えた。



 重さがなくなる。



 折れた木々の隙間から。



 空が見えた。



 青い。



 俺にはもう。



 見えなかったけど。



 たぶん。



 青かった。



      ◇



 白銀の剣が。



 地面へ落ちた。



 レオンは。



 動けなかった。



 剣を握っていた手が。



 震えている。



 足元には。



 砕けた殻。



 ついさっきまで。



 自分の剣を掴み。



 刃を自らへ導いた存在。



 災害。



 討伐対象。



 封印対象。



 教会は。



 そう呼んだ。



 だが。



 集落の魔物たちは。



 誰一人。



 助かったことを喜ばなかった。



 角兎が。



 殻のそばへ寄る。



 鼻先で。



 動かない欠片を押した。



 一度。



 もう一度。



 返事はない。



 スライムたちが集まる。



 羽の欠けた鳥が降りる。



 傷ついた魔物たちが。



 砕けた殻を囲んでいく。



 敵を失った姿ではない。



 道具を失った姿でもない。



 仲間を。



 失った姿だった。



 ミミルは。



 一枚の殻片を胸へ抱いていた。



 そこに刻まれた魔力の線が。



 かすかに震える。



 たった一つ。



 残された意思。



 守りたい。



 レオンは。



 自分の手を見た。



 この手で。



 討った。



 皆を救った。



 そのはずだった。



 なのに。



 誰も。



 彼を勇者とは呼ばなかった。



 レオンは。



 泣き声の輪の外で。



 ただ。



 立ち尽くしていた。

エッグが、自分の生死を初めて自分で選んだ回でした。

砕けてもなお残ったものが、次の命へ届くことを願います。


お読みいただきありがとうございます!



「続きが気になる」「卵、がんばれ」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。感想もひとこと置いていってくれたら、殻にヒビが入るくらい励みになります。



廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。



▼公式サイト(キャラクター紹介・漫画化などの最新情報)

https://hibiware.akibaground.jp/

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