7
社の裏には、地下室へ行くための専用の扉がある。おそらく神職の家系でなければ知らないはずの場所だ。
扉を開けると、ギギギと不安を掻き立てる音が鳴る。そして下へと続く石畳の階段が現れた。
「地下室なんてあったんだな。つうか、暗くない? 明日明るいときでも良いんじゃ」
「いや、今日中が良いんだ。一応懐中電灯も持ってきた」
泰智は胸元の合わせに隠していた懐中電灯を取り出す。通常用の大きなしっかりしたものではなく非常用として使われるものだが、小さくて軽く、かなりの明るさを誇る。LEDライト様々だ。
鬼灯の提灯は入り口付近において、落ちないように気をつけながら階段を降りていく。隆も鬼灯の提灯で周りを照らしつつ、付いてきた。
中は思ったよりも広い。過去では気付かなかったけれど、どうやら書物なんかも置かれていたようで本棚が並んでいる。棚は空だから、ここに書物があると知った誰かが村の書庫に置き直したのだろうか。
少し奥に進むと、座敷牢があった。鉄格子が嵌められただけの簡易的なそこをみて、泰智は吐き気を覚える。
「おい、これって……」
思わず漏れたのであろう隆の呟きが、寒々とした石の壁に吸い込まれて消えた。
座敷牢の床には、飛び散った血が長い年月を掛けてシミとなったであろう跡がある。鎌倉時代に男が女と心中した場所はここなのだろう。
壁一面には引っ掻いたような跡。暗闇の中で丸一日、飲食できないまま放置されるのだ。気が狂って、出たくて、壁を必死に掻いたのは想像に難くない。
そしてその奥に、扉で閉じられた場所がある。特定の条件で回すことで開くタイプの鍵は、平安初期の頃に作られたらしい。オーパーツとしか思えないが、実際は思ったよりも原始的な作りなのかも知れない。
どうすれば開くのかを覚えているので、その通りに回していく。
「お、おい。泰智、なんでこんなとこ知ってんの? それに全然しゃべんないし……なんか、変だぞ」
「……そうかもな」
何も知らない隆からすれば、泰智が町人の知らないようなことを知っていて、しかも突然そこに向かったように見えているはずだ。軽口の一つでも叩いていれば、まるで財宝の在り処を見つけたトレジャーハンターのように明るい雰囲気で来られたのかもしれない。
だが、泰智には無理だった。この重苦しい場所を笑い飛ばせるほど余裕がない。
扉が解除されるたびに、鈍い痛みが襲ってくる。まるでその封印は解いては行けないとでも言うように。現実から目を逸らせと、本能が警鐘を鳴らしているのだ。
この感覚は、かつて黒い靄に包まれたあの社を訪れたときと同じだった。
だが、今回のそれは穢れの影響とかそういうものではない。自分の本能から出る、生存のための警告だ。
リュウスケを騙して儀式を行い命を奪った。その事実に心を寄せることが出来なくなっていても、本能は悲鳴を上げているのだろう。
だが、心が動かなくなったからこそ、泰智はより一層ここに来なければと思い立ったのだ。
せめて弔ってやらなければ、自分は本当に人間としての何かを失ってしまう気がした。
鍵が外れて、ゆっくりと扉が開く。外開きなのは、万が一にでも生贄を脱走させないためだという。
伽藍堂な部屋の中央に、石棺が置かれている。祭壇などはなく、本当にただ生贄を置くためだけの場所だ。
石棺の蓋は、閉じられている。言い伝えではお狐様が開けるはずなのだけれど。
「泰智、震えてるよ。大丈夫か?」
「……大丈夫、ではない、かな。悪い、隆。一緒に蓋を開けてもらっていいか?」
「それは良いけど……」
石棺の蓋は閉じるよりも開けるほうが難しい仕組みになっている。過去一人でやったときも四苦八苦したのだから、震えて力の入らない手では無理だった。
隆が来てくれると言ってくれてよかった。そう思いながら、ゆっくりと蓋を上げた。
蓋を傍らにゆっくりと置いてから石棺を覗き込んで、泰智は力が抜けたように座り込む。止め処なく流れる涙がどういう感情を表しているのか、泰智にも分からなかった。
隆が慌てて横に座り、慰めるように抱きしめてくる。ぽんぽんとあやすように背中を叩くのは、泣き虫だった幼い泰智を慰める時の癖だ。
ぬくもりの中で、じっと中を見る。そこには、リュウスケの狐面があった。見間違えるはずもない。だって、隆と同じ文様なのだから。
隆もおそらく、狐面が自分の文様と同じことに気付いているはずだ。けれど何も言わない。
随分と風化しているが、人骨も見える。きっとリュウスケのものだ。
泰智は震える手で、狐面を取った。どういう仕組かわからないけれど、状態はかなり良さそうだ。
付喪神が宿っていてもおかしくないし、その付喪神に殺されても仕方ないと思っていた。けれどその気配はない。
「ああ、ここにあったのか」
突然、隆が狐面に触れながらそう言った。彼が泰智を抱きしめる力が強くなる。
何が起こったのか分からず隆を見ると、彼は心から嬉しそうに笑っている。
「りゅ、う……?」
「ずっと探してたんだ。なんで忘れてたんだろう。この狐面を見たときに思い出した」
「思い出したって、何を?」
「泰智は前世って信じるか?」
泰智の疑問に、隆は答えるんだか答えなんだか分からない返しをする。
「信じる方ではある……」
「俺、前世の記憶があるんだ。とはいっても、今の今まで忘れてたけどさ。俺ね、ここで死んだんだよ」
肝が冷えた気がした。だってそれはつまり、この隆はあのリュウスケの魂だということじゃないか。ただの血縁ではなく。
過去が変われば未来も変わる。ミチヒトが解き放たれたように、リュウスケだって輪廻の流れに乗ったはずだ。
それでこうして、彼は再び生を受けた。彼を殺した人間の親友として。
もちろん隆自身を殺したことにはならないけれど、彼が死ななければいけなかった理由は間違いなく自分にある。
「そ、れで……」
喉が掠れる。すべてを思い出した彼は、自分を殺した犯人が泰智だと気が付いただろうか。
まるで判決を待つ囚人のように、泰智は隆の言葉に耳を傾ける。
「俺はその時、命を掛けたいと思うほどの恋をしてた。引かないでほしいんだけど……その相手って、お前にそっくりなの。優しくて、素っ気ないんだけど人懐っこくて、誰からも好かれてた」
「俺は、そんなに良いやつじゃないよ」
「確かにちょっと違うけど、それでも泰智だって優しいだろ。思いやりがあって、芯も強い。とにかく、いつの間にか惚れてたんだ。それで、祭りの夜、思い切って告白しようって思った。それなのに」
隆が言葉を止め、震え始めた。今度は泰智が慰めるように抱きしめ返す。ありがとうという小さな声を聞いた。
彼は勇気を振り絞るように、話を続けた。
「俺は、あいつに包丁を向けたんだよ。なんでだか分かるか? 俺のものにならないと思ったから。どうしてだかわからないけど、そうしないと駄目だと思った」
それは悪霊が原因だけれど、そんなことリュウスケには分からなかった。
「逃げられたから、追いかけた。森も、川も、社も、祭りの会場も、全部探した。そしたら、社のところに居てさ」
ああ、それは知ってる。だって自分だから。きっと彼は、ミチヒトが現れたと思っただろう。
「その子が言うんだ。気持ちは受け取った、ありがとうって。自分も同じ気持ちだけど、これは許されない恋だから、一緒に心中しようってね」
ここまで記憶がはっきりしているならば、その後の展開だってきっと覚えてる。死の瞬間のことも、きっと。
聞きたくない。特に彼が苦しんだことなんて、知りたくもない。だが、これはリュウスケを手に掛けた自分への罰だ。
そう思って、泰智は耳を塞ぎたくなる衝動を抑えて、彼の話を聞く。
「嬉しかったよ。それで、そこの座敷牢に入れられた。あの子はね、心中にも掟があると言ったんだ。真っ暗闇で丸一日耐える。それが禊になって、魂が清められる。そうすれば心中した魂は共にあれるってね」
「信じた、のか?」
「いや、全然」
あっけらかんと言う隆の言葉に、泰智は目を見開いた。
リュウスケは聞き分けが良かったから、てっきり信じたのだと思っていたのに。それならばどうして。
「確かに俺はおかしくなってたけどさ。そんなのを素直に信じられるほど狂ってもなかった。でも、従った。だってあの子、下手な作り笑いで……牢に入る前に、キスしてくれたんだよ」
確かに、した。牢に入ってしまってはお狐様のものになる。けれどその前なら、手を出しても問題ない。だからせめてもの餞として、ミチヒトの体でキスをしたのだ。ミチヒトには悪いと思ったけど、リュウスケの死は彼のためでもあるのだから甘んじて許してもらおうと思って。
隆は穏やかな表情で、微笑ましそうに笑っている。それは、その出来事がもう過去のものであると語っていた。
「そのキスで、もう良いかなって思ったんだ。あの子にとって、こんなことをしてでも離れたい存在なんだって思った。自分がおかしくなっていたことは分かったし、愛する人を手に掛けないで済んだことに、どこかでホッとしてた」
「……暗闇の中で一人で置いていかれたのに、恨みはないのか?」
「暗闇って、時間感覚を奪うんだよね。一日経ったと思ったのに誰も来なくて、ああ、そのままここで死ぬのかなと思った。やっぱりあれは方便だったんだろうってさ。そしたら怒りも湧いてきた。こんな殺し方じゃなくて、せめてあの子の前で死にたいと思った。でもそんな事を考えてたのも最初だけ。だんだん、全部が虚ろになってて」
「出たいとか、あっただろ」
「ああ、壁一面の血の跡のこと? 俺はそういうのは無かったな。もうあの子の笑顔を見れない悲しみと、やっぱり安心があったよ。それに、一人じゃなかったし」
「え?」
隆の言葉に、泰智は思わずがばりと彼を見る。
一人だったはずだ。彼を牢に入れてから地下室に入る者はいなかったし、その前後だって誰も居ないことを確認している。
どういうことかと混乱している、隆が「俺もわからないんだけどさ」と前置きをして話す。
「全部が虚ろになったころから、ずっと、誰かが俺と話してくれてたんだ。見えないんだけど、確かに感じたんだよな。その子は自分を狐面の付喪神だと言ってた」
「それってもしかして」
「うん、多分この狐面だと思う」
隆が、手に持っていた狐面をそっと撫でる。今はそこに付喪神が居るようには感じられないけれど、きっとその時は居たのだろう。
今よりももっと人ならざるものが身近だった時代だ。リュウスケが狐の目を持っていなくとも、感知し言葉をかわすことは出来たかも知れない。狐面は、面と持ち主が魂で繋がっているのだから。
「そいつが、自分だけはずっと側にいるって言ってくれてさ。あと、道仁は……ああ、俺の好きだった子の名前なんだけど、道仁は俺が嫌いになったわけじゃないって言ってて。何かやらないといけないことがあって、そのために今はまだ来られないだけなんだって。その言葉を信じてはいなかった。でも、しばらくしたら、その子が来た」
丸一日経った頃だ。すっかり衰弱しきっていたリュウスケは、自力で立つのも覚束なかった。いくらなんでも鍛えてる人間が丸一日でそこまで憔悴するとは思えなかったから、叫びまわったとか暴れたとかの憔悴するだけの何かがあったのだと思っていたけれど。
「その子が俺を見て、また下手な作り笑いで言ったんだよ。文献を調べてたら、二人の魂が一緒になれる方法を見つけたって。それで俺を立たせようとするんだけど、俺その時には生きる気力とかも無くなっててさ。立つのもやっとで、支えてくれた。それで、ああ本当に嫌われたわけじゃないんだって確信した。だから、その子のやりたいことに従ったよ。それで、この石棺に横たわるように言われて」
「どうして、抵抗しなかったんだ?」
「その子が泣きそうな笑顔で言うんだ。俺も後から行くから、絶対に行くから、未来ではまた友達になろうって。本心だって分かった。はは、告白を受け入れた相手に友だちになろうって、残酷だよな。まあとにかく、その言葉で、全部どうでも良くなった。どう足掻いても今の世では一緒になれない。その子は自分を殺したいほど憎んでいるわけではないのに、それでもこうして殺そうとしている。きっと何か理由があるはずだ。そんな子が、来世を約束してくれた。それならもう、それで十分だろってさ」
石棺に横になったリュウスケは、虚ろな目で泰智を見上げていた。まるですべてを受け入れたかのように、静かに。
泰智の吐いた言葉は本心だった。その後の穢れ祓いの儀式で死ぬのは分かっていたから、せめて自分も逝くから一人ではないのだと安心させたくて。未来で友達なろうという言葉も、そうなったら良いと思っていた。
緩やかに狂っていく歯車に巻き込まれたリュウスケは、それでもすべてを受け入れる懐の広さを保ち続けたのだ。きっと彼は、狂いさえしなければ、隆と同じように器が大きくて深い、愛嬌のある青年だったに違いなかった。
「閉じられた石棺の中で、付喪神が言うんだ。自分が必ず一緒に居るから、次の世でもまた道仁と一緒になれるように色んな神にお願いするからって。無理はするなよって言ったんだけど……無理したんだろうな」
隆が、泰智を見る。そして、愛おしそうに頬を撫でた。そのまま、狐面も撫でる。
「生まれ変わったら、絶対見つけようと思ってた。だから何かを探さないといけない気はしてたんだけど、それが何か分からなかった。でも、見つけた。ありがとな、泰智」
「俺のおかげじゃ、無いよ……」
隆の言葉に、泰智は作り笑いを浮かべて応える。
そもそも彼が死に至ったのは、自分のせいだ。本来は無理心中で死ぬはずだったのでもともと死ぬ運命だったといえばその通りなのだけれど、殺す方法は他にもあったかもしれない。素直に自分が生贄になっていたならば、リュウスケは苦しまずに済んだかもしれない。
もちろんそうなれば泰智は途中退場になってしまうので、穢れ祓いの儀を完遂できなかった。もし白狐が完遂する前に何かあって面が割れてしまえば、祓うことはできなくなる。それに穢れ祓いは儀式を行うものが穢れていても駄目なので、白狐が暴走して誰かを殺めたら水の泡である。
だから泰智は、結局リュウスケを生贄とすることにしたのだ。いろいろ言い訳はしても、結局は自分がすべてを見届けて安心するための、自分勝手なエゴだと思う。
泰智の笑顔に、隆がくすりと笑った。そして、まるで秘密を共有するかのようにひっそりと話し始める。
「俺、ずっと違和感があったんだ。その子は自分の家から出てきたとき、その子の歩き方が違った。包丁を振り回したとき、その子は自分が誰だか分かってなかった。道仁は確かに優しいけれど、嘘をついて相手の告白に乗ることはしない。それに、道仁は優しくて人懐っこくて誰からも好かれるけど、結構腹黒いやつで。作り笑いはあんなに下手じゃない」
「そ、そうか……」
「その違和感に気付かないふりをしてたのは、その子の心根に陰りが無かったからかもな。でさ、俺、その下手な作り笑いをするやつを知ってるんだよ、一人」
不敵な笑みを浮かべながら、隆は泰智の手を取る。そしてキスでもするように口元に寄せた。
「あれお前だったんだな、泰智」
「な、何言ってんだよ。俺はそんな昔から生きてないぞ」
「どういう方法かは知らないけど、まあお前なら時間飛び越えるくらいできそうだよな」
口から飛び出そうになる心臓を抑えながら、努めて平静に振る舞う。けれど、それがずっと一緒にいる幼馴染に通じるはずもない。
すべてを思い出したとき、隆はやはり気付いたのだ。あのとき道仁だと思っていたのは泰智で、泰智こそが自分を殺した犯人だと。
隆は、自分が道仁の手に掛かるならば良いと思ったと言っていた。それはきっと愛ゆえだ。それが、本当は赤の他人だと分かったのだ。もし恨みを抱いたとしてもおかしくはない。
でも。もし本当に隆が泰智の死を望むならば、受け入れたいと思った。だって隆は誰よりもそう望む資格があるのだから。
眼の前には生贄に使う石棺。古く廃れてしまった儀式だけれど、掟自体は今でも健在のはず。隆がもし同じ死を望むならば、それも構わない。
リュウスケを犠牲にすると決めてからずっと抱えてきた痛み。確かに罪悪感や恐怖は過去においてきたけれど、誰かに自分を罰してほしいという気持ちは忘れることが出来ない。
泰智は観念したような気持ちで、どうしても聞けなかったことを尋ねる。
「……俺を、恨んでるか?」
隆は驚いた顔をして少し悩んでから、ハハッと爽やかな笑顔を浮かべた。
「全然。まあ、お前だって気付いた時は驚いたけどさ。俺にとっては過去の話だし」
「でも、俺が居なければお前は死なずに済んだかも」
「どうかな。俺はやっぱり狂って、道仁を殺して自分も死んだかも。もしかしたら大切な人を手に掛けた悲しみで、怨霊になってたかもしれないぞ。それで、同じように片思い拗らせてるやつに嫉妬して乗り移るんだ。破滅してしまえって思いながらさ」
それはまるで、鎌倉武士の男のように。悲劇はその後も繰り返されていたのかもしれない。
すべての穢れが祓われて澄んだ空気に戻ったとき、泰智は酷い罪悪感を抱えながらも、自分がやったことは間違っていなかったのだと思った。輪廻の流れに戻っていく魂を見て、自分が今後どうなろうとも誰に責められようともこの景色だけで充分だと思ったほどに。
隆が、思い出したようにそういえばと言った。
「石棺の中でゆっくり体が冷えていくのを感じてたら、突然石棺が開いたんだよ」
「え?」
「それで、すげぇ綺麗な人が立ってて。真っ白な髪だったから、人じゃないんだろうなあって漠然と思ったんだよね」
それは、お狐様が人型を取った姿だろうと思った。石棺を開くのはお狐様だと、伝承でも残っているし。
「それで、意識が朦朧としてる俺に言うんだよ。『まったく、人間はいつまでも愚かだ』『まあ、あいつには感謝しないでもない』『あいつの痛みを共に抱えてやれ。それが私からの礼だ』ってさ。あいつって誰だよって思ってたけど、泰智のことだったんだな」
スッキリした、と相変わらず爽やかな笑顔を浮かべる隆を見ながら、泰智はまるですべてが自分の都合が良いように物事が運んでいるのではないかと感じた。
悲劇は精算され泰智は現代に戻ってこれた。人を殺した事実に潰されるはずだった心は、その感情ごと過去においてきてしまった。白狐は結局世界を変えなかったし、それどころか泰智のために作られた仮面の代わりにその身を犠牲にしてくれた。自分を恨んでも良いはずの隆は自分の死を受け入れ、こうして普段と変わらない様子を見せている。
人ならざるモノの気持ちを、人間が推し量ることは難しい。それでも、もし希望を持っていいならば。
お狐様や付喪神が、狂うはずだった泰智の歯車が狂わないように支えてくれたのかもしれない。
狐の目を持つことは不条理だと思っていた。過去に戻り儀式をやらなければならなくなったときも、その目のせいで全てが狂うのだと思っていた。
けれど白狐は、狐目はお狐様の寵愛の証だと言っていた。ならばこの目があるからこそ、何があっても大丈夫なのかもしれない。
「さ、戻ろう。泰智は、俺のこと探しに来たんだろ? 弔ってくれるために」
「それは、その」
「俺、泰智のそういう律儀なところも好きだよ。ああ、これは恋愛の意味じゃないから安心して。道仁が好きだったのは前世の俺だし、泰智は道仁と同じ魂だけど道仁とは違うしな」
「隆が女好きだってのは知ってるよ」
「そりゃ良かった」
先に立ち上がった隆に腕を引かれて、泰智は立ち上がる。
相変わらず室内は暗闇に包まれていて懐中電灯が唯一の道標だけれど、ここに来たときとは違い足取りは軽い。
隆の手にはしっかりと、リュウスケの狐面が握られている。
付喪神は本体が壊れるまで存在する。もしリュウスケの面の付喪神が残っているのならば、きっと喜んでいることだろう。
そう長い時間居たわけではないはずなのに、外に出る頃には朝日が差し込んでいた。
オレンジの光に照らされながら、土で上手く舗装された階段を下っていく。
「で、泰智は過去で何してたんだよ」
興味津々の隆が尋ねて来た。
彼に一連の話をしても良いかも知れない。目のことだって、話してみよう。それで何か変わるようなやつだとは思えない。
幸い今は夏休み、時間はたっぷりあるのだから。
〜Fin〜




