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深夜の異世界通販~社畜の俺、商品を買うたび人生が壊れる件~  作者: 雪竹


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9/11

第9話 猫耳バイヤーが外商に来たのに、餃子ツアーになりました

 それは、特別な出来事が起こりそうにない、ごく普通の平日の夜だった。


『次の新月の夜、人間界へ伺いますにゃ』


 テレビ画面の中で、ミルフィが妙に改まった声で言った。


「……え、来るのか?」


『はいにゃ。外商ですにゃ』


「外商?」


『優良顧客には、顔を合わせて商品のご提案とヒアリングを行うのが基本ですにゃ!』


 どこで覚えたのか分からないビジネス用語を堂々と使っているが、そもそもこの通販、電話一本で異世界から商品を投げ落としてくる時点で、営業の常識も何もあったものじゃない。


「そんな簡単に、こっち来られるもんなの?」


『新月の夜に、星々が一列に並び、次元の膜が薄くなり、魔力の流れが――』


「はいストップ。もういい。分かんない」


 途中で遮ると、ミルフィは一瞬むっとした顔をしたが、すぐに「ですにゃ……」と引き下がった。


 ――そして、新月の夜。


 部屋の中央が、いつもの“荷物到着時”と同じように淡く光り始める。


(これ、ほんと慣れないな……)


 光が収束した瞬間、そこに現れたのは――


『お邪魔しますにゃ!』


 ピンク色の髪、ぴょこぴょこ動く猫耳、しっぽ。

 いつもの通販番組そのままのミルフィだった。


「……ほんとに来た」


『来ちゃいましたにゃ!』


 軽く会釈するあたり、妙に礼儀正しい。


「で、外商って言うからには、ちゃんと仕事の話聞いてくれるんだよな?」


『もちろんですにゃ!』


「じゃあさ、朝の出勤時間を短縮したくて――」


 世界規模じゃなくていい、せいぜい自宅と職場くらいで瞬間移動できる、

 どこでもドア的なものを想定して説明し始めた、その途中。


 俺は違和感に気づいた。


 ミルフィが、全然聞いていない。


 視線はあちこちに泳ぎ、足元をもじもじ。

 しっぽが、そわそわと落ち着きなく揺れている。


「……トイレ?」


『ち、違いますにゃ!!』


 即座に否定された。


『えっと……その……』


 しばらく黙り込んだ後、ミルフィは意を決したように顔を上げる。


『薫さんが……よく持って帰って食べているものが気になりまして……』


「?」


『一口サイズで……白くて……表面に焦げ目があって……』


「?」


『金曜の夜に……二十個とか……三十個とか……』


「?」


『黄金の泡の出るお茶でグイッと流し込んで、プハーとやってる……』


「あー」


 そこでようやく察した。


「餃子?」


『餃子!!』


 その瞬間、ミルフィの目がきらきらと輝いた。


『あれ、ずっと気になってたんですにゃ! 薫さん、あれを幸せそうに食べるでしょう?』


「確かにうんまいけどね。普通の餃子だよ?」


『普通じゃないですにゃ!!』


 力説されても困る。


『あれが、どうしても食べてみたくて……それで来ましたにゃ』


「おーい、外商どこ行った」


『次の注文、大幅割引しますにゃ!』


 完全に私情だった。


 俺は一瞬ためらって、それから肩をすくめた。


「……分かったよ」


『本当ですにゃ!?』


「ただし、目立たないようにな」


 クローゼットを開けて、自分の服を引っ張り出す。


「ほら、これ着て。フードで耳隠して」


『……きついですにゃ』


「文句言わない。尻尾は……上着で押さえて」


『しっぽ、感情と連動する仕様なんですにゃ……』


「厄介だな!」


 こうして俺は、不審な猫耳少女(必死に一般人風)を連れて、行きつけの町中華へ向かった。


 暖簾をくぐった瞬間、にんにくと油の匂いが鼻を直撃する。


『……!!』


 ミルフィが、その場で固まった。


「……大丈夫か?息してる?」


『この熱気……まさにここは……戦場ですにゃ……』


「町中華だよ」


 焼き餃子と水餃子を五人前ずつ注文する。

 俺も食べるから多めに。


「熱いから気をつけろよ、ミルフィ」


 皿が置かれた瞬間、ミルフィは、じっと見つめてから無言で箸を伸ばし――


『…………』


「どう?」


『…………!!』


 言葉を失ったまま、餃子が消えていく。


『おいしいですにゃ!! 異次元ですにゃ!!』


「異次元っていうか、世界違うだろ」


 皮の厚み、肉汁、にんにくのパンチ。

 一口ごとに、ミルフィは感動の声を上げる。


『水餃子、優しいですにゃ……』

『焼き餃子、攻撃力高いですにゃ……』


「……十人前ずつ頼んでおくべきだった」


 そのうち、ミルフィの様子がおかしくなってきた。


『……ゴロゴロ……』


「……え?」


 頬が赤い。目がとろんとしている。


『人間界のにんにく……マタタビ級ですにゃ……』


「ちょっと待って」


 次の瞬間、ミルフィがフードを脱ぎ捨てた。


『餃子、最高ですにゃん!!』


「ちょっ!!」


 ぴょこん、と飛び出す耳。

 しっぽも元気よく主張する。


 慌てて周囲を見るが――


「可愛いコスプレだねぇ」

「完成度高いなぁ」


(……ありがとう、平和な日本)


 店を出た後も、ミルフィは上機嫌のままだ。


『実は……茶色くて……たわしみたいな食べ物も……齧るとさくさく……』


「たわし?うーん、コロッケかな」


『たぶん、それですにゃ!!』


 商店街を歩きながら、揚げたてのコロッケを頬張る。


『さくさくですにゃ……』


「あの焼き鳥っていうのは串焼きで、そっちにもあるか?」

「あれはケーキって言って、甘いんだぞ」


『宝石みたいですにゃ……』


 あれもこれも説明しながら、俺はふと思った。


 ――いつぶりだろう。

 誰かと並んで、食べて、笑うのは。


 家に戻ると、ミルフィは満腹と酔いで完全に電池切れ寸前だった。


『……もう一歩も歩けませんにゃ……』


「さっきまで商店街ダッシュしてたの誰だよ」


『餃子パワーは短期バフですにゃ……』


 ソファに沈み込み、しっぽをだらんと垂らすミルフィ。

 耳もぺたんと伏せている。


「で?」


 俺は腕を組んだ。


「外商は、どうした?」


『……』


「要望のヒアリングは?」


『………………』


 沈黙が、答えだった。


「……ミルフィ?」


『すみませんでしたにゃ』


 正座した。


 ソファの前で、ぴしっと正座。

 ぴこっと猫耳が立つ。


『完全に、食べることに夢中になってましたにゃ』


「でしょうね!!」


 今日一日を振り返る。


 来訪理由:外商

 実際の行動:餃子、水餃子、コロッケ、焼き鳥(持ち帰り)、ケーキ(持ち帰り)


「お得意様の要望を直接聞くんじゃなかったのか?」


『一応……にんにくの異世界需要調査は……』


「調査じゃないだろ、ただの爆食い」


 ミルフィはしょんぼりしながらも、どこか満足そうだった。


『でも……薫さん』


「なに」


『人間界の“誰かと食べるごはん”、すごくいいですにゃ』


 その言葉に、少しだけ胸が詰まる。


『異世界では、食事は効率か栄養補給ですにゃ』

『誰かと笑いながら、寄り道しながら食べる文化……新鮮でしたにゃ』


「……営業向いてないね」


『向いてないですにゃ』


 即答だった。


「じゃあ、外商やめたら」


『それはそれで上司に怒られますにゃ』


「上司いるんだ」


『いますにゃ。数字に厳しいですにゃ』


 急に現実味を帯びる。


『しかしですにゃ。今回、何も仕事してないように見えて……』


「してないだろ」


『人間界の食べ物が、おいしいことを解明しましたにゃ!』


「……はい?」


『これを活用しない手はありませんにゃ!あちらで餃子を発明して売り出しますにゃ』


「食い意地からの商魂!!」


 俺は噴き出した。


『今日のお礼に、次回割引も本当ですにゃ!』


「それは当然」


『次回、餃子関連アイテムが出たら……』


「出すな」


 ミルフィはくすっと笑った。


『でも……』


 少しだけ、声が柔らかくなる。


『今日は、ちゃんと“人間の暮らし”を見られましたにゃ』

『それも、外商の仕事……ということにしておきますにゃ』


「ずるいな」


 ミルフィは、どこか晴れやかな顔をしていた。

 両手にはしっかりとテイクアウトした焼き鳥とケーキの袋を下げている。


 やがて、部屋の中央がまた淡く光り始める。


『そろそろ帰りますにゃ』


「……また来るのか?」


『はいにゃ』


「外商として?」


『いえ』


 にやり、と笑う。


『次は“食べ歩き担当”としてですにゃ』


「役職変わってる!」


 光が収束し、ミルフィの姿が消える。


 部屋は、また静かになった。


 でも。

 冷蔵庫の中の餃子と、

 胃の奥に残る温かさが、

 確かに今日があった証拠だった。


(……誰かと食べるって、こんな感じだったっけ)


 一人で生きていると思っていたけれど。

 こうして笑った夜が、明日をつなぐ。


 この異世界通販は、

 相変わらず危険で、非常識で、

 営業成績もめちゃくちゃだけど。


 たまに、ちゃんと――

 人を救う。


 少なくとも、今日の俺を。

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