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九話 無礼な人達

 父の書斎の扉の前に立つ。動悸が激しくなるのを誤魔化すように、深呼吸をしてからノックを三回した。


「お父様、アイリスです。中に入ってもよろしいですか?」

「…………勝手に入れ」

「失礼いたします。…………クラウド様は、ここで待っていてくださいませ」


 呆れたような父の返事を聞いてから、セーラとクラウド様を残して私一人で書斎に入る。


「ただいま帰りました。帰宅が遅くなり、申し訳ございません」

「……お前がどこでなにをしてようが構わん。そもそも、なんだその派手な格好は。大方、可愛いメアリーに嫉妬して男漁りでもしていたんだろう」

「本当、下品な娘ね。メアリーはあんなに純粋で可愛らしいのに、どうして姉のあなたはこうなのかしら?」


 相変わらず、散々な言い草だ。私が今まで男遊びや朝帰りをしたことがないことくらいわかっているくせに、たった一度いなくなっただけでここまで言われなくてはならないのか。

 そもそも、それを言うならメアリーの方だ。あの子が度々夜中に抜け出して、こっそり男性とデートしているのを私は知っている。

 だからこそ、カルヴィン様と恋仲になっていたことに驚いたわけだが。


 まぁ、両親はメアリーのことを天使か何かだと思い込んでいるようだから、そんなこと疑いもしていないだろうけど。それに、侍女に賄賂を渡してバレないようにしているし……。これも全て、セーラが教えてくれたことだ。


「で、何か用か? わざわざ押し掛けて、くだらない話だったら承知しないぞ」

「はい。私は今日で、レインフォード伯爵家を出たいと思っております」


 私が淡々と言葉を紡ぐと、父は心底馬鹿にしたように鼻で笑った。


「ハァ? お前がレインフォード伯爵家を出るだと? まぁ、婚約破棄されたお前はもう用済みのわけだから、どこで何をしようが構わんがな」

「ふふ、家を出て娼婦にでもなるつもりなのかしら? あなた、教養だけはあるものね」

「……いいえ。私、結婚しますので」


 両親の嫌味は軽く聞き流して、事実だけを述べる。すると、両親は揃って笑い出した。


「そんな容姿のお前が結婚だと? 馬鹿馬鹿しい、できるわけがないだろう」

「まぁ、男爵家くらいならあなたでも拾ってくれる方がいろんじゃないかしら? そう簡単に上手くいくとはおもえないけれどもねぇ」


 そう言って、両親は下品な笑い声をあげる。

 あぁ、本当にこの人たちは、私のことがどうでもいいんだな。習い事をたくさんしてきたのも、侯爵家との繋がりを強固にするためのものだけで、その役割がメアリーに移った以上私はお払い箱というわけだ。


 その瞬間。スーッと、心の中で何かが醒めていくのかわかった。これは、微かに残っていた両親への情だ。

 どうしたもんかと思っていると、唐突に後ろからギィ、と重たい扉が開く音がした。


「誰だ!? 侵入者か!?」


 突然の展開に、父が慌てたように大声を上げる。しかし、すぐに固まって口をパクパクさせたかと思うと、それから怯えたように震えだした。


「お初にお目にかかります。クラウド・グレンウィルと申します」


 そう、クラウド様が書斎に入ってきたのである。クラウド様は父の顔を知らなかったようだけれど、父はクラウド様のことをよく知っていたのだろう。


 母は名前を聞くまでクラウド様が公爵だとは気付かなかったようで、名前を聞いてからようやく「あの黒薔薇公爵……!?」と目を見開いた。公爵閣下に対し伯爵夫人が「黒薔薇公爵」と呼ぶなんて、あまりにも無礼すぎる。だが、クラウド様はそんなことはどうでもいいといった様子で、手に持っている書状を父の眼前に差し出した。


「端的に申し上げる。リリー……いや、アイリス・レインフォード伯爵令嬢を妻に貰いたい。異論はないな?」

「へ!? で、ですが、その娘は出来損ないでして……そ、そうだ! それなら妹のメアリーはいかがでしょうか!? メアリーは大層美しく、閣下もお気に召されるかと……。お、おいセーラ! 今すぐメアリーを呼んで来い!」

「必要ない。俺に必要なのはリリーだけだ」

「そう仰らずに! きっと閣下も一目見たらメアリーの素晴らしさに気付くはずです!」

「……しつこい男だな」


 ……クラウド様がお怒りになっている。こんな冷たい表情、初めて見たわ。父がこうなるのは予測できていたけれど……メアリーを公爵家に嫁がせるとして、カルヴィン様との婚約はどうするおつもりなのかしら。


「お待たせいたしました」


 父が必死にクラウド様を説得している間に、セーラが戻ってきた。もちろん、メアリーを連れて。どうやらすぐそばの部屋にいたらしい。


「お父様、なにかありましたか~? あら、そのお方は……?」

「おぉ、来たかメアリー! この方はグレンウィル公爵閣下だ! お前の夫になる方だぞ!」

「えぇ!?」


 メアリーが驚いたように目を見開いたが、クラウド様のお顔を見た途端すぐにキラキラと目を輝かせ始めた。

 それからパタパタと足音を立てながら、クラウド様の前まで走ってきた。


「はじめまして、グレンウィル公爵閣下♡ 中々パーティーにお顔を出されないものですから、すぐに気付けなくて申し訳ございません! まさか黒薔薇公爵様がこんなにお美しい方だなんて……♡」


 母娘揃って、本当に無礼である。まぁ、クラウド様は社交界で噂にはなっているものの、実際に顔を出すことが滅多にないことは事実だ。だから私もすぐには気付けなかったから、そこは仕方がないかもしれないけれど……。


 メアリーがクラウド様に腕を絡める。そしてお得意の上目遣いを披露しているのを見て父は満足そうにしていたが、クラウド様はその手を思いっきり振り払って、今日一番の冷たい声で言い放った。


「……お前たちは、俺を馬鹿にしているのか?」

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