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七話 近づく、色づく

「では、行くぞ。レインフォード伯爵邸へ」

「…………はい」


 クラウド様の手をとって、馬車に乗り込む。気が重い。

 朝帰りどころか夕方帰りになってしまったこと、両親やメアリーはどう思っているのだろう。きっと心配はしてくれないだろうけど、怒るだろうな。「レインフォード伯爵令嬢という自覚はあるのか」って。


 ああ、でもメアリーは心配してくれるかもしれないわね。あくまでも、心配する「フリ」だけれど……。

 私のことを本当に心配してくれているとしたら、セーラとケインくらいだわ。二人にはちゃんと謝らないと。


 そんな風に考え事をしていると、クラウド様が私の様子を窺うように声をかけてきた。


「……帰りたくないか?」

「本音を言ってしまえば、そうですけど、帰らなければならないですから……」

「そう心配するな。俺がいるからな。この書状にサインさえしてもらえば、君はもう晴れてグレンウィル家の一員だ」

「……そうですね、それに……このドレスを着ていると、なんだか勇気が湧いてきます。クラウド様の瞳と同じ色をしているからかしら?」

「…………アイリス、君は本当にずるいな」


 クラウド様はそう呟いて、私から顔を逸らすように窓の方へ顔を向けた。何かまずいことを言ってしまっただろうか。私はただ、「クラウド様みたいに強く振る舞えそう」とお伝えしたかっただけなのに……。


 しばらく沈黙が続いた後、流石に気まずくなって今度は私から話を切り出した。


「その……クラウド様は、私のことを好いてくれているとお義母さまから伺いました。クラウド様は、私のどこを好きになってくださったのですか?」

「母上……余計なことを……」

「答えたくないようでしたら、聞かなかったことにしてくださって構いません。そもそも、私のことが好きだなんて、思い違いですよね、やっぱり……」

「う……いや、アイリス、君のことは…………」


 クラウド様は眉間に皺を寄せてはいるけれど、そのお顔は真っ赤に染まっている。しばらくもごもごと口を動かした後、意を決したように口を開いた。


「…………俺は、君のことが好きだ。それは間違いじゃない。信じてほしい」

「……ありがとうございます。その、嬉しい……です」


 馬車に再び沈黙が走る。なにこれ、すごく恥ずかしいわ。カルヴィン様も好きだよと言ってくれることはあったけれど、こんなに真剣な眼差しで愛を伝えてくださったことは一度もなかった。

 本当にこの人、私のことが好きなんだ。そう自覚した途端、私まで顔が熱くなるのが分かった。


「ですが、クラウド様は私なんかよりもお似合いの女性が沢山いらっしゃるでしょう? なのに、なぜ私を選んでくださったのですか?」

「それは……そうだな。アイリス、君は覚えていないだろうけど……酒屋で話をした時、俺は君の言葉で救われたんだ。美辞麗句ではなく、酒に酔って本音で伝えてくれた言葉が胸に刺さって、絶対に逃したくないと思った」

「朝起きた時には、あんなご冗談を仰ってらしたのに……」

「浮かれていたんだ……! お願いだから忘れてくれ……母上にも散々叱られてしまったしな」


 そう言って、クラウド様は片手で顔を覆ってしまった。もしかして、照れているのだろうか。案外可愛らしい方なんだなと、少し失礼かもしれないけれど思ってしまった。

 私、クラウド様のこと、まだ何も知らないんだわ。


「クラウド様……私たち、結婚するのですよね」

「あぁ。俺にはアイリスしかいない」

「でしたら……お互いのことを少しでも知るために、まずは私のことはリリーと呼んでくださいませんか?」

「…………いいのか? その、実は母上が君を『アイリスちゃん』と呼んでいるのを見て、少し嫉妬していたんだ」

「ふふ、そうだったのですね」


 やっぱり、クラウド様は可愛らしい方だ。噂みたいに、全然怖い人じゃない。

 クラウド様が少し緊張した面持ちで口を開いた。


「では、その……リリー」

「はい、クラウド様」

「……さっきは言えなかったが、そのドレスも髪も化粧も、君によく似合っている。出会った時はなんというか……すごく素朴だったから気付かなかったが、君は本当に美しい。もちろん、その赤い瞳も」

「あ、ありがとう、ございます」


 クラウド様は、きっと不器用な方だと思う。マイペースで、強引で、口下手で……でもきっと、すごく優しい人。この人は、私の中身を好きになってくれたうえで、両親から非難されてきた髪と瞳も愛してくださっている。


 どうしよう、なんだか泣きそうだわ。

 こんなことを言ってくれる人に出会えるなんて、思っていなかった。

 私のクラウド様に対する想いは、まだよくわからないけれど。でも、朝とは随分印象が変わった。きっと私は、この人のことを好きになる。


 そんなことを考えていた時、馬車がゆっくり停止した。どうやら、伯爵邸に到着したらしい。


「……着いたようだな」

「はい。……その、私の両親は……なんというか、少し変わっていますので、ご不快な思いをさせてしまったら申し訳ございません」

「覚悟の上だ。それに、俺がいるんだから心配ない。俺を誰だと思っている?」


 クラウド様は朝目覚めた時のように自信たっぷりの笑顔で告げてきた。その姿に、なんだか私は面白くなって笑みがこぼれる。


「ふふ、そうでした。『黒薔薇公爵様』ですものね」

「あぁ。だからリリー、君は安心して堂々とした態度でいればいい」

「……はい」


 クラウド様にエスコートされて、馬車を降りる。門が開いた。


 さぁ、ここからが正念場だ。

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