六十話 突入
____馬車が止まった。
窓の向こうには、嫌というほど何度も見てきた伯爵邸の姿。
私達はその門の前で、堂々と馬車から降りる。
それと同時に、伯爵家の門番が「何者だ!」と叫びながら私達を囲むように槍を突きつけてきた。
____呆れた。
いくら夜とは言えども……自分が仕えている主人の娘の顔を覚えていないなんて。
私は思わずはぁ、と深くため息を吐いてから、淡々と門番達に言い放った。
「私はレインフォード伯爵の娘、アイリス・グレンウィルよ。……まさか、私を知らないなんて言わないわよね」
「はっ……!? そ、それにしては、随分見た目が……」
……あぁ、そういうこと。
レインフォード伯爵家にいた頃は、質素な服ばかり与えられていたものね。
そもそも、お母様達がこの髪色を嫌がるから常に髪を纏めていたし……。
化粧だって最低限だったかしら。
あんなに虐げられていた娘が、今はこんな派手な格好をしているなんて思わなかったから別人だと思った……と。
今は公爵夫人なんだから、立場に相応しい格好をするに決まってるじゃない。
「わかったのなら、お母様達に伝えてちょうだい。『あなたの企みは全てわかっています。こちらには証人と人質がいますから』と……」
「人質だと……!?」
「そういうのはいいから、早くしてくださるかしら?」
「ひっ……承知いたしました……!」
門番達は、動揺したように……いえ、私の後ろから殺気を放っているクラウド様に怯えながら、急いで伯爵邸の中に入っていったのだった。
***
しばらくした後、先程の門番が焦ったように私達の前まで戻ってきた。
「た、大変お待たせいたしました……! どうぞお入りくださいませ」
____これで、第一関門はクリアね。
ビクビクと怯えている門番に「どうもありがとう」とだけ声をかけて、私は真っ直ぐに伯爵邸の庭を突っ切っていく。
……見慣れた景色。だけど、今はもう何も感じない。
玄関扉の前には侍女が待ち構えていて、私達の到着に合わせて扉を開けてくれた。
____ギィ……。
「アイリス、あなたこんな時間になんのつもりかしら……!?」
……扉が開いた先にいたのは、腕を組んで額に青筋を浮かべている母だった。
第一声がそれなんて……相当お怒りのようね。
私の後ろに控えているクラウド様のことなんて、まるで目に映っていないみたい。
いくら娘の私がいるとはいえ……公爵に対して、無礼にも程があるわ。
それと同時に、お茶会での媚びた様子は周りへのアピールだってことがよくわかったわ。
……まぁ私に手を上げたおかげで、この人の評判がどれほど下がっているのか……近頃頻繁に社交界に顔を出していた私はよく知っている。
そのことが相当許せないのでしょうね。
……でも、今はそんなことどうでもいいわ。
私は母に向かって、ハッキリと問いかけた。
「なんのつもりかは、あなたが一番よくわかっているのではないですか?」
「……ああ言えばこう言うのね。だからあなたは可愛げがないのよ……! こんな時、メアリーがいれば……!」
……そのメアリーをあんな凶行に走らせたのは、他でもないあなたとお父様が元凶なのだけれどもね。
本当に、何もわかってない。
「とにかく、私の大切な侍女、ベラを返してください」
「……なんのことかしら」
「今更しらばっくれても意味ないでしょう? 言いましたよね、こちらには人質と証人がいるって……」
私がそう告げた直後、セーラが拘束されているベラの偽物を引きずって玄関ロビーに入ってきた。
その顔を見た母は、わかりやすく動揺する。
「……お前、失敗したのね!? 高い金払ったのに、使えない女だこと……!」
「あら、随分あっさりと認めるんですね。公爵家に刺客を送りつけて、私を暗殺しようとしたことを……」
「なっ……」
母は「しまった」という様子で口を塞いだけれど、もう遅い。
本当に、詰めが甘い人ね。そもそも隠す気あったのかしら?
「とにかく、ベラを返していただけますか?」
「……あなたって本当に……生意気な娘だこと!!!」
母がギリギリと歯を食いしばる。
まだ抵抗する気なのかしら?
もう逃げ場なんて、どこにもないのに……。
……その瞬間。
____コツ、コツ、コツ……。
足音が、広いロビーの中で響いた。
「おい、こんな夜中に一体何の騒ぎだ?」
_____父が、ゆっくりと階段を降りてやってきたのである。




