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五十八話 アイリスの花

 私がそう告げると、犯人は動揺したのだろう。


 私の首元を掠めていたナイフに、ぐっと力が入ったのがわかった。

 ピリッと、首筋に痛みが走る。


「ハッタリのつもりでしょう……!?」

「____そう思っているのは、あなただけですよ!」


 ____バァン!!


 勢いよく扉が開かれた音と同時に、いつものハツラツとした声が聞こえてきた。


 私はそっ……と目を開ける。


 そして次の瞬間……私に跨っていた犯人が、飛び出してきた二人の衛兵によって一瞬で取り押さえられた。


 私は部屋の入口に立っている元気な声の主……セーラの方を見ながら、ゆっくりと口を開く。


「助かったわ。流石はセーラね。ベストタイミングだったわよ」

「ぜ、全然ベストじゃないです! 怪我してるじゃないですか! もっと早く突入の指示を出せばよかった……!」


 セーラは泣きそうな声でそう言ったけれど……私の言葉で犯人が動揺していなければ、こんなにスムーズに捕まえられなかったと思う。


 だから、本当にベストタイミングだったのよ。





「なんで……どうして、バレて……」


 床の方から、小さく震えた声が聞こえてきた。

 私は静かに、けれどもハッキリと彼女の名前を呼ぶ。


「…………舐められたものね。私はあなたが紅茶を淹れにきた時には、既に見抜いていたわよ____ベラ。いいえ、ベラの偽物さん……と言った方が正しいかしら」

「なっ…………!」


 ベラの偽物がわなわなと唇を震わせる。


 私は彼女を冷ややかな目で見下ろしながら、彼女に言葉を投げかけた。


「あなたは、ベラの声真似も仕草も、変装も完璧よ」

「じゃあ、なんで……!」

「簡単な話よ。ベラが好きな花は薔薇じゃなくて、アイリスなの」

「は……? そんな、ことで……?」


 ……『そんなこと』なんかじゃない。

 ベラがアイリスの花を好きになってくれたきっかけは、私にとっても大切な思い出だもの。


 それに、本当は彼女に好きな花を尋ねる前から、ベラが偽物であることには気付いていた。


 だって、彼女の格好には明らかに不自然な箇所があったから。


 でも、そんなこと……ぽかんと口を開けている彼女に教えてあげる義理はない。


「……今度は私が尋ねる番ね。ねぇ、本当のベラの居場所を教えてもらえるかしら。……もちろん答えなかったら……わかるわよね?」

「ひっ……!」


 床に抑え込まれている彼女の首元に、剣先が突きつけられる。


 彼女は引き攣った声を漏らしながら、「いうから、いうから殺さないで……!」と命乞いをした。


「なら、さっさと教えてちょうだい」

「……レインフォード伯爵家の……地下牢よ……!」

「……地下牢?」


 聞きなれない単語に、思わず目を見開いた。


 ベラがレインフォード伯爵家にいるだろうことは察しがついていたけれど、地下牢ですって?


 そんなもの、私は知らない。

 もしかして、私が家を出てからそんなものを作ったというの……!?


 一体、何のために……。


 いいえ、それよりも……今はベラを救うことを考えなければ。


「あなたの裏にいるのは、お母様……いえ、レインフォード伯爵夫人で間違いないわね?」

「っはい、そうです……」

「そう、ありがとう。証人もいることだし……これで証拠はバッチリね」


 私はそう言って、優しく彼女に笑いかけた。

 紅茶を淹れてくれた時のような、穏やかな笑みで。


 それから私は、セーラ達に堂々と宣言したのだった。







「では……行きましょうか。本物のベラを助けに。____そして、本物の悪を裁きに、ね」

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