五十七話 正体
私の言葉を聞いたベラが、ギョッとしたように目を見開いた。
「毒……ですか!?」
「えぇ。間違いないわ」
「で、でも先程一口飲まれて……! お身体は大丈夫でしょうか……!?」
慌てふためくベラに、私は優しい笑みを浮かべる。
「あのくらい大丈夫よ。伯爵令嬢時代、耐性がつくように少量の毒を定期的に摂取させられていたから……」
「そ、それなら……いいのですが……」
ベラが不安そうに眉を下げる。
そんなに心配しなくていいのに……ね。
私はクッキーを口に入れてから、ベラに穏やかに問いかけた。
「ねぇベラ……あなたの好きな花は何?」
「え? 私は……少しお恥ずかしいですが、薔薇が好きです」
「……そう。グレンウィル公爵家にぴったりね」
そう言うと、ベラは恥ずかしそうに、そしてどこかホッとしたように笑った。
「ありがとうベラ。もう下がって大丈夫よ。代わりに、セーラを呼んできてくれるかしら?」
「はい、かしこまりました」
ベラが礼をしてから、部屋を退出した。
……そして、それからすぐに、セーラが勢いよく扉を開けて入ってきたのだった。
「アイリス様! 毒を盛られたってベラから聞いたのですが……ご無事ですか!?」
「えぇ、この通りなんともないわ。あ、クラウド様にはこのこと、黙っていてちょうだいね」
私が淡々と告げると、セーラは目をまんまるにして大声を出した。
「なっ……なぜですか!? アイリス様に危害を加えようとしている人間がいるというのに……!」
「大丈夫よ、心配いらないわ。だって……あなたがいるもの」
「へ……?」
セーラがぽかん……と口を開ける。
私はその様子がおかしくて、クスクス笑ってしまった。
「セーラ、大事なお願いがあるの。……頼まれてくれるかしら?」
私が真剣な顔で告げると、セーラはこくんと頷いた。
「はい、ご命令を」
***
その後は、特になんの問題も起きることなく時間が過ぎていった。
夕食にも毒は盛られていなかったし、クラウド様にも情報は伝わっていない。
そして、まとわりつくような視線も感じなくなった。
あっという間に就寝の時間となり、私はベッドに仰向けになる。
それから、ゆっくりと目を閉じた。
____次の瞬間、首元にひやりとした感覚を覚える。
……間違いない、この感覚は……ナイフだ。
「……動くな。目を開けるのも禁止だ」
冷たい女性の声が、私の鼓膜を揺らす。
それと同時に、刃が首元を微かに掠ったのがわかった。
けれど私は一切動じることなく、目は閉じたまま口を開く。
「____そう。けれど目を開けなくても、私にはあなたが誰だか分かっているわよ?」




