五十六話 花と毒
違和感を覚えてからの数日間。
相も変わらず、私は何も気付かない鈍感な公爵夫人のフリをしながら、屋敷を取り仕切っていた。
……まとわりつく様な視線を感じる時間が、日に日に長くなっているように思う。
恐らく、油断しているのでしょうね。
私に接近している時間が、格段に長くなっているのがわかるもの。
きっと相手は、私のことを「世間知らずの公爵夫人」だと舐めてくれているはずよ。
だからきっとそろそろ……いえ、今日辺りに何か仕掛けてくるはずね。
____さて、本当に間抜けなのは、どちらの方かしらね……?
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は侍女の淹れてくれた紅茶を飲もうと、カップに口をつけた。
一口、ゆっくりと口に含む。
……そしてその瞬間、よく慣れ親しんだ味が舌先をピリピリと刺激した。
私は静かにカップをソーサラーの上に置いて、側にいた侍女……ベラに話しかける。
「この紅茶を淹れてくれたのはベラ、あなたかしら?」
ベラは一瞬びくりと肩を震わせてから、小さく横に首を振った。
「いいえ……! 私は用意されたポットを渡されて、そのままカップに淹れただけで……! ポットを用意したのは、別の侍女でございます」
「……そう。ありがとう」
「な、何か不手際がございましたか……?」
ベラが不安そうに私を見る。
彼女は内気な性格だ。私が何か怒っているのだと思って、怯えているのだろう。
ベラは新品の真っ白な手袋をぎゅっ……と握り締めながら、私の返事を待っている。
「不手際ではないけれど……。そのお茶を用意してくれた侍女を……そうね、この部屋に呼んでくれるかしら?」
***
「ア、アイリス様……私に何か御用でしょうか……?」
……ベラに連れられてきた侍女は、先週から屋敷にやってきたばかりの新人だった。
まだ幼さが残る彼女は、顔を真っ青にして可哀想なくらい震えてしまっている。
私は、そんな彼女に優しく問いかけた。
「ミーアだったわよね。あなたの好きな花は何?」
「……花……ですか?」
「えぇ」
ミーアは怯えながらも、小さな声で「マリーゴールドです」と答えてくれた。
「そう。綺麗な花よね。ありがとう、もう行っていいわ」
「え? は、はい……」
ミーアは涙を目に浮かべながら、ほっとしたように部屋を出ていった。
その後ろ姿を眺めながら、ベラが不安そうに私に問いかける。
「……一体、なにがあったのですか?」
「あら、簡単な話よ」
私は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。
「____さっきの紅茶、毒が盛られていたのよね」




