四十九話 お茶会という名の戦場
「……変わってないわね」
今となっては最早懐かしくも感じる、レインフォード伯爵邸を馬車の窓越しに眺めながら呟いた。
ヤケ酒のために家出をしてから、ここに来るのは今日で二回目。
前回と違うのは、私の隣にクラウド様がいないこと。
……きっと、今までの私だったら不安に感じていたでしょうね。
____でも、大丈夫。
私はもう、一人でも戦えるわ。
カインの「着きましたよ」という声に合わせて、ゆっくりと馬車が速度を落としてから止まった。
私は馬車の扉を開けて、エスコートもなしに自分の足で大地を踏みしめたのだった。
***
私が庭園に入ると、本日の主催者……母が、不気味なほどにこやかな表情で私に近寄ってきた。
「お久しぶりね、私の可愛いアイリス。手紙の一つもくれないから心配していたけれど……元気そうで何よりだわ」
「レインフォード伯爵夫人こそ、お変わりないようで何よりでございます」
「まぁ、そんな堅苦しい態度じゃなくて、いつもみたいにお母様と呼んでちょうだい」
「……わかりました。では、本日はお母様と呼ばせていただきますわ」
____一体、何を考えているの?
私のことを『可愛い』だなんて……今まで一度も言ったことなんてなかったじゃない……。
訝しんでいる私に気付いているのかいないのか、母は既に集まっている貴婦人達に笑顔で話しかけた。
「皆様、紹介させていただきますわね。こちらが私の娘である、アイリス・グレンウィル公爵夫人ですわ!」
母の言葉を聞いた貴婦人達が、わぁ!と歓声をあげる。
「まぁ! あなたがあのグレンウィル公爵と結婚されたという……!」
「馴れ初めを聞いてもよろしくて? やはりレインフォード伯爵夫人の手腕なのかしら」
それは違います、と言いたかったけれど……。それを言うのは、今じゃない。
もっと、適切なタイミングがあるはずよ。
私が敢えて何も言わずに黙っていると、母はそれを好機とばかりに不自然な笑みを浮かべながら、ペラペラと話し始めた。
「えぇ、グレンウィル公爵家とは以前より交流がございまして……妹のメアリーには既に婚約者がいましたから、姉のアイリスを紹介したのですわ。そしたら随分娘のことを気に入ってくださって……」
____よくそんなに舌が回るわね。一周まわって感心してしまうわ……。本当に、心の底から呆れてしまう。
でも貴婦人達は母の言葉をすんなり信じたようで、「流石ですわ」だの「教育の賜物ですわね」だの、母のことを褒め称えた。
確かに教育は十分に受けさせてもらったけれど……クラウド様との結婚は、全くそれとは無関係だわ。
もしここにクラウド様がいらっしゃったら、こんな嘘すぐに一蹴してくださったのに……。
……いえ、ダメよ、私。
今日はクラウド様がいなくても戦うって、決めたじゃない!
だって……今日は、母と決別をしに来たのだから。
私はそう決意を固めると、薬指の指輪にそっとキスをする。
これだけで、クラウド様と通じ合っている。そんな気分になれるから。
それから私は、ゆっくりと一歩前に出てから、スカートの裾をつまむ。
そして、クラウド様のことを思い浮かべながら、笑顔で口を開いた。
「ご紹介に預かりました、グレンウィル公爵夫人、アイリス・グレンウィルでございます。……失礼ながら、先程の母の話は少し真実と違うところがございましたので……本当の馴れ初めをお話させていただいても、よろしいでしょうか?」
____心の中で、開戦のゴングが鳴り響く音がした。




