四十六話 取り戻した平穏
「もう! 本当にお嬢様は優しすぎます! 優しい通り越して甘すぎます!」
「そんなことないわよ」
「ありますよ! だって、あれだけクラウド様に色目を使ったマリアンヌ様をなんのお咎めもなしにお許しになるなんて……! セーラ、納得いきません!」
セーラが私の髪をとかしながら、頬をぷっくりと膨らませる。
その様子がリスみたいで思わず笑ってしまったら、「何笑ってるんですか!」と怒られてしまった。
____クラウド様が記憶を取り戻されてから、一週間が経った。
あれだけ騒がしかった公爵邸も随分と落ち着きを取り戻し、今は以前のように皆穏やかに仕事をしている。
……まぁ、色々な話を聞いていたセーラは、まだ怒りが収まらないようだけど……。
「大体! アイリス様もアイリス様です!」
「わ、私も?」
「はい! 公爵夫人なのに侍女の格好をして、侯爵令嬢にお茶を淹れるだなんて……! よくないに決まってるじゃないですか! まぁ、それを普通に受け入れてるマリアンヌ様もおかしいですけども!」
「あ、あの頃はとにかく、必死だったのよ……」
まずい、セーラの怒りの矛先がこちらにまで向いてしまった。
こうなってしまった以上、解決策は一つ。
「……セーラ、許してちょうだい? 私、あなたに嫌われたらとっても悲しいわ……」
上目遣いでそう告げてみる。すると、セーラは口を尖らせたかと思うと、ほんのりと頬を赤く染めた。
「……アイリス様は、ずるいです。そう言われたら、私ももう怒れないじゃないですか……」
「ふふ、ごめんなさいね」
やっぱり、セーラは優しい子ね。
私のことを思って、いつも怒ったり泣いたり、喜んでくれたり……。
私にとって一番のパートナーがクラウド様だとしたら、一番の友達は間違いなくセーラだわ。
もっとも、セーラは「私なんかがアイリス様の友達なんて恐れ多いです!」って言うのだろうけれども。
それにしても、セーラがこんな風に怒っているのを見るのは、これで二回目ね。
以前メアリーとカルヴィン様に誘拐された時も怒られちゃったけれど……程度で言えば、今回の方が怒っている気がする。
そのくらい、セーラにとって私が使用人の格好をして働くことが我慢ならなかったみたい。
……そのくらい慕ってくれている侍女がいるということは、本当にありがたいことだわ。
セーラが私の髪をとかし終わり、今度は髪のセットをし始めた。
「それにしても、クラウド様もやりますね〜! こんなに綺麗な婚約指輪をご用意されていたなんて!」
「ふふ、私もびっくりしたわ。それにね、この指輪が入っていた小箱……アイリスの花の模様が入っていて、とても綺麗なの」
「うひゃ〜〜! もう、クラウド様ったらアイリス様のこと好きすぎますよ!!」
セーラが両手で顔を覆う。その耳は真っ赤に染まっていた。
そんな姿を見て、私までなんだか照れてしまった。
____本当に、平和だわ。
ちなみに、マリアンヌ様はなんとあれから数日後に、縁談の話が来ていたという辺境伯と婚約をしたらしい。
その思い切りの良さは、流石仕事のできる侯爵令嬢ね。
マリアンヌ様の初恋は終わってしまったのだろうけれど……。
次の恋は、幸せなものであるといいなと、密かに願っている。
「そういえば、そろそろアイリス様も社交界に復帰されますか?」
「そうね、招待状も溜まってきてしまったし……少しでもグレンウィル公爵家のイメージが良くなるよう、頑張らないといけないもの」
「承知いたしました。招待状の選別はどうなさいますか?」
「私がするわ。届いた招待状を全て持ってきてちょうだい」
「はい、すぐにお持ちいたします」
そう言ってから、セーラは本当にすぐに招待状が入った箱を持ってきてくれた。
……思ったより、数が多いわね……。
一つ一つ丁寧に目を通していく。
その中で、私はある招待状を見つけてしまった。
心臓が嫌な音を立てる。
「……レインフォード伯爵から、お茶会の知らせですって?」
……正直、もう両親とは縁を切ったつもりだった。
でも、彼らはそうは思っていないのでしょうね。
クラウド様に金の無心を知っていることは知っていたけれど、ついに私にまで手紙を送ってくるなんて……。
本当に切羽詰まっているのだわ。
結婚の挨拶に行った時、クラウド様から私に接触するなと言われたのを忘れたのかしら……?
本当に、あの人達には困ったものね……。
隣で私の様子を見ていたセーラが、心配そうに声をかけてくれた。
「お嬢様、その招待状は……処分してもよろしいのでは?」
「そうしたいのは山々なんだけれどもね……」
____あの両親のことだ。
きっと正式に縁を切らない限り、私の人生にあの二人の影は付き纏い続けることになるだろう。
それに……メアリーのことがあった以上、私はあの二人を許すことが出来ない。
「開催日は……二週間後ね。セーラ、返事を出すわ。準備をお願いできる?」
「え!? は、はい!」
私は決めたのだ。
もうあの二人には縛られない。
だって私には、例え記憶を失っても愛してくれる人がいるってわかったから。
もうあの頃の、守られてばかりの弱い自分じゃない。
愛されないことに脅えている脆い女でもない。
だから、立ち向かうのよ。
『グレンウィル公爵夫人』として、ね。
____薬指に嵌めた指輪が、キラリと輝いた。
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次章、いよいよ両親との最終対決です。
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