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四十二話 クラウドの決意

 時刻は二十二時五十五分を指している。

 そろそろ、アイリス嬢が俺の部屋に来る時間だ。


 彼女との静かな夜の対話も、今日で七日目になる。


 ***


 一日目は、それはもう静かで気まずい時間だった。

 まずはお互い改めて自己紹介をして、彼女は元々どこのご令嬢だったのかだとか、探り探りにそんな話をした。


 俺が彼女のことを聞く度に、彼女は寂しそうに笑った。だが、この時は確かに笑ってくれていたのだ。



 二日目は、彼女の好きなものを聞いた。アイリス嬢は少し悩んでから、「花畑が好きです」と静かに呟いた。

 理由を聞いたら「……大好きな人との思い出の場所なので」と。


 俺は、その場に誰と行ったのか聞けなくて、燻った気持ちを抱えたままその日は眠った。



 三日目は、ずっと気になっていた「俺達はどんな夫婦だったのか」ということを問いかけた。

 それを聞いたアイリス嬢は、一瞬顔を歪めてから口を開こうとしたので、俺は慌ててそれを止めたのを覚えている。


 彼女は少しほっとしたような顔をして、苦しそうに笑顔を作った。



 四日目は、初めて彼女の方から問いかけてくれた。


「クラウド様は、マリアンヌ様のことをどう思われているのですか」


 俺はマリアンヌに罪悪感を抱えていることを伏せて、「支えてくれて感謝している」とだけ伝えた。

 すると彼女は、複雑そうな表情をしながら、一拍置いて「そうなんですね」とだけ言葉を零した。



 五日目も、彼女の方から話を切り出してくれた。だが、その表情は昨日よりも苦しそうに見えた。


「クラウド様には、お慕いしている方はいらっしゃいますか?」

「……どうしても気になってしまう女性なら、いる」

「……わかり、ました……」


 そう答えた彼女は、まさに無の表情をしていた。まるで、何か大切なものを諦めてしまったような、そんな顔だった。



 六日目は、これまでで一番重苦しい雰囲気だったと思う。

 ……というよりも、日を増すごとにどんどんと彼女の雰囲気が暗くなっていることに、俺は気付いてしまった。


 俺は彼女に惹かれているのに、毎日どんどん君への想いが募っていくのに。


 アイリス嬢は、逢瀬の回数を重ねる毎にどんどんやつれていった。

 目の下に隈ができている。きっと、眠れていないのだと思った。


 ***


 ____そして、今日も二十三時を知らせる鐘が鳴った。


 控えめなノックの音が聞こえてきて、「どうぞ」と声をかける。


「失礼します」と入ってきた彼女は、今にも壊れてしまいそうな危うい雰囲気を纏っていた。


「……座ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 もう、彼女は笑ってくれない。いや、アイリス嬢はきっと笑っているつもりなのだろう。


 だが、この一週間で彼女は随分疲れてしまったように思う。

 花の世話をしている時は、あんなに美しい笑顔で笑っているのに。


 ____俺の前でだけ、こんなにも苦しそうな顔をする。


 彼女には恐らく、本当に愛している者が別に居るのだ。

 そんな状態で、俺の気持ちを伝えてしまうのはきっと重荷になってしまうだろう。


 それでも、この想いはどんどん膨らんでいくばかりで……。

 このままでは、俺も彼女も苦しい想いをするだけだ。


 だから、決意した。

 少し判断が早いかと思ったが……これ以上は、彼女が壊れてしまうと思ったのだ。


 公爵として、彼女の夫として……アイリスという一人の女性を幸せにするために。


「……明日の昼、大切な話があるんだ。君と俺と、マリアンヌの三人で話がしたい」


 ゆっくりそう告げると、彼女は一瞬目を見開いた。

 俺が目を覚ましてから、初めて見た彼女の表情だった。


 それからアイリス嬢は、ゆっくりと、今にも泣きそうな表情で口を開いた。


「……はい。クラウド様が決めたことでしたら、私はそれに従いますわ」


 そう言って、彼女はぎこちなく笑ってから、部屋を出ていった。




 ____その日、俺は彼女の最後の笑顔がどうしても忘れられなくて、一睡も出来ずに朝を迎えたのだった。

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