四話 魔法にかけられて
重たい扉が開かれた先には____とてもとても美しい黒髪の女性が立っていた。お顔立ちがクラウド様にそっくりだ。なるほど、クラウド様はお母さまに似たのだなと即座に納得した。
「お久しぶりです、母上」
「本当に久しいわね。 ……ところで、貴方の後ろにいる方はどなた?」
ボロボロの格好が目立たないよう後ろに隠れていたのだが、当然指摘されてしまった。当たり前だ。息子が突然こんなどこの馬の骨かもわからない女を連れてきたら不審に思うに決まっている。
「えぇ、紹介します。彼女は昨日付けで私の婚約者となった、アイリス・レインフォード伯爵令嬢です」
「お初にお目にかかります、レインフォード伯爵家令嬢、アイリスと申します」
昨日服を着たまま寝たせいで、裾が皺になってしまっているワンピースで精一杯のカーテシーを行う。きっと、前公爵夫人から見れば今までに見たことがないくらいに酷いカーテシーだろう。
おそるおそる顔をあげると、案の定前公爵夫人は眉を顰めながら私を見ていた。
「…………婚約者ですって? この子が?」
「えぇ。可愛らしい娘でしょう?」
「馬鹿言わないで頂戴! しわくちゃの服にセットのされていない髪! こんな伯爵令嬢がいてたまるものですか!」
「も、申し訳ございません…………!」
どこからどう見ても怒っている。当たり前だ。誰だってこんな娘を婚約者だなんて認めないだろう。
泣きそうになるのを必死で堪えながら深々と頭を下げると、前公爵夫人は凛々しい声で「顔をあげなさい」と言った。
「あなた、時間はある?」
「え? は、はい。ございます」
「ならいいわ。レミ!」
前公爵夫人がパチンと指を鳴らすと、レミと呼ばれたメイドが「はい、奥様。かしこまりました」と返事をした。それからそっと私の手をとったかと思うと、「こちらへどうぞ」と奥の部屋へ連れていこうとする。
「……あの、私はこれから何をされるのでしょうか……?」
「すぐにわかりますよ」
不安を隠せない私を見て、レミはふわりと笑ってから奥の部屋の扉を開けた。
***
____足を踏み入れた先に待っていたのは、真っ白なバスタブだった。
「それでは、失礼いたしますね」
「え? ちょ、ちょっと待ってください!」
「申し訳ございませんが、奥様のご命令ですので……」
困惑する私を差し置いて、レミはどんどん私の服を脱がせてから、私をバスタブに半ば無理矢理放り込んだ。そういえば、酒屋に行ったあと髪も体も洗えていなかったことに今更気付く。きっと酒のにおいが残っていたのだろう。前公爵夫人が怒るのも当然だ。
「綺麗な御髪でございますね」
「……そうかしら? 両親には気味が悪いと言われ続けていたし……前公爵夫人だって、私を見て気分を害していらっしゃったわ」
「あぁ、あれは違うんですよ。奥様は少しわかりにくいだけで……まぁ、すぐにわかります」
レミが苦笑しながら私の髪を整えていく。そういえば、クラウド様も同じようなことを言っていた。すぐにわかるとは、一体何がわかるというのだろう。
「…………はい、終わりましたよ。髪を乾かしたら、セットしてドレスを着ましょう。先程まで着られていた服はいかがいたしますか?」
「あ……綺麗にして持ち帰ることって、できるかしら……。侍女に貸してもらった大切な服なの」
「かしこまりました」
柔らかく笑うレミを見てほっとする。同時に、伯爵家で待っているであろうセーラのことが心配で堪らなくなった。セーラ、心配をかけているわよね、ごめんなさい。きっとすぐに帰るから、安心して待っていて。
レミによって磨かれた肌は、なんだか光り輝いて見えた。いつもは侍女たちからぞんざいな扱いを受けているからか、衝撃を受けてしまった。それとも、これが公爵家の侍女というものなのだろうか。
「では、お次はドレスですね。アイリス様はよくコルセットが締まりそうですから、こちらなんてどうでしょうか」
「……とっても素敵……」
レミが持ってきてくれたドレスは、真っ赤な生地に白い宝石がよく映える煌びやかなドレスだった。人生でこんな素敵なドレス、私は着たことがない。だって、素敵なものはいつも、メアリーのものだったから。私はいつも地味で質素なドレスを着ていた。お茶会や舞踏会に参加する時だけは、見栄っ張りな両親によってそれなりの服を着させてもらえたけれど。
「こんな素敵な服、私が着てもいいのかしら……?」
「もちろんでございます」
「じゃあ、これを着てみたいわ」
私の言葉を聞いたレミが、嬉しそうに頷く。コルセットを締められて、真っ赤なドレスに袖を通した。心臓がドキドキする。
「……よくお似合いですよ、アイリス様」
そう言ってふわりと笑うレミに誘導されて、全身鏡の前に立つ。そこに立っていたのは先程とは別人になった私だった。
「私、こんな素敵なドレスを着たの、初めて……」
「……それはそれは、レインフォード伯爵は大変見る目がないのですね。では、最後にお化粧をさせていただいても?」
「えぇ、お願いするわ」
「ふふ、かしこまりました」
レミの手は魔法みたいだった。それくらい慣れた手つきで、どんどんと化粧を施していく。最後に唇が淡いピンクで彩られるのを見て、ドクンと胸が躍った。
レミがふぅ、と息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「完成です。では、奥様達のもとへ戻りましょう。きっとお二人とも驚かれると思いますよ」




