三十五話 生死の境で思い出すのは
※今回、初のクラウド様視点です。
___ゆっくりと、重たい瞼を開く。
……ここは、どこだろうか? 俺は一体、何をしていた?
確か俺は、事故に遭って……。でも、どうして事故なんかに遭ったんだったか……。
確か、誰かを庇ったような、そんな記憶がある。でも、その肝心の『誰か』がわからない。
なんだか長いこと、この場所で眠っていた気がする。気持ちがふわふわして、なんだか心地良い。
それからようやく辺りをゆっくりと見回すと、そこには一面の花畑が広がっていた。
とても綺麗だ。恐らく、別荘の近くにある花畑だと思う。
もうしばらく来ていなかったはずだが……なんだか、最近誰かとここに来た気がする。
でも、頭にもやがかかって思い出せない。
花を踏んでしまわないよう、丁寧に花畑の中を歩く。身体は、不思議と軽かった。
すると、この場には似合わないような、一軒の酒屋が花畑の中心に建っていることに気付く。
____その瞬間、俺はようやくここが夢の世界……いや、生死の狭間にある空間だということに気が付いた。
ならば、ここは俺の過去の記憶の中なのだろうか。そうなら、手遅れになる前に早く現実世界に帰らなければ……。
そう思っているのに、俺はなんだかその酒屋にどうしようもな惹かれてしまって……吸い寄せられるように店の扉を開く。
店内は騒がしい。だが、その奥のカウンターで一際目立っている女性がいた。
庶民の服を着ているが、靴はとても手入れが丁寧にされているし、なによりも髪が美しい。
そして、酔っ払っているのに姿勢は全く崩れていない。
間違いない、彼女はどこかの家のご令嬢だ。だが、どうしてそんな女性がこんな酒屋に一人で?
俺は興味が抑えきれず、彼女の隣に座る。
「隣、失礼する。マスター、俺にも彼女と同じものを」
「……あなた、だぁれ?」
「……随分酔っ払っているんだな。俺は……そうだな、君は『黒薔薇公爵』の噂を知っているか?」
なんだかすぐに名乗るのはつまらない気がして、悪戯っぽく問うてみる。
すると、彼女は少しだけ考えた素振りをしながら口を開いた。
「知ってるわよ、すごくこわい人だって噂だけ聞いてるわ」
「そうか……じゃあ、俺がその恐ろしい『黒薔薇公爵』だと言ったら?」
驚かせたくて、そんなことを言った。
だが、彼女の反応は意外なものだった。
「別に、こわくないわ。それよりも、私はまた誰にも愛されずに捨てられる方が、もっと怖いもの!」
「……捨てられたのか? 誰に?」
「婚約者よ! 妹に奪われたの! 私の人生、いつもそうなのよ……両親の愛も、私の大切なものも、全部妹が奪っていっちゃうの……」
そう言って、彼女は泣き出してしまった。どうやら泣き上戸だったらしい。
「そうか。君はこんなに綺麗な髪をしているのにな」
「……その髪も、両親にとっては疎ましいんですって。でも彼は白百合のようだって褒めてくれてたのに……結局裏切られてしまって……」
「白百合……か。俺も黒薔薇じゃなくて、それくらい優しくて美しい花だったらよかったのにな」
つい、本音が口から出た。
すると、彼女は眉を顰めて、急に怒り出した。
「そんなことない、黒薔薇はとても美しい花よ! みんな、黒薔薇を怖がるなんてひどいわ」
「……そう思うか?」
「えぇ! 確かに黒薔薇には怖い意味もあるけれど……【永遠の愛】や【決して滅びることのない愛】という素敵な意味もあるのよ?」
「それは……知らなかったな」
「あら、『黒薔薇公爵』なのにこんなことも知らないなんて、まだまだね」
そう言って、彼女はクスクスと笑った。
その笑顔がとても美しくて……俺は、何も言えなくなってしまった。
「……あのね。知らない人は黒薔薇を怖がるけれど……黒薔薇はとっても素敵な花なのよ。こんなに愛に纏わる言葉があるんだもの。だから大丈夫よ、あなたは_____
***
「……ウド様……クラウド様……どうか目を、覚ましてください……」
急に声が鼓膜に響いて、もう一度ゆっくりと瞼を開く。そこには見慣れた天井。
……どうやら、俺は現実世界に帰ってくることが出来たらしい。
どんな夢を見ていたんだったか、あまり思い出すことは出来ないが……。
すごく、懐かしくて優しい夢を見ていた気がする。
「クラウド様……!? 良かった、目を覚まされて……本当に良かった……!!」
俺の手を握っている美しい女性が、涙を流しながら喜んでいる。
その光景に、なんだか胸が温かくなった。
彼女はとても美しくて、声を聞くだけで安心感を与えてくれる。
そして、どこか愛おしくて、懐かしい。
なのに、俺は____
「……すまない。……君は、一体誰なんだ……?」
「………………え……?」
____彼女のことが、誰なのかわからなかった。




