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三十三話 こんなはずじゃなかったのに

本話よりシリアス展開に入ります。ですが、絶対にハッピーエンドにすることをお約束いたします。

お付き合いいただけますと幸いです。

「評判通り、良い舞台だったな」

「……はい、そうですね」


 劇場を出てすぐ、クラウド様が褒め言葉を口にした。

 私は笑顔を作って、それに賛同する。本当は、全然舞台に集中できていなかったのに……。


 せっかくのクラウド様との初デートの雰囲気を台無しにしたくなくて、私はまた嘘をついたのだ。


 だって、頭の中からマリアンヌ様の存在が消えてくれないのよ。クラウド様にその気がないのはわかっているけれど……。

 マリアンヌ様がクラウド様に好意を抱いているのなんて、一目瞭然だわ。


 それにマリアンヌ様は、クラウド様が『黒薔薇公爵』と呼ばれるようになった事件のきっかけなのだから……。そんな二人の再会をこの目でみてしまって、もやもやしないはずがない。


 しかも! しかもよ!!

 よりにもよって劇のストーリーが……

『幼なじみの男女二人がある日を境に疎遠になってしまうものの、偶然の再会を果たして恋が始まる物語』だなんて……。


 ____まるで、クラウド様とマリアンヌ様みたいじゃないの……!


 それだけじゃなく、さっきの出来事があったうえで「良い舞台だったな」と平気な顔して言うんだもの、本当にクラウド様って……鈍感だわ! もう!

 そんなところもギャップがあって魅力だと思っていたけれど、こういう場面では少しもやもやしてしまうのも、仕方ないわよね……?


「……リー、リリー!!」


 ……それとも、私の心が狭すぎるのかしら……。


 あぁもう! 初デートでこんなこと考えるのなんて、よくないわよね。少しは買われたと思っていたのに……なんだか自分が嫌になるわ。

 もっと楽しまなきゃ! 俯いて歩くのなんてだめよ、私!


 ……そう思って、前を向いた瞬間。


「リリー!! 危ない!!!」

「えっ?」


 ____ドンッ!!!!


 身体に強い衝撃が走った。


 ……今、何が起こったの……? 


 少し遅れて、背中がじんじんと痛みだす。

 私、突き飛ばされたんだわ。クラウド様に……。


 なぜ? どうして? クラウド様は、考え事ばかりしている私のことが嫌になってしまったの?

 そんな考えがぐるぐると頭を過ぎる。


 だが、そんな考えはすぐに間違っていたことが分かった。周囲の声が騒がしい。「キャー!」「急いで医者を!」なんて、人々が叫んでいる。

 その中心に、いた……のは……。


「……クラウド……さま……?」


 一瞬で、頭が真っ白になる。さっきまであんなに騒がしく感じていた声が、なにも聞き取れなくなった。


 うそ、うそよ、どうして。


 馬車のすぐそばで、倒れているクラウド様。その頭からは赤い、赤い血が流れていて……。

 クラウド様が馬車に轢かれたのだと、ようやく頭がゆっくりと理解をしようとする。けど、身体は拒否反応を起こしたようで、激しい眩暈がした。


 そこで、ふと気付いてしまった。

 クラウド様は、私が下を向きながら考え事をしている間、何か言ってなかったかしら?


 そして、私の名を呼んで危ないといいながら、私のことを突き飛ばした。


 ____私のことを、庇ったのだ。


「わたしの、せい……?」


 どうしよう、私のせいだ。私のせいで、クラウド様が。

 息が、上手く吸えない。脳に酸素が回らなくて、頭がくらくらする。



 道の隅で蹲っている私に、一人の男性が近付いてきて声をかけてくれた。


「おい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」

「……だいじょうぶじゃ、ないわ、クラウド様が、クラウド様が……」

「……もしかして、お嬢ちゃんの連れなのか!?」


 男性が驚いたような声をあげる。私は金魚のように口をパクパクとさせて、なんとか呼吸するので精一杯だった。


 その時、私がよく知る声が段々と近付いてきた。


「アイリス様! 大丈夫ですか!?」

「……ケイン……」

「はい、ケインです。アイリス様、クラウド様のことは俺が……いえ、私が責任をもってしっかり公爵邸まで送り届けます。公爵邸には街医者よりも腕が良い医者がいるので、絶対に大丈夫です」

「……えぇ、ありがとう…………」


 半分ほどしか頭に入ってこなかったけれど、ケインの「大丈夫」という言葉が頼もしくてありがたくて、今日初めて涙が出た。



 ____そのあとの私も、ずっとその場から動けなくて。ただ運ばれていくクラウド様を、呆然と見届けることしかできなかった。


 ***


 それからどのくらい経ったのだろう。公爵邸からもう一度ケインが馬車を引いて迎えに来てくれて、気付いたら私は自室のソファに座っていた。


 コンコン、とノックの音が響く。


「入っていいわよ」と、なんとか口にすることができた。

 入ってきたのはセーラで、彼女は今にも泣きそうな、そんな顔をしていた。




「失礼いたします……。アイリス様、クラウド様のことで……お話が、ございます。クラウド様のお部屋までご同行願えますか……?」

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