二十八話 君を好きになった日
「……クラウド様も、私と同じだったんですね」
「あぁ。そして酒屋に入った時、カウンターで泣きながら大量の酒を飲み干している女性が目に入った。それがリリー、君だったんだよ」
……改めてあの日の自分の状態を口に出されると……本当に恥ずかしいわ。伯爵令嬢とは思えない振舞いをしてしまったのよね……。
「面白い女性だな、と思ってな。服は平民の物だったけれど、靴は綺麗だったし、何より手入れされた髪が美しいと思ったんだ。だから、きっとどこかの令嬢なんだろうなと」
「お、お話する前からわかっていたのですか!?」
「他の客はわかっていなかっただろうけど、公爵の俺からしたら丸わかりだったな。令嬢の雰囲気は服だけで誤魔化せないものだ。だから、ご令嬢がこんな夜中に一人で酔っ払っている姿に興味を惹かれた」
さ、最悪の第一印象すぎない……? 本当に、出会ったのがクラウド様でよかったわ。悪い人だったら最悪売り飛ばされたりしていたのかも……。
私が冷や汗をかいていることにクラウド様は気付いていないようで、まるで素敵な思い出を語るように話を続ける。
「隣の席が空いていたから話しかけてみたんだ。興味本位だった。そうしたら、『婚約破棄をされた、私は誰にも愛されない』だの、『白百合のようだって褒めてくれていたのに』だの言って更に泣き出してしまって……」
「……本当に最悪な酔っ払いですね……」
「はは、可愛いもんだろ。それで、話を聞くうちになんだか自分の境遇と似ているような気分になって、俺もつい、自分の話をしてしまった。……俺も、『黒薔薇公爵』と呼ばれて恐れられているんだって」
ごくり、と思わず喉を鳴らしてしまった。いよいよ本題に入るんだなと察することができたから。
なんだか、緊張する、一体私は何を言ったのだろう……?
「……そしたら、君は言ったんだ。『黒薔薇を怖がるなんてひどいわ』と……」
「そ、そんな失礼な事を申し上げたのですか!?」
「失礼なんかじゃないさ。そのあとに、君は教えてくれたんだよ。『黒薔薇の花言葉は確かに怖い意味もあるけれど、【永遠の愛】や【決して滅びることのない愛】という素敵な意味もあるのよ』って……」
そう言って穏やかに微笑むクラウド様に、思わず私は拍子抜けしてしまった。
そ、それだけ……? 黒薔薇の花言葉なんて、花に詳しい人なら知ってる人も多いでしょうに……。
「それが理由で、クラウド様は私のことを好きになってくださったのですか?」
「……いや、これはきっかけだな。その後に君は、俺の人生を変えてくれるような、本当に嬉しいことを教えてくれたんだ」
「え? な、何ですか?」
また私、失礼な事を言ってしまったのでは……? そもそも公爵に対して敬語も使わず説教じみたことを話すなんて、本当に無礼すぎないかしら、私……!
一体私はどんなことを言ったのかが気になって、続きを催促する。けれど、クラウド様はゆっくりと首を横に振った。
「……この先は、まだ俺だけの秘密にさせてくれ。いつの日か、リリーがこの言葉をもう一度言ってくれた日が来たとすれば……その時俺は、本当にリリーに愛されているのだと心から実感することができると思うから」
「…………なんだか、ずるいです」
「はは。許してくれ。俺だって悔しいんだ。俺はこんなにリリーのことを愛しているのに、リリーはまだその半分くらいしか俺のことを想ってくれていない気がして……」
寂しそうに笑うクラウド様の言葉を聞いて、私はハッとした。
確かに、私はクラウド様に一度も「愛してる」と言ったことがない。
……けれど、今クラウド様に「愛してる」というのも、少し変な気がした。確かに愛はあるはずなのに、ここで言ったらなんだか嘘くさくなってしまうというか……。
そう思うとなんだか急に申し訳なさが襲ってきて、何を言ったらいいかわからなくなってしまった。
「……クラウド様……その……」
「いいんだ、リリーの気持ちはわかっている。まだ人を愛することが怖いという気持ちがあることも……。だから、いつか本当に俺のことを愛していると思える日が来たら、教えてくれないか。そしてもう一度、酒屋で教えてくれたあの言葉を言ってほしい」
____クラウド様には、なんでもお見通しなのだわ。本当に、この人には敵わない。
「……私、結婚したのがクラウド様でよかったです。心からそう思っています。だから……私が申し上げた言葉を早く思い出せるよう、私も頑張りますね」
「頑張らなくていいんだ。リリーはリリーのまま、自然にしてくれていればいい。酔っ払っている時に出る言葉は本心だと言うしな。……今日はもう、眠ろうか」
「はい、そうですね。おやすみなさい、クラウド様」
「あぁ、おやすみ。……新婚旅行最後の夜だ、良い夢を一緒にみよう」
そう言ってクラウド様は、私のことを優しく抱き寄せてくれた。
私はクラウド様に少しの罪悪感を抱きながらも、早くクラウド様に申し上げた言葉を思い出せますように、と静かに祈ったのだった。




