二十七話 ルビーの瞳に映るのは
すべてが終わった、その日の夜。
私は、クラウド様の寝室に来ていた。クラウド様のベッドで腕枕をされながら、私たちは顔を見合わせて、静かに横になっている。
これは、所謂そういうことをするため……ではない。誘拐されて怪我をした私を心配してくれたクラウド様による配慮だ。その心遣いがありがたい。
正直に言って、心の整理ができていない中、そんなことをする気にはとてもなれなかった。
「……やはり、傷が痛むか?」
黙って手首の傷を眺めていると、クラウド様は私が傷を痛がっていると勘違いしたようだ。心の底から心配したような、そして少し怒っているような声色で私に問いかけてきた。
「いえ……昨日と今日は、本当に色々あったなと思い返していただけなのです。このくらいの傷、なんともありませんわ」
「……アイリスは、本当に強くなったな」
「ふふ、ありがとうございます。でも、そんなことありませんよ。殺されそうになった時、本当は怖くて堪りませんでしたし……いえ、本当は、今も震えが止まらないんです」
「……すまなかった。助けるのが遅くなってしまって……」
「いいんです。むしろ、あんなタイミングで助けに来てくださるなんて、ヒーローみたいでしたわ」
私がクスッと笑うと、クラウド様が少しだけほっとしたように表情を緩める。
そんなクラウド様の様子を見て、私の震えも少しだけ落ち着いた。
「……ただ、メアリーに対する処罰は……これで良かったのかと、まだ迷いはあります。本当はもっと重い処罰を与えるべきだったのかもしれない……と」
「…………」
クラウド様が真剣な面持ちで話を聞いてくださっている。私も、クラウド様に答えるように本音で応える。
「ですが、後悔はありません。後ろを振り返ることもいたしません。私は私のまま、前に進みます」
「……本当に、出会った時とは別人のようだな。まぁ、やっぱり処罰が甘すぎる気もするが……リリーが決めたことだ。これ以上口出しはしない」
「ありがとうございます。私の意思を尊重してくださって……本当に嬉しかったです」
「当然だろ? 俺はリリーの夫なのだから」
そう言って、クラウド様が私の髪をサラリと撫でる。なんだかくすぐったい。
それからクラウド様が私の髪を耳にかけて、耳たぶをゆっくり触って来た。
……なんだか、ちょっとだけ、ほんの少しだけ……頬が熱くなって、変な気分になってしまう。
だが、クラウド様はそんな私の様子には気付いていないようで、穏やかな笑みで口を開いた。
「イヤリング……返してもらえて、良かったな。もし良ければ、今からつけてみてくれないか? きっと、リリーに似合うと思うんだ」
「は、はい。では……その、せっかくなのでクラウド様がつけてくださいませんか?」
「……俺でよければ、喜んで」
クラウド様はそう言って、私の手からイヤリングを優しく受け取る。そして、右耳からゆっくりと、愛おしむようにイヤリングをつけてくれた。
「思った通り、リリーにピッタリだ。君の祖母は、見る目がある人だったんだな」
「……私も、見てみたいです。鏡を貸していただいても良いですか?」
「あぁ、もちろん」
クラウド様が手鏡を手渡してくれる。私はそれを、ドキドキする胸を手で抑えながらおそるおそる覗き込んだ。
____そこに、映っていたのは……
「…………すごく、綺麗……」
……何年も昔、お祖母様に初めてこのイヤリングをつけてもらった時の感動が蘇る。
まさかもう一度このイヤリングをつけることが出来る日が来るなんて思っていなかった。
思わず涙が出そうになるのを必死でこらえていると、クラウド様が嬉しそうに声をかけてくれた。
「あぁ、リリーの宝石のような赤い瞳にそっくりなルビーが輝いていて、リリーの美しさをよく引き出している」
私はイヤリングを見て綺麗と言ったのに、クラウド様は私のことを褒めてくださる。それがとても嬉しくて、なんだかすごく恥ずかしい。
「ほ、褒めすぎです…………!」
「本当のことだ。……綺麗だよ、リリー」
そう言って、クラウド様がそっと唇を重ねてきた。突然のキスに驚いて、じわじわと顔に熱が集まってくるのがわかる。
「今日はこれより先のことはしないが……キスくらいはいいだろう? 今日が新婚旅行最後の夜なんだから、許してくれ」
「……仕方ありませんね」
本当は満更でもないけれど、なんだか素直になるのは恥ずかしくって……つい、可愛げのない言葉を発してしまう。
でも、クラウド様にはそんな私の心もお見通しなのか、心底嬉しそうに笑ってから私を抱き寄せた。
そこでふと、結婚して初めての夜にクラウド様が言っていたことを思い出す。
「そういえば……クラウド様と初めて会った酒屋で、私は一体どんなことを申し上げたのですか? 新婚旅行の時に教えてくれると仰っていましたが……」
「あぁ、そうだったな。色々ありすぎて、すっかり頭から抜けていた……」
……やっぱり、クラウド様は少しだけおっちょこちょいな一面がある。そこもまた、お茶目で可愛らしいし、支え甲斐があるのだけれど。
クラウド様は懐かしむような表情をしながら、私をじっ……と静かに見つめながら口を開いた。
「そうだな、あの時の俺は……リリーと同じように、自分の境遇が嫌になってしまったんだ。けれど、ただ家でワインを飲むのもつまらないから、街に出て安酒でも煽ろうと思っていた……そんな日のことだった」




