二十六話 すべてが終わった、その後で
メアリーの断罪はこれで終わった。
ならば、次は…………。
私はゆっくりと、馬車の隅で縮こまっているカルヴィン様に視線を向けた。すると、カルヴィン様は何を勘違いしたのか、先程よりも血の通っている唇を大きく開いた。
「アイリス、やっぱり君は優しい人だ! そんな君だから、僕は君を愛しているんだよ。きっと僕のことも、メアリーのように許してくれるのだろう? あぁ、アイリス……やっぱり君は女神のように美しい人だ!!」
一方的に捲し立てながらうっとりとした表情を浮かべるカルヴィン様に、私は思わず呆れて言葉もでなかった。……いいえ、こんな男、呆れるほどの価値もない。
「カルヴィン様……いえ、モールディング侯爵子息」
「なんだい、愛しいアイリス?」
「私はあなたのことを絶対に許しません。そして、あなたの今後の人生に興味もありません。あなたの処罰は、国に任せます」
不思議なくらい、なんの感情も湧かなかった。そのくらい、私はもうカルヴィン様に未練も感情もない。
「な、なにを言って……? そんな……嘘だろ、アイリス……僕は君を愛していたし、君だって僕のことが好きだっただろう!?」
「そんな昔の話、もう覚えていませんわ。私の夫はクラウド様ただ一人です。それに……いつまで私を名前で呼ぶつもりかしら? 立場を弁えていただかないと困ります、モールディング侯爵子息」
「…………嘘だ嘘だ嘘だ! こんなの、悪い夢に決まってる……。だって、僕達は真実の愛で結ばれているはずで……アイリスは僕の妻になるはずで……。僕は一体、どこで何を間違えたんだ……? どうして、こんなことに……」
カルヴィン様が、へなへなと崩れ落ちる。
この人のことなんて正直どうでもいいけれど、これを機に自分の犯した罪を自覚することね。
「この男を連れていけ!!」
突然、クラウド様が馬車の外に向かって叫びだした。その直後、兵士たちが茂みから飛び出してきて、カルヴィン様を強引に馬車の外へ引きずりおろす。
「なんだ!? お前ら、何をする、やめろ!! 僕はモールディング侯爵家の子息だぞ!?」
「何を勘違いしているのか知らないが、俺は公爵でリリーは公爵夫人だ。衛兵、さっさとこの男を連行しろ! 抵抗するようなら手荒でも構わない」
クラウド様の命令で、兵士たちがカルヴィン様を取り押さえる。カルヴィン様は手足をばたつかせながら抵抗していたけれど、鍛え上げられた兵士たちに敵うはずもない。
「アイリス! 待ってくれ! 最後に僕を好きだといってくれ!!」
そう叫んでいる声が聞こえたけれど、私は振り返ることもしなかった。きっと、それがカルヴィン様にとって一番の罰になると思ったから。
「……はぁ。お姉さまも私も、あんな馬鹿な男と婚約していたんですね……」
ようやく落ち着いてきたらしいメアリーが、心底呆れたように呟いた。私は思わず苦笑しそうになる。本当に、なんであんな男を好きになってしまったのかしら。
カルヴィン様の処罰がどうなるかはわからないけれど……まぁ、終身刑か処刑が妥当でしょうね。あの男にはそれくらいの制裁がないと割に合わないわ。
「……私も、そろそろ行きますわ。カルヴィン様のように無理矢理連行されたくないから、自分の足で歩きますけれど」
「そうね、そうしてちょうだい」
メアリーがようやく立ち上がる。それから、私の方へ向き直ってから、泣き腫らした顔で小さく笑った。
「お姉さま、手を出してくださる?」
「……どうして?」
「いやですね、今更警戒したってなにもしませんよ。グレンウィル公爵もいることですしね」
そう言って、メアリーは髪を耳にかける。それから、イヤリングを丁寧に外して私に差し出した。
私はそれを戸惑いながらも受け取ると、メアリーは悔しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「これ、お姉さまに返します。……悔しいけれど、お姉さまの方が私よりも似合っていましたから」
「…………そう」
「……来世ではお互い、もっとマシな親の元に生まれてこれたらいいですね。それでは」
……それだけ言い残して、メアリーは馬車を降りてから、兵士たちと共に歩いて行った。
しばらく経って、馬車の周りには私とクラウド様の二人だけになっていた。どうやら御者も知らない間に連行されていたらしい。流石、仕事が早いわね。
静かになった森の中で、川のせせらぎと鳥の鳴き声だけが響いている。とても、穏やかだわ。
それと同時に、やっと終わったのだと実感して、なんだか一気に体の力が抜けてしまった。
倒れ込みそうになった私をクラウド様が優しく支えてくれて、とても落ち着いた声色で「お疲れ。よく頑張ったな」と労ってくださった。私はその言葉を聞いて、ようやく張り詰めていた心の糸が緩んだのを感じると共に、自然と一筋の涙が零れた。
「私……ちゃんと公爵夫人として振る舞えていましたか?」
「あぁ。すごく立派だった。流石は俺の妻だ……まぁ、妹に対して少し甘すぎる気もするがな。でもそこも、リリーらしい」
「ふふ、ありがとうございます」
クラウド様に褒めていただけるだけで、心が温かくなる。私を愛おしそうに見つめるガーネットのような瞳に吸い込まれそうになりながら、そっとクラウド様に寄りかかった。
「クラウド様……私、ご褒美が欲しいです」
「リリーが望むなら、なんだって用意するよ。何がほしいんだ?」
「……クラウド様って案外鈍感なんですね」
そう言って、私は静かに目を瞑る。それからほんの少しだけ唇をクラウド様の方へ突き出した。目を瞑っているせいでクラウド様がどんな表情をしているのかわからないけれど、きっと動揺されているのだろう。「えっ」だの「まさか……」だの、慌てたような独り言が聞こえてきた。
「リリー……その、本当にご褒美がこれでいいのか?」
「はい。これがいいのです」
「……君はまたそうやって……。……わかった、なら、目を瞑って……」
もうずっと目を瞑っているのですけれども、一体クラウド様はどれほど緊張されているのかしら。
でも、そんなところもなんだか可愛らしくて、素敵だわ。
頬に手が添えられる。それからゆっくりと、唇に柔らかいものが押し当てられたのがわかった。
数秒経って唇が離れたのを確認したところで、ゆっくりと目を開ける。目の前で、真っ赤な顔をしたクラウド様が笑っていた。
その幸せそうな表情を見て、思わず私も笑顔になってしまったのだった。
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