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二十三話 すべては『愛』のために

 清らかな川のせせらぎの音に、メアリーの穏やかで鈴のような声が重なる。

 本来なら美しいハーモニーとなるはずのそれが、私には酷い不協和音に聴こえた。


「消えるって……どういうことなの?」

「そのままの意味ですよ。これから私たちは花畑を見にいくため馬車で移動してる最中に、不運にも事故に遭ってしまうんです。これでもわかりませんか?」

「まさか……」

「……あはっ、まぁ……命を落としてしまうのはお姉さまだけなんですけどね。そのための拘束なんですから」


 子守歌のような、メアリーの優しい声。なのに発されている言葉はとても残酷で、そのミスマッチさが逆に無邪気な子供のように思えた。


「……メアリー、あなた……自分が何を言っているかわかっているの……? そんなことしたら、あなた達もただでは済まないのよ……!?」


 思わず声が震える。それが怒りなのか恐怖なのか、あるいは両方なのか……私にはわからなかった。

 メアリーが退屈そうにあくびをしながら答える。


「わかっていないのはお姉さまの方でしょう? ここはモールディング侯爵家の馬車の中なんですよ?」

「……それが、どうしたの」

「あはは、本当にわからないんですか? あのね、例え真犯人が私とカルヴィン様だったとしても、簡単に隠蔽できちゃうってことです。まぁ、私もカルヴィン様も、多少のケガを負うことは避けられないでしょうけれど……」


 その直後、メアリーの表情から笑みが消えた。カルヴィン様は、ただひたすらに私だけを見ている。

 ____この子は、いや……この人達は、本気だ。


 まるでミステリー小説のようなワンシーン。でも、手首と足首をじんじん絞めつける痛みが、この状況を確かな現実世界なのだと突きつけてくる。


「本当は、クラウド様もいつもみたいに奪って終わるつもりでした。それこそ、このイヤリングみたいに」


 メアリーが髪を耳にかける。美しくカットされたルビーがキラリと輝いた。


「……でも、お姉さまとクラウド様が伯爵家に来た時、わかっちゃったんです。あの人は、お姉さましか見ていない。だから、お姉さまがいる限りは奪えないって……」

「…………」

「けどね、それじゃ困っちゃうんです。お姉さまが公爵夫人である限り、お母さまたちは私を見てくれない……だったら、もうこうするしかないじゃないですか」


 そう言って、メアリーはまるで子供のように頬を膨らませた。

 私は声が震えないように深く息を吸ってから、気になっていたことを問いかけた。


「メアリー、あなたの動機はわかったわ。……でも、カルヴィン様までこの犯行に加担しているのはなぜですか?」

「あぁ、アイリス! また僕に話しかけてくれたんだね、嬉しいよ。メアリーとばかり喋っていたから、僕のことが視界に入っていないのかと……」

「質問に答えてくださいませ。カルヴィン様、あなたはなぜこんなことを?」


 私の問いかけに対し、カルヴィン様は照れくさそうに笑った。まるで、初めて会ったあの日のように。


「僕はね、真実の愛にようやく気付けたんだよ。中々『好き』と言ってくれない君の態度に不安になって、一時期はメアリーに気持ちを預けてしまったんだけど……。メアリーから君が黒薔薇公爵と結婚したと聞いて、僕はショックを受けたんだよ。そこで初めて、僕が本当に愛していたのはアイリスだってことを知ることができたんだ!」


 ……一体この人は、何を言っているの?

 真実の愛とでもいえば、メアリーとのことはなかったことにできると思っているのかしら。婚約破棄までしておいて……。

 浮気男の思考回路には着いていけない。それに、それなら余計に疑問に思ってしまう。


「……その『真実の愛』とやらが、どうして今回の誘拐に繋がるんですか?」

「簡単な話さ。君はもう黒薔薇公爵に囚われてしまった……それなら、僕の手で君を楽にしてあげようと思ったんだ。僕はアイリスのことを愛しているからね」

「そんな……そんなわけのわからない理由で、私を殺すおつもりなのですか!?」


 ____衝動的に『殺す』という言葉を口にして、思わず背筋がゾッとした。

 そうだ、私は殺されようとしている。この二人の「愛」という身勝手な理由のために。


 そして同時に、私は恐怖とは全く別の感情を抱き始めていた。

 だって、この人達は、とても____


「……かわいそうな人……」

「…………は?」


 私の呟きに、メアリーがカッと目を見開いた。


「かわいそう? この私が? かわいそうなのはどう考えてもお姉さまの方でしょう!? だって、ずっと見下していた妹にこれから殺されるんだもの!!」


 メアリーが声を荒げる。彼女がここまで感情を露にすることなんて、今までにあっただろうか。


「私はあなたを見下したことなんて一度もないわ」

「嘘よ! だって私はお姉さまみたいに綺麗なカーテシーなんて習ってないし、静かに椅子に座ることも、音を立てずにカップを置くことすらできないんだもの! そんな私のことを、ずっと馬鹿な子だって思っていたんでしょう!?」

「それは____」

「もう、いい、もういいの! お姉さまはもう喋らないで!!」


 髪を振り乱したメアリーが、私の口を強く塞いだ。それから、カルヴィン様に目線を送る。

 カルヴィン様が、縄を持って私に近付く、それからゆっくりと私の首にそれを巻いて、ぎゅっと絞めあげた。


 息が、できない。


「お姉さま…………さようなら」


 メアリーのその言葉を合図に、カルヴィン様の力が強くなるのがわかった。気道が確保できなくて、頭に酸素が回らなくなる。


 あぁ、私、本当に死ぬの? こんなところで?

 ____そんなの、絶対に嫌!


 私が心の中でそう叫んだ瞬間。

 ガシャン!!と、勢いよくガラスが割れる音がした。

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