二十一話 二人きり
____翌日の昼。
私はまた、クラウド様と花畑で昼食をとっていた。
空気も美味しくて、とても気持ちの良い青空。なのに、気分はどこか重い。
口数の少ない私を心配してくれたのか、クラウド様が声をかけてくれた。
「緊張しているのか?」
「……クラウド様には、なんでもお見通しなんですね」
「いつもリリーのことを見ているんだ。変化に気付くのは当たり前だろう」
そう言って、少し冗談めかした風に笑ってくださった。私の緊張をほぐそうとしてくれているんだわ。
その心遣いが嬉しくて、温かくて、なんだか少し痛かった。
「……本当は、君を行かせたくはない。だが、君が決めたことなら俺は見守るって決めたんだ。それに……リリーのことは、何があっても俺が守る。だから、安心していっておいで」
「はい。ありがとうございます。……そろそろお茶会の準備をしなければなりませんね。名残惜しいですが、別荘に戻りましょうか」
いつもより足取りが重い。でも、クラウド様がエスコートしてくださったおかげで、なんとか前に進むことができた。
今日できっと、何かが変わる。そんな確かな予感があった。
***
「お姉さま、本日は私のお願いを聞いてくださり、ありがとうございます」
「……お願い? 脅迫の間違いではなくて?」
「あら、人聞きの悪いことを言わないでくださいませ。それでは、今日はよろしくお願いいたしますわ、グレンウィル公爵夫人」
そう言って、メアリーは少し不格好なカーテシーを披露してくれた。その動作はどこかぎこちなかったけれど、笑顔はいつも通り完璧な淑女だった。
それにしても私のことを公爵夫人と呼ぶなんて……本当に一体、何が目的なの?
「座ってちょうだい」
「はい、ありがとうございます! こんなに素敵なお庭でお姉さまとお話しできるなんて、とってもうれしいですわ」
メアリーは穏やかに笑ってから、ガタッという音を立てながら私の正面に座った。
「セーラ、お茶を淹れてくれるかしら?」
「はい、もちろんです。本日はレインフォード伯爵家でよく淹れていたお茶をご用意させていただきました。そちらの方が、お二人とも気兼ねなく話せると思いまして……」
そう言ってセーラが淹れてくれたお茶は、私が一番好きなお茶だった。セーラの気遣いで、少しだけ緊張が解れるのがわかる。
カップを手に取ってゆっくり一口飲むと、胸がじんわりと温まった。うん、美味しい。
「あはは、よかったです。毒は盛られてないんですね!」
「失礼なこと言わないで」
「あら、怒らせちゃいましたか? 昨日お姉さまが警戒していたことをお返ししただけですのに……ね?」
メアリーは何が楽しいのかクスクスと笑ってから、私に続いてお茶をコクコクと飲んでから、カチャンとカップをソーサーに置いた。
……申し訳ないけど、お義母さまの所作とは大違いね。
「それで、あなたが話したかったことって何?」
「……簡単な話ですよ。お姉さま、クラウド様とは離縁して、カルヴィン様と再婚してくださいませんか?」
メアリーの口から出てきた信じられない言葉に、私は思わずむせそうになる。
「メアリー、あなた……自分が何を言っているかわかっているの?」
「わかっていますよ。当たり前でしょう?」
「……あなたはカルヴィン様のことが好きなんじゃなかったの? だから、私の婚約を破棄させてまでカルヴィン様と婚約したんじゃないの?」
ずっと気になっていた疑問をメアリーにぶつける。動揺している私とは対照的に、メアリーは貼りつけたような笑みを崩さない。
「やだなぁ。違いますよ。私は、お姉さまのものが欲しいだけなんです。でも、お姉さまはカルヴィン様じゃなくてクラウド様を選んだでしょう? だったら今度は……ね?」
そう楽しそうに話しながら、メアリーが長い髪を耳にかける。その瞬間、赤色のイヤリングがキラリと光を反射して輝いた。
「そのイヤリング……」
「わぁ、覚えていたんですね! はい、お姉さまが昔大事にしていたイヤリングです。中々似合っていると思いませんか?」
間違いない、あれは、祖母が生きていた時に譲ってくれたイヤリングだ。それなのに、メアリーが欲しいと駄々をこね、両親から「譲りなさい」と怒られて、泣く泣く手放したもの。
可愛らしい美少女のメアリーに、大人っぽいデザインのイヤリングは正直アンバランスに見えたけれど……それは、私があのイヤリングにまだ未練があるからだろうか。
カップを持つ手が震える。メアリーはそんな私に気付いているのだろうけど、淡々と話を続けてきた。
「それで……譲ってくれませんか? クラウド様のこと……」
お得意の上目遣い。きっと、昔の私なら……クラウド様に出会う前の私なら、諦めてしまっていたかもしれない。
でも、今はもう違う。
「無理よ。クラウド様は私の夫なの。あなたに譲る気はないわ」
はっきりと言い切った。メアリーの表情が曇る。今日ずっと笑顔だったメアリーが、初めて見せた不機嫌そうな表情だった。
「そうですか……残念です。……っきゃあ!!」
メアリーは心底悲しそうにそう呟いた後、ガチャ、とお茶をテーブルの上に零した。
「すみません、零してしまいました。ねぇ、そこのあなた……拭く物を持ってきて?」
「え、でも……」
メアリーがセーラに話しかける。セーラは困ったように眉を下げて、私の方をみた。
それにしても、メアリーはセーラのことを覚えていないのね。本当に呆れてしまう。
「……セーラ、お願いできるかしら? 私なら大丈夫だから」
「っ、すぐに戻ります!」
セーラが早歩きで別荘の中へ入っていく。
その直後、メアリーが嬉しそうに……いや、うっとりとした笑顔でこう告げた。
「やっと二人きりになれましたね。まぁ……このあとすぐに三人になるのですけれど」
「……どういうこと?」
「そのままの意味ですわ。ね、カルヴィン様……」
「!?」
そう言ったメアリーの視線を辿るように、バッと後ろを振り返った。そこにいたのは……紛れもないカルヴィン様ご本人。
____なぜ? どうしてここに? もしかして、ずっと近くで見張っていたの?
そう聞きたかったけれど、今はとにかく逃げなければ危ない……そんな予感がして、慌てて立ち上がる。
「クラウド様……! セーラ! たすけっ……」
「無駄だよ、アイリス」
「っんん……!」
カルヴィン様に無理矢理布で口を塞がれて、助けを呼べなくされてしまう。そのままカルヴィン様は私を強引に抱きかかえたかと思うと、テラスのすぐ傍に止められていたモールディング侯爵家の馬車の中に押し込まれてしまった。
もちろん抵抗しようと思ったけれど、あの布を口にあてられてから、力が抜けて上手く抵抗ができなかった。多分、なんらかの薬が盛られているのだろう。意識が朦朧としてくる。
遅れてやって来たメアリーによって、ガチャン、と馬車の扉が閉められた。それからゆっくりと馬車が動き出す。
「おやすみなさい。お姉さま。……最後くらい素敵な夢を見れるといいですね」
____メアリーの子守歌のような優しい言葉が聞こえてきたのを最後に、私は意識を失った。




