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二十話 隣に立ちたい

「お願い……?」

「はい、一つだけ。私からの最後のお願いですわ」


 メアリーが天使のように優しく微笑みながら語りかけてくる。それも、不気味なくらいに静かに。

 なんだか嫌な予感がした。


「悪いけど、私はもうあなたと関わるつもりはないの」

「……もしお姉さまがお願いを聞いてくださるのなら、クラウド様のことは諦めますわ。それでもだめですか?」

「…………メアリー、あなたって本当に……」


 ずるい子だわ、と言いかけてやめた。それを言ってしまったら、なんだか私までずるい人間になってしまうような気がしたから。

 それにしても、さっきまでクラウド様にあんなに執着していたように見えたのに、この変わり様は一体どういうことなのかしら……?


「…………いいわ、聞きましょう。お願いってなにかしら?」

「やだ、そんなに警戒しないでくださいよ~! 簡単なことです。私と二人きりで『お茶会』をしてほしいのです」

「……お茶会?」


 予想もしていなかった提案に、思わず眉を顰める。メアリーはそんな私の様子を見ながらクスクスと笑って話を続けた。


「はい。だって、今までお姉さまで二人でお茶を飲んだことなんて、なかったでしょう?」

「それは……そうかもしれないけれど……。なぜ今更?」

「単純な話ですわ。私、お姉さまとちゃんとお話がしたいのです。お姉さまだって、私に言いたいことがあるのでしょう?」


 メアリーは穏やかな笑顔を崩さない。

 カルヴィン様は、私たちの会話を黙って聞いている。そして、クラウド様も。


「……わかったわ。あなたのお願いを受け入れます」

「あら、ありがとうございます! 流石は優しいお姉さまですわね!」

「ただし、条件があるわ。お茶会の場所はグレンウィル家の別荘であること。そして、お茶を淹れる係は私の侍女であるセーラが担当すること。この二つの条件をのめないのなら、あなたと話すことはないわ」


 毅然とした態度でそう告げる。しかし、メアリーは何が面白いのか小さく笑い声を漏らしてから、ゆっくりと口を開いた。


「っあはは、お姉さまったら、私がお茶に毒を盛るとでも思っているんですか? そんなことはしませんから安心してくださいませ」

「……条件を飲むかどうかを聞いているのよ」

「いいですよ、お姉さまの言った通りにいたします。その代わり……日時は私が指定してもよろしいですか?」


 ……一体メアリーは、何を考えているのかしら? 全く考えが読めない。両親から愛されて育ったこの子に対して嫉妬をしたことはあったけれど、この子の笑顔がなんだか怖いと感じたのは初めてのことだった。

 もしかすると、クラウド様への誘いはあくまでもこの()()をするための演技……だったのかもしれない。


「……わかったわ。いつがいいの?」

「そうですね……。では、明日の十四時はいかがでしょう? 私、今日はモールディング侯爵邸でお世話になる予定ですから、モールディング家の馬車で送っていただきますわ。お姉さまもカルヴィン様も、それでよろしいですか?」

「あぁ、構わない」

「……私も構いません」


 カルヴィン様が静かに頷く。私も、それに続いて了承した。

 私たちの返事を確認したメアリーは、顔をパッと明るくさせてパチンと手を叩いた。


「決まりですわね! では、明日を楽しみにしていますからね」

「えぇ。それでは、今度こそ失礼するわ。……クラウド様、お待たせして申し訳ございません。今日はもう別荘に帰りましょう」

「あぁ。馬車に戻ろうか。ゆっくりでいいからな」


 クラウド様が私に手を差し出す。私は震える手でクラウド様の手を取った。……温かい。


 馬車に戻ると、中で待機してくれていたセーラが心配そうに声をかけてきた。


「アイリス様、私の見間違いでなければ、先程お話してらっしゃったのは……」

「えぇ。メアリーとカルヴィン様よ」

「やっぱり……! あの二人、アイリス様にまたなにか失礼なことを言ったのではないですか!?」


 セーラが憤りながら私に問いかけてきた。自分の代わりに怒ってくれる人がいるというだけで、こんなにも安心するものなのね。


「私は大丈夫よ。明日、メアリーと二人でお茶会をすることになっただけだから……」

「えぇ!? メアリー様とお二人で!?」

「そうよ。セーラ、あなたには私の侍女として側にいてほしいのだけど……頼めるかしら?」

「も、もちろんです! アイリス様のことは、絶対に守りますからね!」

「ふふ、頼りにしてるわ」


 元気なセーラと話しているうちに、凍てついていた心がどんどん溶けていくような気持ちになる。セーラが今も私の側にいてくれてよかった。それも、クラウド様のおかげなのだけれども。


「……本当に大丈夫なのか? 不安なら、バレないように俺が近くで見張ることもできるんだぞ」

「いいえ、クラウド様。それでは意味がありません。メアリーは、私との対話を望んでいます。あの子のことは正直、今でもよくわからないですが……だからこそ、諦めたり逃げたりしないで、正々堂々向き合いたいのです」


 もしかしたら、声が震えていたかもしれない。でも、これが私の正直な気持ちだ。クラウド様のお心遣いを断るのは、とても心苦しいけれど……。


「そうか。それなら俺は、リリーの意志を尊重して部屋で待機していることにする。だが……もしなにかあったら、必ず俺がリリーを助けに行く。それだけは、忘れないでくれ」

「ありがとうございます、そのお言葉だけで充分です」


 私の返事を聞いたクラウド様は、優しく私の頭を撫でてくれた。心がじんわりと温かくなる。

 クラウド様はきっと見抜いているのだろう。私の中の恐怖を。それでも、信じて待っていてくれるのだ。

 本当に、強くて優しい方。


 ***


 別荘に戻った後、私達はいつものように二人で話しながら夕食を食べた。新婚旅行だからと、調理人が張り切ってフルコースを用意してくれたのだ。とても美味しくて、幸せな時間だった。


 夜は別々の部屋で寝た。クラウド様の側にいると、弱音を吐いてしまいそうだったから。

 きっとクラウド様はそんな私も受け入れてくれただろうけど、それでは意味がない。私はクラウド様に守られるだけじゃなくて、ちゃんと自分で戦えるようになりたい。


 ____クラウド様の後ろじゃなくて、隣に立てる私でありたい。


 そんなことを考えながら、眠りに着いたのだった。

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