十九話 最後のお願い
迂闊だった。カルヴィン様がここにいるということは、その婚約者であるメアリーが一緒にいても何もおかしくないんだわ。私はここに連れてきてもらったことなかったけれど、メアリーはこんなにすぐに連れてくるのね。
いや、もしかしたら私と婚約している時からきていたのかもしれない。私が知らなかっただけで……。まぁ、もうどうでもいいけれど。
「……メアリー、あなたも来ていたのね」
クラウド様を見つめながら目を輝かせているメアリーに呆れながら、声をかける。
「はい、カルヴィン様に連れてきてもらったんです! それにしても、こんなところでクラウド様に出会えるなんて思っていませんでした……♡ よろしければ、この後モールディング侯爵邸に来てくださいませんか? 精一杯おもてなしいたしますから!」
「メ、メアリー、流石にそれは……」
ありえないメアリーの提案に、呆れて私は何も言えなかった。本当に、この子は何を言っているの?
そもそもまだメアリーとかカルヴィン様は婚約者であって、メアリーがモールディング侯爵邸にお客様を招待できる権限なんてない。
第一、自分よりも遥かに地位の高い公爵閣下に招待状もなしにそんな提案をするなんて……失礼なこと極まりないわ。
流石のカルヴィン様にもメアリーの発言には焦ったようで、慌てた様子でメアリーの腕を掴もうとする。しかし、メアリーはそれを避けながら、クラウド様の目の前までパタパタと走ってきた。
「お姉さまなんかと過ごすより、私と過ごした方が絶対に楽しいお時間を過ごせますよ! お母さまもお父さまも、そう言っていたもの!」
そう言って、メアリーはお得意の上目遣いでクラウド様を見つめる。もう彼女の目には、私やカルヴィン様は映っていないのだろう。
私から婚約者を奪っておいて、また私からクラウド様を奪おうとしているの?
カルヴィン様のことは、もうどうでもいい。これまで奪われたネックレスも祖母の形見のイヤリングもドレスも、今更取り返せるなんて思ってない。
でも、クラウド様を奪おうとするのだけは絶対に許すわけにはいかない。
「メアリー。あなたが誘っている男性は、誰の夫だと思っているの? それに、あなたにはカルヴィン様がいるでしょう」
「そんなことわかってますよ~? だから私はただ、お茶会に誘っているだけですわ。お姉さまったら、案外心が狭いのね。私だったら、クラウド様をそんな風に束縛なんてしませんけれど……」
そう勝ち誇ったような笑みを浮かべた後、再びクラウド様の方を見つめてからクラウド様の手を勝手に握った。
____その瞬間。ずっと黙って見守っていてくれていたクラウド様が動いた。
メアリーの手を勢いよく跳ね除ける。その瞳からは軽蔑が感じられる。
そして静かに、けれど確かな怒りを感じさせる声でメアリーに告げた。
「お前はいつまで私の妻を侮辱するつもりだ? 言っただろう、もう二度とリリーには近付くなど」
「ク、クラウド様……? ですが、私もクラウド様とお話をしたくて……」
「それから、その馴れ馴れしい呼び名もやめろ。俺の名を呼んでいいのは、愛するリリーただ一人だけだと決まっている。そもそも婚約者がいる身で他の男を誘うなど、自分がどれだけ恥ずかしいことをしているのかわかっているのか?」
「そ、それは……」
口籠ってしまったメアリーを見て、クラウド様は深いため息を吐きながら、メアリーを置いて歩き始めた。
それから後ろを振り返ったかと思うと、いつもの穏やかな表情で「リリー。少し早いが、別荘に戻ろうか」と私に声をかけた。
「はい、クラウド様。では、私も失礼いたします」
「ま、待ってくれアイリス!」
「……モールディング侯爵子息、あなたと話すことはございませんわ。そして、私のことはグレンウィル公爵夫人と呼んでくださいませ。それでは」
引き留めてくるカルヴィン様にそう告げて、私もクラウド様の元へ向かおうとする。
その時だった。
「……待ってくださいませ、お姉さま。最後に私のお願いを聞いてくださる?」
先程とは明らかに違う雰囲気を纏ったメアリーが、静かに私に問いかけてきたのだった。




