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十五話 『黒薔薇公爵』

「……父を亡くしてからの俺は、とにかく必死だった。俺の代で、グレンウィル公爵家が没落するなんてことは決してあってはならないからだ。だが、とにかくあの頃の俺は精神的に若くて……人に優しくする余裕なんて、とてもじゃないがなかった」

「……仕方がないことだと思います。それくらい大変な立場ですもの」


 私の言葉に、クラウド様は自嘲的な笑みを浮かべる。


「ありがとう。でも、俺は元々取っつきにくい見た目をしているからな。こんな容姿をしているのに、態度も悪かったら当たり前だが人々から恐れられるようになる。そうして二十になる頃には、俺に近付く人間はほとんどいなくなっていた」

「それが『黒薔薇公爵』と呼ばれるようになった理由……ですか?」

「…………いや、そうじゃない」


 クラウド様がゆっくりと目を伏せる。きっと、これから話すことは彼にとって辛いことなんだろうと、表情から察してしまった。それでも、クラウド様は話を続けてくれた。


「ある日、大勢の貴族たちが招待されたパーティーがあったんだ。当然だが、グレンウィル公爵である俺にも招待状が届いた。その日からだ、俺が『黒薔薇公爵』と呼ばれるようになったのは」

「一体何があったのか、お聞きしても?」

「あぁ……君には、聞いてもらいたい」


 クラウド様の手が先程よりも酷く冷たくなっているのがわかる。少しでも温度をわけてあげたくて、先程よりも手を強く握りしめた。


「パーティーの途中、ある一人の男にワインをかけられたんだ。その男は……侯爵家の嫡男だったと思う。理由は確か、その男の婚約者の女性が俺に一目惚れをしたとか、そんなくだらない理由だった」

「そんな理不尽な……!」

「はは、そうだよな。今だったらもっと上手く対処できたんだろうが、あの頃はとにかく若かった。疲れていたのもあったんだろうな。何を思ったのか、俺はその場で彼の胸元を掴んで、殴りかかろうとしたんだ」


 侯爵家の嫡男が公爵閣下にワインをかけるなど、とんでもない事件だ。クラウド様が怒るのだって無理はない。それに、クラウド様に一切非がない理由なのだから。


「だが……結果的に俺が殴ったのは、その男ではなかった」

「どういうことですか……?」

「……俺の知人に、マリアンヌという侯爵令嬢がいたんだが……俺がその男を殴る直前、マリアンヌが俺とその男の間に割り込んできたんだ。結果的に、俺はマリアンヌを誤って殴ってしまった」

「そんな!!」


 あまりにも理不尽な出来事に、言葉を失う。


 ワインをかけた男が一番悪いのはもちろんだけど、私は侯爵令嬢のマリアンヌ様にもなんだかモヤモヤしてしまった。マリアンヌ様も被害者ではあるけれど……男性同士の争いに無理矢理割って入るなど、危ないに決まっている。

 仲裁したかったのなら、代わりに殴られるのではなくもっと合理的な方法があったはずだ。


「まぁ、それでだ。俺は罪のない侯爵令嬢に暴力をふるった男だという評判が広まってしまってな。奇跡的にマリアンヌの顔には傷が残らなかったそうだが、俺のしたことは許されることじゃない」

「…………なんだか、悔しいです」

「リリーのその言葉だけで、なんだか救われるよ。……それ以来、捌き切れなかった縁談の話は一切来なくなった。それだけじゃなく、俺の容姿と冷たい態度から『黒薔薇のようだ』と呼ばれ始めるようになり……。黒薔薇の花言葉が『呪い』ということもあって、一瞬でその呼び名が定着してしまったんだ」


 クラウド様の切ない表情に、胸が締め付けられる。クラウド様の呼び名に、そんな理由があったなんて……。私は社交界から一歩引いていたから、全然知らなかった。

 きっと、私の両親は知っていたのだろうけど。


「それ以来なんだかすべてがどうでもよくなってしまって、俺はどんどん人に厳しく接するようになった。社交界にも顔を出さなくなったしな。マリアンヌとも、あの事件以来一度も会っていない。……これが、『黒薔薇公爵』の成り立ちだ。幻滅しただろう?」

「そんなことありません!!」


 クラウド様の言葉を即座に否定する。幻滅なんて、するわけがない。クラウド様が優しいことは、私が誰よりも知っている。それに……。


「……この公爵邸にいれば、クラウド様がどれだけ頑張ってこられたのかわかります。だって、ここで仕事をしている方々は皆、クラウド様のご結婚を自分のことのように喜んでいました。それは、皆さんがクラウド様の努力と優しさを知っているからです」

「リリー……」

「それだけじゃありません。クラウド様は『私に救われた』と仰っていましたけど、私だってクラウド様に救われたんです。……クラウド様は……っ、誰よりも優しい方ですっ……!」


 話しているうちに、悔しくて悔しくて涙が零れてきた。こんなに優しいクラウド様のことを何も知らずに酷く言う人たちのことを考えると、はらわたが煮えくり返りそうだ。


「リリーが怒ってくれるなんて、俺は幸せ者だな」

「もう、なんで笑ってるんですかっ……!」

「人生で初めて愛した女性が、俺だけのために泣いて怒ってくれているんだぞ? 嬉しいに決まってる」


 クラウド様の「初めて」、という言葉を聞いて、思わず驚いてしまった。


「……マリアンヌ様とは、なにもなかったのですか?」

「? あぁ、ただ親同士交流があった関係で何度か会ったことがあるってだけで、別に婚約者というわけでもなかったからな。マリアンヌのことをそういう目で見たことは一度もない。愛しているのはリリー、君だけだ」

「そうなんですね……?」


 私の返事を聞いて、クラウド様が面白いものを見つけたとでも言いたそうな顔で笑った。


「嫉妬したか?」

「はい、どうやらそうみたいです」

「……君はいつも直球だな」


 なぜか、クラウド様が恥ずかしそうに目を逸らす。嫉妬して恥ずかしいのは私の方だと思うのだけど。


「と、とにかく。今日はもう遅いから寝た方がいい。焦らなくても、俺達にはこれから何十年も時間があるんだからな」

「……えぇ、そうですね。おやすみなさい、クラウド様」

「あぁ、おやすみ」


 クラウド様に挨拶をして、私は目を瞑った。

 眠りにつく直前、クラウド様が「俺は寝られそうにないな……」なんて呟いていた気がしたけれど……眠気に負けてしまったせいで、その理由を聞くことはできないのだった。

マリアンヌはこの先の物語で再登場いたします。お楽しみに。

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