十四話 勘違い
____もしかして、私キスされそうになってる?
そう気付いて、咄嗟にクラウド様の唇を両手で塞ぐ。あと一秒遅かったら完全にキスされていた。ぺろりと手のひらを舌で舐められて、慌てて手を離す。
私は顔が熱くなるのを感じながら、クラウド様の顔を見つめて叫んだ。
「クラウド様っ! そ、そういうことは……まだ早いと思います!」
「……? ただのキスだぞ」
「そうですけどっ! わ、私何も経験ないですし……は、恥ずかしい……」
「いや、これからもっと恥ずかしいことをするだろう……? リリー、君が誘ってくれたんだよな?」
クラウド様の衝撃的な言葉に、思わず固まってしまった。
「えっ……?」
「ん……?」
「…………」
沈黙が流れる。そして、そこでようやく今までのことが繋がった。
今日は結婚初夜なんだから、一般的には……そういうことをするのだわ。侍女たちも、クラウド様もきっとそう思っていたはず。
なのに私は「ただお話をして一緒に寝たい」なんて子供みたいな発想で、食事の場であんなことを……口走って……。
あああああ……なんて恥ずかしいの! 顔から火が出そうだわ……。
「クラウド様、違うんです! 私はただ、クラウド様の話をもっと聞きたいなって、それだけで……! そ、そんなつもりは……」
「……いや、それを聞いて納得した。夕食中に誘ってくるなんて、いくらなんでも大胆だなと思っていたんだ」
私の言葉を聞いたクラウド様は少し残念そうな顔をしていたけれど、私の腰に回していた手を離してくれた。
それから、どさっと気が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。
「はは、情けないな。新婚初夜だからと、俺も少し気張りすぎていたのかもしれない。リリーのおかげで、なんだか安心したよ」
「いえ……本当に申し訳ございません」
「気にしないでいい。それより、話をしよう。……こっちへおいで?」
クラウド様はそう言って腕枕の体勢を取りながら、空いている手で私の頬を優しく撫でた。
……きっと、すごく気を遣ってくださっている。無理矢理私を押し倒すことだってできたのに、私に恥をかかせないような言葉をかけてくれた。
今だって、すごく優しい。
私はゆっくり横になってから、クラウド様の腕に頭を乗せた。
「……今日、本当にいろんなことがありましたけど……結婚したのが本当に、クラウド様でよかったです」
「俺もだよ、リリー」
そう言って、二人で静かにクスクスと笑い合う。とても穏やかな時間。
こういうのを、きっと幸せというのね。
「私、ずっとカルヴィン様のことを『優しい人』だと思っていたんです。でも今思い返せば、私は彼にちゃんとエスコートされたことも、プレゼントをされたこともなかった。彼の優しさはいつも、表面上の言葉だけだったんだわ……」
「……いくら可愛いリリーでも、ベッドの中で他の男の名前を出されると良い気はしないな」
クラウド様が拗ねたように、眉間に皺を寄せる。その姿がなんだか愛らしくて、眉間をつん、と指でつついた。
「ふふ、クラウド様は案外拗ねやすい方なのですね。私がお話したかったのは、カルヴィン様の優しさが偽物だったと気付けたのは、クラウド様の優しさに触れたからだということです」
「…………優しい? 俺がか?」
「はい、父に対しても私をずっと守ってくれていましたし、メアリーに誘惑された時だって、私を選んでくれて……私、本当にうれしかったんです。メアリーよりも私を一番に選んでくれる人に出会えるなんて、思っていませんでしたから」
「俺からしてみれば、こんなに美しいリリーを放っていた奴らの気がしれないけどな。まぁ、そのおかげで俺はリリーと夫婦になれたわけだが……」
クラウド様はすっかり機嫌をなおしたようで、嬉しそうに私の髪を撫でている。愛おしそうに私の髪を見つめるクラウド様を見ていると、なんだか私まで自分の髪を好きになってしまいそう。あんなに自分の髪が嫌いだったのに、不思議だわ。
「そういえば、クラウド様はおいくつなのですか?」
「二十五だ」
「そんなにお若いのに、公爵としての立場を全うされていて……本当にすごいです」
「父が早くに亡くなってしまったからな。まぁ、幼い頃から教育は受けてきたし、母上との仲も良好だからそこまで困ることはなかったんだ。……『黒薔薇公爵』と呼ばれるようになるまではな」
クラウド様が複雑そうな表情で笑う。私はなんだかその表情を見るのが辛くて、私の髪を撫でていたクラウド様の手を両手で包み込んだ。指先が少しひんやりとしている。
「……お聞きしても、よろしいですか? クラウド様がなぜ、『黒薔薇公爵』と呼ばれるようになったのか……」
本当はこんなこと、クラウド様も聞かれたくないはずだ。でも、これから夫婦として暮らしていく中で、絶対に避けては通れない道。ならば、クラウド様の口から直接話を聞きたかった。
クラウド様は私の手を愛おしそうに眺めながら、ゆっくりと口を開く。
「そんな顔をしなくても、君が望むのならいくらでも話すつもりだ。……そうだな、あれは五年前、俺が爵位を継いでまだ一年しか経っていなかったときのことだった」




