三話 おかしくなる世界と。おかしかった貴方
桜木さんの家から自宅に帰るまで、すれ違った人間は2人だけだった。
まぁそもそも深夜だし、僕ん家周りは大して面白いものが無い。
すれ違う人間なんて、そのくらいの数で普通だ。
「ただいまー」
家に帰ったが両親の返事は無かった、寝てるのだろう。
帰った時に家族が眠ってるなんて、僕にとってはよくある事だ。
手洗いはちゃんとしてから、二階にあがって自分の部屋に入る。
電気をつけると、そこには色々とあった。
本棚、ベッド、ゴミ箱、勉強机、きっと高校生の部屋としては普通なモノばかりがここにはある。
机の上にはスマホもある、学校に持ち込むのが禁止なせいで持ち歩く習慣がつかない。
「……」
あと三歩ほど近づけば本棚に手が届く……というところで手を伸ばす。
もちろん届かない。
だが、想像力を駆使し、本を手に取ったときの感触を作り、そして自分の胸に向けて本を投げる想像をリアルにする。
すると、僕に向けて本が飛んできたのでキャッチする。
何となくそうなるかな、と感じたが本当にそうなった。
やはり、サイコキネシスは普通に使えた。
何なんだろうこの力、改めて考えると意味がわからない。
"超能力入門"みたいな本は全部嘘だと思ってたから、練習もしたことないのになぜ使えるのだろう。
僕は本を持ったままベッドに倒れ込んだ。
さっき寝たばかりなのに、やけに頭がぼんやりする。
超能力は脳みそが疲れるのかもしれない、あの女も脳が随分疲れてそうだったし。
サイコキネシス使ってたら僕もああなるんだろうか。
それは嫌だな――
あ――。何も考えたくない。
とりあえず本を開く、何も考えず夢中になれるモンであることを期待して。
「あー、これか……」
でも手にした本は寝落ちには向かないものだった。
人の死に様が沢山乗っている、悪趣味な内容の写真集だ。
中学生の時に買って、一時期コレをよく眺めてた。
だから、自分って"ヤバい"のかなとか、そんな事考えたことがある。
でもそんなの、きっとよくある事だ。
グロ映像や殺人事件の記録を見たり、わざわざそんな事したがる子供ってのは結構いる……はずだ。
でも大半の場合は"ヤバい"って程でもない。
怖いもの見たさとか、”俺ってやばいんだぜ”とイキリたいだけだったりとか、まぁともかく色々あるけど
ヤバいって程の人間でも無いだろうそんなの。ただ自分が特別であるという勘違いしてるだけだ。
でも僕の場合は今日、"人を死に追いやって”喜びを覚えた。
そんな人間は、”勘違い”で済まされるレベルなのか。
僕は日の当たる世界の一員として、生きてていい存在なのだろうか?
本当に特別な人間では無いのだろうか?
……中二病みたいな悩み。
でも僕は実際に人を殺した。
その時の全てが思い出せる、血の臭い、苦悶の絶叫、自分が初めて殺した相手の全て。
でも、いくら思い返しても吐き気を覚える事が、僕は無い。
むしろ、充足感が満ちてしまう。
そんな僕が平然と生きていくのは、なんというか違うんじゃないか?
のうのうと、僕は生きていていいのか?
…………いや待てよ?
考え方を変えたらいい気がした。
まず、人を殺した事そのものは思い悩む必要ない、現代が平和なだけで時代や環境次第では殺人がある程度身近なものだったのだ。
だというのに人間を一人殺しただけでこんなに悩むのは、僕が普通である証拠だ。
そう、世の中には何十人も殺して平然としてる人もいるのに、たがが僕は1人殺しただけでこんなに思考を巡らすのは、きっと人殺しをして弱った心がそうさせているのだ。
つまり僕は平然と生きていてもいいはずだ。
「は!」
自分のグチャグチャな思考に、つい笑う。
"たかが1人殺しただけ"と、一瞬でも思えたヤツがまともだろうか。
駄目だ、やっぱり考えたくない。
何も考えたくない。
ふいに、ピロリという電子音がなった。
わざわざベッドから降りて確認すると、スマホに電話着信があった。
知らない電話番号だったので、無視しようとする。
『神浦リョウト』
しかし、勝手にスマホは声を出し始めた。
これには、驚きだ。
ウィルスに感染したのだろうか、あんまり使ってなかったからセキュリティアップデートを怠ったのが悪かったのかもしれない。
うん、ウィルスだろうな。
「……なんですか?」
とりあえずスマホに返事してみる。
『この世界はおかしくなる、もう君は気づいているはずだ』
「あぁ。はい、スマホが勝手に喋り出したりしますもんね」
このウィルスなんなんだ、面倒だしスマホへし折って黙らせてやろうかな。
どうせ使って無いしスマホなんざ。
『殺しがバレなくてよかったな??』
僕の息が一瞬詰まった。
なぜ、この声の主は僕の殺しを知っているのか。
「なんだ……お前?」
『警察だって君の殺人には気づかない、捜査する優秀な人達は”超能力”なんてたわごと口にしない』
僕はすぐスマホを手に取って、人の首でも絞める如き勢いで握りしめた。
そうすることに意味が無いのはわかるが、自分でも源の解らない怒りが爆発したのだ。
「はは、幻聴かなぁ?スマホが変なこと言い出した」
『幻聴だと思ってくれて構わない、でもこれから言うことを忘れないでくれ』
「ああそうする、僕を苛立たせる言葉を吐いても一生覚えておくから覚悟しろよ」
『……いいか、今日君が見た出来事は世界がおかしくなる一旦に過ぎない。これから世界はどんどんおかしくなる。』
「お前が黙れば一つ世界はまともに戻る。消え失せろ」
『消えてもいいが、その前に頼む、私の指示する相手を殺してくれ』
スマホから聞こえて来る声は、使命感に溢れていた。
ここまで感情が籠っているのは、本物の人間だけだ。
ウィルスでスマホが喋っているんじゃない、スマホを通して誰かが僕を、利用しようとしている。
そう確信する。
「誰か知らないけど、殺しを僕に依頼するなんて馬鹿だ。お前は馬鹿だ」
つらつらと言葉が出た、普段なら絶対に吐かないような本音がポンポンと繰り出せた。
『そう、私は馬鹿だ。面識のない君に殺しを頼まないといけない状況に陥る馬鹿だ』
「……だいたい敵を殺せって何のためにだよ?」
『目的は平和だ。殺さないといけない相手を殺して貰う』
『それで僕に殺させる?僕の人生を犠牲にしろっていうのかよ』
互いの言葉に嘘は無かった、なぜか確信出来た。お互い思ったまま、感じたままを全て言葉にしているのだ。
『もちろんわかっている。頼んだ分殺しのアフターケアはする、君が逮捕されたりしないようにする』
「断る。信用できるわけない、お前を」
『そもそも君にとっても殺すしかない相手を殺せと頼むんだ、信じる信じないの話にはならない』
「死ね。僕に殺さないといけない相手はいない」
『では話を変えよう』
「何を話す気だ」
『君はね、月だ』
「は?」
『明るい世界では生きていけない。だから君が輝ける夜を用意してあげると言っている』
電話口から放たれた比喩表現はまごう事なき、侮辱だった。
要するにこう言ってるのだ。
"お前まともじゃないからどうせまともに生きるの無理、お前の人生にお似合いのきったねェレール敷いてあげるね"
いや、自分がまともかどうかなんて、さっきまでさんざん思い悩んでた事だけど。
よく分からんヤツから勝手に答えを決めつけられると、メッチャムカつく。
「信用できない相手の頼みなんて、聞くわけないだろ」
僕はスマホを放り投げて、部屋から飛び出した。
後ろで鈍い音がする。
スマホ壊れたかもしれない。
でもいい、吐き出される不愉快な声を、とにかく聴きたくなかった。
あぁクソが、イライラする。やけ食いでもしてやろう、
冷蔵庫の中に色々入ってるはずだ、キッチンに向かう。
あぁクソあの声め、ふざけるなふざけるな。ふざけやがってぶっ殺すぞ。
不愉快な思いさせやがって、人のデリケートな問題つつきやがって、人を殺すなんて頼みやがって。
冷蔵庫を開けると、大きなリンゴが目についた。
手に取って、そのまま口に放り込んで噛み砕く。
安っぽい味であった、しなびている。
まぁでもまずいわけじゃない。
まずいわけじゃないが、ストレス発散にはつながらない。
「リョウト」
後ろから声をかけられたので、振り向く。
……特に驚く事は無いはずだった、だって今の声は父のものだったからだ。
きっと、僕が夜中にスマホと喧嘩してるのがうるさくて咎めに来たのだろう……そう思った。
だが、振り向いた僕は驚いた、なぜならそこにはにこやかな父と母がいたからだ。
なぜ笑っているのか、わからない。
「「人を殺しなさい」」
「……は?」
両親は揃って、僕にメチャクチャな命令をした。
「何言ってるんだよ、二人とも」
「「全て、従いなさい。人を殺しなさい」」
両親ともに、可愛い子犬を見つめるかのような笑顔のままだった。
だから僕には困惑する事しか出来なかった。
なぜ?なぜ両親が、僕に人殺しを言いつける?
それに、従いなさいって言ってるけど誰に従えというのだ?
「「殺すべき存在は殺さなければならない、従いなさい」」
父が、僕のスマホをその手に持っている。
そして僕に差し出して来た。
その光景が何かにダブる、そうだ、アレは……
小学校の卒業証書を渡された時だ。
まるで卒業証書でも渡すみたいに、父は僕にそのスマホを差し出してくる。
人を殺せ、そう言い続けるスマホをだ。
……あぁ、そうか。
「……世界はおかしくなったんだな、おかしくなっていくんだな。コレもおかしくなっていく世界の一つなんだ」
僕は自分が馬鹿だと心の底から言えた。
さっき、スマホから鳴ったうざったい声がちゃんと説明してくれてたじゃないか。
世界はおかしくなっていくせいで、僕の両親もおかしくなったのだと。
ちゃんと聞いたんだから、僕が馬鹿じゃないならすぐに理解出来たはずだ。
あの声は、真実だけを告げていたと僕は確信した。
両親に人間を殺せと言われるインパクトは、あまりに強すぎた。
「ははは」
つい笑った。
あの声が真実なら、きっと僕は人を殺さざるをえないのだろう。
だって僕にとって殺すしかない相手がいる、そういう言葉を吐いてたじゃないか。
あまりにも滅茶苦茶な事態に、僕は笑っていた。
笑う理由は、単に心に限界が来て笑うしかなくなっただけだ。
「はははッ!!!」
……本当にそういう理由で笑っていたのなら、良かったのに。
僕の心のどこかで、高揚感があった。
そう、僕は人を殺す事になるのが嬉しかったのかもしれない。
否定したかった、自分がそんな最低な存在である事は、嫌だった。
でも僕は、自分がそんな人間じゃないって言える根拠が何も無かったのである。




