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一話 罰当たりな戦い

 人間を殺してしまったとき、責任転嫁したり、開き直ったりするのはクズと呼ばれる。


 でもそういう人はまともなのだ。

 だって、人の命を奪う重みを理解しているから、堂々としていられない。


 もし、もしも。

 人の命を奪うことに悦楽を得てしまった人間は。

 そんな人間は、この世界でまともに生きていけるのだろうか。


 ……

 この僕は神浦リョウトは高校一年生。

 僕はすごい人間だ、低身長がむしろアクセントになる美少年だ、勉強もわりとできるし、運動神経も平均以上。


 こんな自己評価はナルシスト、と言われても仕方がない。だけど訂正なんてする気はない、実際すごいんだからやたらと自分を低く見積もるのは嫌味だろう。


 そんな僕は、教室で本を読みふけっている。

 高校の昼休みだからだ。


「おいリョウト」


 声をかける存在があった。

 それは友達のキョウヤ。

 勉強は僕よりできないが、運動は僕よりできる。彼もまた、すごい人間である。


「なにかな?キョウヤ君」

「今日の夜、墓場行こうぜ」

「なんで?」

「幽霊が出るから」


 キョウヤは変な奴である、今の会話を聞いてもらえばわかると思う。


 幽霊が出るから墓場に行こうなんて誘い、普通はしない。

 幽霊なんてバカバカしいし、本当に出るなら危なすぎる。


 キョウヤはこういうふうに、レアな遊びに誘ってくる。


 この前は、絶滅危惧種の芋虫が公園で目撃されたから探しに行こうぜ……なんて遊びだった。

 僕はそういう変な誘いが好きだった。

 だから、墓場に行こうなんて勧誘も歓迎だ。


 まず幽霊の話を詳しく聞くことにする。


「墓場に幽霊が出るって……誰からの情報?」

「俺の先輩が言ってた、最近怪しい女が墓場をうろついてるらしい」

「怪しいって具体的にどういうところが」

「四つん這いになって叫んでたらしい」


 四つん這いになって叫んでいる女がいるのか、なるほど。

 確かに幽霊といいたくなる怖さだ。


 でもそれは単なる不審者でもおかしくない、警察などに知らせた方がいいのは間違いないんじゃないかな?


「いや、人づてに聞いた話だしさ。やっぱり自分でも確認してから通報した方がいいじゃんかよ」

「うーん、まぁそうかも」

「で、お前は墓場に行くか?行かないか?俺は独りでも行くぜ」

「そういうのに首突っ込むのは、専門家に任せるべきだ」

「危ないからこそ行くんだろ。オモロイ」



 正直やめた方がいいとは思う。


 でもキョウヤの気持ちはわからないでもない、怖いもの見たさっていうのは僕にもある。

 僕らはそういうトコで気があって友達になったのだ。


 ……さて、深夜。


 僕は墓場の入り口に辿り着いた。


 入り口からでもたくさんの墓石と、まだ葉が生え切っていない木々が見える―――不気味な雰囲気だった。


「遅かったな、来ないかと思ったぜ」


 キョウヤが先に待っていたらしく、突っ立ってた。

 彼はあったかそうな服を着ているというのに小刻みに震えてる。


 もう春が終わりそうな時期だし、寒さは大したことない。

 というのに震えてるのは……そこそこ長い時間じっとして待っていたのだろう。


「遅かったって?僕は待ち合わせ五分前に来たんだ。文句を言うのはお門違いだと思うな」

「言わないぜ。文句なんか」

「さっき言ったようなもんじゃないかな」


 僕とキョウヤは話しながら、自然と墓場の中を探検し始めていた。

 ここはそこそこ広い、走っても一周するのに一分はかかるだろう。

 さらに、沢山の墓石があるから見えない箇所が多い。


 ……四つん這いの女がどこかにいても、物陰に隠れて気づかないかもしれない。

 だというのに、僕はどこか落ち着いていた。


「なぁリョウト」

「なに?」


 一方キョウヤは少しビビッているようだ、声色ですぐわかった。


「俺はヤバい時のためにスタンガン持って来たけど、お前は?」

「え?何も持ってきてないけど」

「おいおい、お前”幽霊”の正体が”人を殺すタイプの狂人”ならどうすんだ?」

「逃げるだけでは……?」


 キョウヤは武器を用意していたらしい。

 だけど、その考えが僕にはよくわからなかった。

 もし"正体"がキョウヤの想像している通りなら、逃げる一択に決まってる。


 僕らには戦う理由なんて無い、適当に逃げて警察に通報すればいいだけ。


 むしろ武器なんて持ってたら邪魔、職務質問でもされたらどうするのかこいつ。


「逃げるつっても相手の方が足が速かったらどうするんだよ」

「まぁ僕達は二人なんだし、作戦は色々と「があああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 驚いた、僕らは。


 僕らの話を断ち切る、獣のような絶叫が聞こえた。

 結構近くからだ。


 幽霊の話をすぐに思い出して、声のした方を二人で睨む。

 少し遠くの墓石に目を凝らすと、そのすぐ傍で小さい影が動いている。

 違う、それは正確な表現じゃない。"小さい影に見える"存在が動いている。


 こんな夜に、黒くて長い髪が影に見えてるだけだ。

 そして小さく見えるのは、彼女の姿勢が低いからだ。


 その”小さい影に見えたもの”は、確かな存在である。

 見ればわかる、幽霊みたいにあやふやな存在じゃない。

 目を凝らせば確かに、いた。


 その女は喪服を来ていた。

 四つん這いになって、叫んでいた。

 四つん這いになってお墓の地面を素手で掘り起こしている。

 ありえない速度で地面を抉っているようで土が次々飛び散っているのが見えた、スコップを使うよりも速いだろう。



 ……あの女は幽霊じゃない、でも普通の人間でもない。

 そして、まともじゃない。


 僕はこの状況でやはり落ち着いていた、今どうすべきか思考が巡っている。

 とりあえず逃げるのがベスト、結論が出る。



「キョウヤ」


 キョウヤは右隣にいた。

 女はこちらに気づいていないし、けっこう僕らとは距離がある。

 うん、今なら余裕で逃げられる。

 ”怖いもの見たさ”なんて、もう十分満たされたんだし逃げるべきなのだ。


「キョウヤ、逃げよう」


 キョウヤに小声で促すと、小さく頷いてくれた。

 そしてそのまま、バレないように、音をたてないように後ずさる。


「あああああああああああああああああああ!!!!」


 女が先程よりも大きな絶叫をして、頭を墓石に打ち付ける。

 何を考えてんのか僕にはわからなかった。

 たぶん彼女の頭の中は相当ぐちゃぐちゃなんだろう。


 まあそれはいい、それは別にどうでもいい。

 問題はその直後に起きた。


 こっちに女が振り向いてしまっているのだ。だから目があった。


 僕と、彼女の間で目があった。

 彼女は泣いていた、暗闇のせいでそう見えただけかもしれないがきっと本当に泣いていたと僕は思う。


 彼女の目元が光っているように見えたのだ、きらびやかだったのだ。

 きっと、涙なのだそれは。


 だってそうだろう?叫びながら墓を掘り起こすような人間は、泣き叫びたくなるような出来事があったに決まってる。


「あああああああああああああああああああ!!!!」


 そして、女は絶叫しながら墓石を投げてきた。

 これは比喩表現ではない、ホントにお墓そのものを右手でつかんで引っこ抜いてポイっと投げてきたのだ。

 ありえない事だし、悪夢みたいな事だし、妄想みたいな事だし、嘘みたいなことだ。

 それが実際に起きた。

 そして、その墓は僕かキョウヤか……どっちかにぶちあたる軌道。


「キョウヤぁ!」「リョウト!」



 僕とキョウヤの行動は速かった。

 互いを突き飛ばして、自分も"わざと"尻もちをつく。

 僕らの間ギリギリを墓が通り抜けた。

 直撃したら死んでた。


 でもまだ油断できない。


 女はまた別のお墓を引っこ抜いてこっちに投げようとしている。

 明らかな殺意がそこにあった。


 何であいつが僕らに攻撃してくるのかなんてわからない、だが理由なんて知らなくとも対応はしなくてはいけない。

 このまま殺されるつもりはないのだ。


「キョウヤ君!こっちも墓石だ!」


 僕が女からお墓の陰に隠れる、キョウヤもまたそれに倣って僕とは別のお墓に隠れた。

 墓石を盾にすれば、お墓投げが来ても、ある程度は耐えられるだろう。

 その事に女も気づいて攻めあぐねているのか、墓を持ったまま何もしてこない。


 墓を盾にするものと、武器にするもの。

 罰当たりな戦いは長期戦になりそうだ。


 で、これからどうしよう、走って逃げるのはポンポンお墓を投げられたら危ない。

 ……二人のうちどっちかが囮になって助けを呼ぶのも、こんな相手じゃ難しそうだ。


「おいリョウト!」


 キョウヤが何か言おうとした。

 その右手にスタンガンを携えて、僕に見せつけている。

 キョウヤの言いたい事はわかった”逃げるより倒す方がリスクはない”だろう。


 キョウヤは怯えているし焦っているが、頭が普段より回っていそうだ。

 普段は本当に何も考えてなさそうなのに。


 キョウヤに感謝する、いなければ状況がもっと悪かっただろう。

 スタンガンが一個ある、というのはありがたい。


「……でも、ソレ危なくない?!」


 さて、僕がキョウヤに言いたい事は”スタンガンを使うためあんなパワーの持ち主に近付くのか”という事である。

 パンチでも受けたら死ぬだろう。


「こうだ!!」

 キョウヤはスタンガンを振った。

 "投げれば"いいってことだろう。


「……何もしないよりはいいけど」


 いい作戦とは思わない。

 スタンガンを投げつけたとして、上手い具合に電流部分が当たるのか。

 当たったとして、女を行動不能まで追いつめられるのか。


 追い詰められなかったとして、次の手はどうする。

 地面に落ちたスタンガンを拾い直すとしても、それはリスキーだ。

 あの女は、超能力でも持っているかのようなパワーがある。



 ……考えてる時間は無かった。

 あの女は、右手に一つ、左手に一つ墓石を

 持っている。

 それを軽々と振り回しながらままこっちに走ってきた。


 どこかシュールだけど、女が持ってるのはデカい石の塊なのだ。

 笑えやしない。

 しかも女は、かなり速い。


 腕力だけじゃない、脚力もあいつは人並みを超えてる。

 短距離走選手になればエースになって、大会に出るだろう……そんな速度を墓石持ったまま出してる。


「お墓をそんなふうに扱って!どんだけ死者を冒涜すんだよ!」

「墓を肝試しに使った僕らに言えた義理か」


 僕もキョウヤも、逃げ切れないと判断した。立ち上がって腹をくくる。

 戦うしかない。


 キョウヤがスタンガンを投げつけた、剛速球だが、振り回される墓石に阻まれ届かない。


 終わりだ。

 もう女は目の前まで来ている。


「「うおお!」」



 キョウヤと僕はタイミングを合わせて同時に殴りかかったが、僕は墓にぶちあたって吹き飛ばされた。


 運が良い当たり方をした、眼球が潰れたり骨が折れたりはしてない。


 転げながら見る、キョウヤはうまく相手の懐にまで入ってパンチを繰り出そうとしている。だがカウンターの膝蹴りを腹に喰らって倒れ込んだ。


 だめだ、あの膝蹴りはやなとこに入った。

 膝蹴りは怖いんだ。

 キョウヤは多分しばらく動けない。というか死んだかも。


 そして転がる僕は墓石にぶつかった。

 仰向けになって僕は空を眺めている。

 黒い空だった、星は出ていない。


 身体が動かなかった。

 体力はまだのこってる、でもなんというか、動く気になれない。


 僕らは殺されるという確信がある。

 でもなんだか恐怖は無いし後悔も無い。

 頭が痛くて、ぼんやりする。

 眠い。

 殴られたせいか?


 しかし殺されるの初めてだ。

 こういう気持ちに僕はなるんだな、なんというか投げやりになってる。

 意外と死に抵抗ないんだな。


 女がゆっくりこっちに近づいてくる。

 その目には殺意があった。


「私の大切な人はこのお墓にいるの」 

「え……」

 女は口を開いて、初めて言葉を吐き捨てる。

 驚いた、まともに話ができるとは。


「私の大切な人の死体は焼かれたけど、まだ生きてるはずなの、まだ」

「!」


 女はべらべら僕に話しかけていた。

 女の言葉は狂ってるけど、心を通わせるくらいできるんじゃないかと思わせるくらいの何かは残ってた。


「私はね、大切な人を掘り返しに来たの。そして生き返らせるのあなた達はなぜここに来たの?」

「ぼく……は……」

 僕は返事をしようとしたが、声が出ない。

 まずい、殴られた場所が悪かったっぽい。


「邪魔しに来たの?」

「……」

「私の生きる意味を奪いに来たのね?」

「ちが……」

「生きる意味がないのね?だからその残酷さがわからないのね?死ねよ糞餓鬼が」


 ……生きる意味、か。

 そんなもの僕には無かった。

 世の中に絶望してるわけじゃないが、特に夢とかも無いから。


 死んでもいい、そう僕は思っているのだろうか。

 だから僕の体は動かないのだろうか。


 僕へ振り下ろすため、墓 を振り上げる女の顔がよくわからなかった。

 嬉しいのか、悲しいのか、なんなのだろう。

 生きる意味を持っていたら、彼女の気持ちがわかっただろうか。



 そして彼女は墓を振り下ろし……僕はここで死ぬんだなと確信した。

 その瞬間、僕の底から爆発する感情があった。


 それはきっと、一言で言うなら死にたくないという気持ち。

 死の瞬間に最も強くなる気持ちだ。



「あああああああああああああああ!!!!!」


 今叫んだのは僕だ、手を女に向けて伸ばし想像する。

 粘土をめちゃくちゃに伸ばして潰して引きちぎる感覚を、イメージだけで再現する。


 そんな普通は無意味なことをするのにも、確信を僕は持っていた。

 それが、最善であるという確信。


 理屈ではない、熱いものに触れたとき考えず手を引っ込めるようなもの。

 僕はこの危機に、まずは何も考えず手を伸ばした。



 そして女も、絶叫した。

「あ「あああ」あ」」あああ「「ああああああ」ああああ「あああ」


 叫び、叫び、僕と彼女の叫びが混ざる。

 二人の叫びの意味はまるで違う。

 僕が雄叫びなら、彼女は悲鳴。


 女の体が勢いよく曲がっていく、肘も膝もぐにゃりと曲がる。

 粘土でできた人形みたいに、ありえない方向に、足も腕も背中もなにもかも、骨も筋肉も血管も、生命活動をできなくなるくらい曲がる。

 バキャバキャになって、グチャグチャになって、女はその場に崩れ落ちた。


 もう彼女は死ぬ、そして、追いやった犯人は僕だ。

 殺されそうになって、殺したのだ。


 ……女の身体能力を見て僕は〈超能力〉と評価した。


 実際にそうだったのだろう。

 女は、超能力で自分の体を強くしていたのだ。

 それに対抗するために僕が使ったのは、やはり超能力。

 サイコキネシスと呼ぶべきもの。


 手を使わず物を動かす力で、女の体を壊したのだ。


 ……あたりまえのように、サイコキネシスを僕は使った。

 でも、僕がそんな能力を使えると知ったのは今日が初めてだった。



 僕の超常現象を起こした僕の手のひらは普通である。

 普通の人よりも繊細で柔軟で……でも人間としては全然普通な手だ。


 わからない、わからない、なぜ僕は超能力を使えるのか、使えると思ったのか、なにもわからない。

 超能力なんて漫画やアニメの中にしかないと思っていたのに、なぜ僕は今使えたのか、そもそもなぜ使えると思ったのか。


 死にかけの女を眺める。

 こいつは何か知っていたのだろうか、この力について。


 でもグチャグチャになって苦しんでいて、これからこいつは死ぬから気になる事があっても教えてはくれない。

 そんな彼女から目を離せない。


「リョウ……ト?」


 ふらふらキョウヤが立ち上がって僕を見る。

 生きてたようだ。


「キョウヤ……」

「笑ってるのか?」

「え」

 言われて、気づく。

 僕の口元は緩んでいた。



「リョウト、お互い生き残れてよかったな」


 キョウヤは笑った。


「……生きててくれて嬉しい」


 そして僕の返した言葉は、本音だった。

 でも、誤魔化しだった。


 キョウヤが生きててくれて嬉しい、本当に心の底からそう思ってる。


 でも僕はキョウヤに気づく前から、相手を殺したときから笑っていた。


 この世界で人を殺して、大半の人は抱かないだろう気持ちがある。

 それで、もし、もしも。

 人の命を奪うことに悦楽を得てしまった人間は。

 悦楽を得てしまった僕は、そんな人間は、この世界で――――


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