第8話
「はーっ、はーっ……」
「ヨランダ、お疲れ様」
「………この、体力バカ」
情事を終えた後、私は荒い息を整えていた。
2回目ということもあり、前回よりも余裕を感じさせるセシルの行為は、とにかくたっぷりと時間を掛けた愛撫で埋め尽くされていた。
おかげで本番前に何度も達せられる羽目になり、じっくりほぐされた体はもちろん本番中も何度も達せられた。
これのどこが前回童貞を捨てたばかりの男の手技なのかと疑いたくなるが、セシルでは疑いようもない。
他の女性を抱けないのだから。
ずっと組み伏せられていた私がどうしてか息も絶え絶えで、ひたすら動き続けたセシルは満足げな笑みを浮かべながら、私の身体を温タオルで拭いている。
タオルが肌を滑る感触にすら感じてしまい、気持ちいいけど早く吹き終わってほしいと願った。
「はい、拭き終わったぞ」
「…ありがとう」
色々な液体を拭い、拭き終えたタオルを放ると、彼は素肌のまま私を抱き締めた。
情事のときにも見えていたけど、騎士であるセシルの身体は見事に鍛えられていた。
細身ながらもしっかりと筋肉の輪郭が出来ており、こうして抱き締められるとその固さも分かる。
(これだけ筋肉があるのなら、あれくらい動いても平然としてられるわけね)
体力に納得しつつ、むき出しの肌同士が触れる感触が心地いい。
「情事を終えた後にする行為を後戯というらしい。こうして抱き締めたりと女性には喜ばしい行為らしいが、どうなんだ?」
本当に馬鹿正直…いや、素直な青年である。
そんなことまで聞かないでほしいと思いながら、これは彼にとってとても大事なことだ。
なら、こんなときくらい答えなければ、姉の威厳も何もない。
私はちゃんと表情を引き締め、彼を見る。
「ええ、気持ちいいわ」
「そうか、良かった」
私の答えに、セシルは目を細める。
少しだけ、セシルの腕の力が強まり、私もそれに応えるように彼の身体に回した。
(…後戯ね。そういうのもあるんだ)
そんなこと、私はされたことない。
夫はいつも自分が先に果てると、そのまま眠りにつくか、自分だけ処理して自室のベッドへと戻っていってしまう。
残されたのは、精を吐き出されて汚れただけの私。
体の熱が冷めていくのと一緒に、夫へのいら立ちが募るだけの情事。
それに比べてこれはどうだ。
しっかり体を拭ってくれたセシルは、その温かな体で私を包み込んでくれる。
燃え上がった官能の火は、水を掛けられることなく、熾火のようにいつまでも燃え続けている。
それは行為の余韻に浸らせてくれて、行為がどれだけ満たされたものだったのかを頭に刻み込んでくれる。
その満足度は、これまで夫としてきた行為の数々を、いともたやすく塗り替えるほどだ。
セシルに比べれば、夫との行為など子どもの悪戯のように思えてくる。
一方的な、己の欲を吐き出すためだけの自己満足。
自分の身体が、セシルに染まっていく。
それに頭では警鐘が鳴っているが、私は今だけそれを聞き流した。
しっかりと包み込んでくれるセシルの腕に抱かれながら、今この時だけ、女としての幸せを甘受していた。
行為を終えた後は、デディを呼んで服を整えてもらった。
「お疲れ様です、ヨランダ様」
デディが部屋に来ると、セシルは部屋の隅でおとなしくしていた。
やはりまだ治らないらしい。
それはそれで問題だし、私の身体の扱い方だけうまくなってもしょうがないのにと呆れてしまう。
「…まだまだのようですね」
乱れた髪を梳きながら、デディはぽつりとつぶやいた。
いわずもなが、セシルのことである。
「仕方ないわ、まだ2回目だし」
「…そうですね、焦っても仕方ありませんか」
鏡の中のデディは苦笑いだ。
私もつられて笑ってしまう。
しかし、そうはいってもいつまでもこのままというわけにはいかない。
私はあくまでも既婚者、人妻なのだから。
そして、彼には彼に合った婚約者が必要なのだ。
その席には、私が座ることは無い。
(そう、いずれ彼の愛を受け止めるのは私じゃなくて、他の誰かなのよ)
そう思ったところで、胸がずきりと痛む。
痛んだ理由が分からず、思わず胸を手で押さえた。
「いかがなさいました?」
デディが気づかわし気に声を掛けてくる。
「大丈夫よ、何でもないわ」
手を下ろし、問題無いとアピールする。
胸の痛みはもう消えていた。
日が傾き始めた頃、私は屋敷へと帰ることにした。
玄関でセシルとデディが見送りに来てくれる。
「楽しかったぞ、ヨランダ。また」
「ええ、またね、セシル」
短い挨拶を交わし、馬車へと乗り込む。
扉が閉まる直前、セシルと目が合う。
その目はどうしてか、悲しみに仕舞っていたような気がした。
****
ヨランダを乗せた馬車が走り出す。
それをセシルは見えなくなるまで見ていた。
後ろの気配が消える。
デディが声を掛けることなく、屋敷の中へと入ったのだろう。
怖いけれど気遣いのできる、それどころか協力者である彼女に感謝しつつ、セシルはまだヨランダが消えた方角を見ていた。
(すまない……すまない、ヨランダ)
心の中で、必死に謝罪を繰り返す。
このことがバレればお互いに無事では済まない。
そのことへの恐怖が、こうして情事を終えた後に襲ってくる。
(あんなことをしておいて……終わったら、バレることを恐れて後悔…か。本当にぼくはどうしようもないな)
自分の愚かさに、情けない笑いがこみあげてくる。
あれだけ求めておきながら、終われば無かったことにしたいと望む自分の浅ましさ。
反吐が出る。
(彼女が、ぼくのためだからと身体を許してくれるのに……ぼくは自分の事ばかり。なんなんだ、ぼくは)
恐怖で、足が自室へと向かう。
誰かに何か言われるかもしれないという怖さが、今だけは誰にも会いたくないと急がせる。
椅子に腰かけ、うなだれた。
こんな思いをしたくなければ、もうやめればいいと理性の自分が訴えかけている。
それなのに、もう一度味わえと囁く愚かな本能の自分もいた。
今は情事を終えた直後ということもあり、理性の声が大きい。
だが、時が経てばまた本能の自分が騒ぎ出すだろう。
…それに理性が勝てる図が思い浮かばない。
(そうだ……ヨランダが魅力的すぎるんだ……ぼくは悪くない……ぼくは…!)
あまつさえ、責任転嫁までし始める自分。
頭を抱え、そんなことまで考え始めた自分に、どんなに嫌悪してもし足りない。
それなのに、頭の片隅にはさきほどの情事のことがよぎっている。
女性恐怖症を克服するため。
それが本来の目的のはずだったのに、そんなことなど無視してセシルは完全にヨランダに溺れていた。
―――初めての女性。
その魔力に、セシルは囚われていた。




