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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第6話

 セシルと朝チュンしてから一月が経過したころ、再び私の元にはセシルからの手紙が届いていた。

 まだ開いていない手紙を手にしたまま、私はそれを開く勇気が持てずにいる。

 なんとなくだけど、あまりよろしくないことが書かれていそうな気がするのだ。


(『女性恐怖症が治りました!』とかだったらいいんだけど、この前の様子だと望み薄な気がするのよね。だとすると、また…かしら)


 一度目をつむり、深呼吸をしてから気合を入れて見開いた。

 ペーパーナイフで封を切り、便箋を取り出す。

 便箋には、また屋敷に来てほしいという旨が書かれていた。

 やっぱり、まだ女性恐怖症は治っていないらしい。


 手紙の内容に、心がずんと重くなる。

 これはつまり、私をまた抱きたいということだ。

 一度だけとそう言ったはずなのに裏切られたショックと、また夫を裏切らないといけないという罪悪感が胸を占める。

 それと、そんなことを簡単に頼んでくることに、私が軽い女だと見られているような悲しみと怒りだ。


(セシル……私は、あなたにとってその程度だったの?)


 もう泣きたくなった。

 分かっている。

 彼にとって、女性恐怖症はとても大きな問題で、それを解決できる相手は私だけだと。

 それでも、体を許すことをこうも簡単に思われることに納得できるはずがない。


 それなのに、胸の奥には『女』として求められることへのほの暗い喜びがうごめいている。

 セシルが与えてくれた喜びは、確実に私の中に残っていた。


 それに比べ、エロール様の方はどうか。

 一言で言えば最悪だ。



 この一月、何度かエロール様が屋敷に帰宅したことはあった。

 その時のことを思いだすと、眉間にしわが寄る。


 ある時は、玄関ホールで執事と客室の寝具について確認していたときだった。


「…おかえりなさいませ」


 エロール様は唐突に帰ってきた。

 黒髪を後ろになでつけたオールバックで、赤黒い瞳はまるで濁った血のよう。

 その目には明らかに蔑みの色がにじみ出ている。

 たびたびレストランで暴言じみた叱責を繰り返している報告を受けているし、屋敷についても何もしない。

 嫁で来たのは私なのに、どちらも私が主人かのようにやらなければならない。

 それが腹立たしく、とてもではないが笑顔で出迎えるなどできなかった。

 仏頂面のまま出迎えの挨拶をした私に、エロール様は大層不服なようだ。


「ふん。ヨランダよ、笑顔一つ見せないとは、本当にそれで妻のつもりか?」


 それだけ言って彼はさっさと階段を上り、自室へと引っ込んでしまった。

 その背中を、私は手のひらに爪が食い込みそうなくらいに握りしめ、睨みつけながら見送った。


(何が妻のつもりよ!それならあなたが夫として何をしたっていうのよ!?)


 そう叫びたかった。

 でも、そうしたところであの男は何も変わらない。

 もうあの男には、妻として、そして女としても求められることは無いのだ。

 それでいいはずなのに、それを受け入れられない私もいる。



 そんなことを思いだし、もう忘れようと大きく息を吐いた。


 手紙には火を点け暖炉に投げ入れた。

 手紙はあっという間に燃え上がり、灰になる。

 取っておくわけにはいかない。

 万が一にでもエロール様の目に触れれば、何を言われるかたまったものではないのだ。

 灰になった手紙を見ながら、私はセシルへ想いを馳せた。


(セシル……あなたにとって、私は何なのかしら?)


 たった一度だけと臨んだ、彼との情事。

 あのときの、彼の丁寧でねちっこい愛撫には、女体への興味と私への気遣いにあふれていた。


「女性は濡れていないと痛いんだろう?だから、入念な前戯が大事だと本に書いてあった」


 セシルは素直な青年だ。

 それは、子どもの頃から変わらない。

 本の教えを忠実に実行しつつも、「痛くないか?」「辛かったらすぐ言ってほしい」と常に気遣ってくれる。

 こんなにも大事に扱われたことが無いだけに、それがどれだけ私を悦ばせることになったか、きっとセシルには想像もつかないだろう。


 灰となった手紙を見届けた後、私は椅子を引いて座ると、机に向かった。

 引き出しから便箋を取り出し、そこにペンを走らせる。

 書き終えると、封筒に便箋をしまい、蝋で封をする。

 侍女を呼び、手紙を出してもらった。セシル・ディカータへと。


 ベランダの前に立ち、外を眺める。

 庭園には若々しい緑が芽吹き始め、むき出しの枝しかなかった木々に、少しずつ緑が戻りつつある。


(まるで、セシルの瞳のように、鮮やかな緑だわ)


 そっと目を伏せ、セシルの顔を思い出す。

 煌めく銀髪の隙間から覗く碧眼が、興味・不安・恐れ・興奮と様々な感情を持って私の身体へと注がれていた。

 自分という存在に、あれほどまでに興味を持ってもらえるということ。

 夫から『いるだけ』という扱いを受けている私に、それは甘い毒のような喜びとして確実にしみ込んでいく。


 セシルの喜ぶ顔を思い浮かべるだけで、下腹がうずいた。

 そんな自分をはしたないと思い、頭を振る。

 身体にくすぶり始めた熱を誤魔化すように、私は屋敷の維持費の確認作業を始めることにした。



 ****



(よしっ!)


 セシルは自室で一人、手を握り締めていた。

 その手には、一枚の手紙が握られている。

 先日ヨランダ宛に送った手紙の返事が書かれた手紙だ

 内容は、了承とのこと。


 もしかしたら断られるかもしれないと怖かっただけに、この返事に心は浮き立つ。

 そして頭には、一度目の情事のことが思いだされていた。


(ヨランダ……あぁ、気持ちよかったなぁ)


 女性の肌とは、こうも繊細で柔らかく、気持ちの良いものなのか。

 それをセシルは人生で初めて知った。

 触れるたびに、ヨランダはビクンと体を震わせる。

 この手には、まだヨランダの肌の感触が残っていた。

 耳には、決して普段なら聞くことの出来ないヨランダのみだらな喘ぎ声が、いつでも思いだせる。

 快楽に悶えるヨランダの潤んだ茶色の瞳が、目に焼き付いている。

 この一月、それで何度自分を慰めただろうか。


 セシルは悩んでいた。

 女性恐怖症のせいで、女性とまともにしゃべれず、子どもを成すことができないことを。

 悩みに悩んで悩み抜いた結果、彼の頭に一人の女性が思い浮かんだ。


(…そうだ、ヨランダならぼくも大丈夫なんじゃないか?)


 彼女と行為に及べるなら、きっと女性が大丈夫になるんじゃないか。

 娼婦相手では無理だったけれど、ヨランダなら女性恐怖症の自分でも行為に及べるんじゃないか、そう思ったのだ。


(…何を考えている!?ぼくは。最低なやつだろう。そんな、自分のために抱かせてくれだなんて言うやつは。どうかしてる…)


 当然、そんなことに思い至った自分に嫌悪した。

 とんでもない人でなしだと、何度も自分を罵った。

 いくら相手が家族同然の仲とはいえ、やっていいことと悪いことがある。

 そんなことを考えるなと否定した。


(くそっ!ダメだ……どうしても、ヨランダのことを思い浮かべてしまう。あの肌に触れられるかと思ったら……くっ、沈まれ!)


 しかし、一度思い至ったその考えは、消えてくれない。

 セシルは女性恐怖症ではあるが、女性に興味がないわけではないのだ。

 魅力的な女性を前にすれば一瞬目が奪われる。

 ただそれが、すぐに恐怖に変わるというだけだ。


 女性との行為にも、年頃の男性らしく人並みに興味がある。

 そんな彼が、万が一とはいえその可能性に思い至ってしまえば、もうそれは止められない。

 例え相手が望んではいけない禁断の相手だとしても、それを止められるほどセシルは男性として未熟だった。


(考えろ、ヨランダは既婚者なんだぞ?そんなことになったら、彼女にどれだけ迷惑か……そんな自分勝手なことで、彼女の人生を狂わせていいはずがないだろう?)


 そんなセシルの頭に、悪魔のささやきが舞い降りた。


(そうだ。1回だけ…1回だけなら、ヨランダも許してくれるんじゃないか?アミッテレ侯爵夫妻の仲は良くないとも聞くし、一晩だけなら怪しまれないだろう。そう、1回だけなら…)


 何度も否定したのに、一度でも実現できるのではと考え始めるともう止まらなかった。

 自分が冷静かどうかすら判断できず、気付けばヨランダに手紙を送っていた。

 しかし、そんな気持ちも、本当にヨランダが屋敷を訪れたときには途端にしぼみ、情事に及んだあとのことへの恐怖がもたげてくる。

 だが、数年ぶりに会うヨランダは、美しかった。

 しかも、自分に性的欲求があると、なおさら彼女の魅力に取りつかれてしまった。


(彼女の体に…触れられる…!)


 そう思ったら、興奮が息を吹き返した。

 そして、何もかもかなぐり捨てて、彼女に頼んだ。

 何度も渋る彼女に、セシルは一切譲らなかった。

 彼女が言い訳をすれば、全て論破した。

 もはや、彼女としたい一心であり、盛りの付いた猿と同じだ。


 そして念願かない、情事に及ぶことができた。

 そのときのセシルの気持ちは、まさしく天にも昇るような気分だ。


 しかし、結果から言って失敗だった。

 女性恐怖症は治っていない。


(くそっ……これで治ると思ったのに…)


 一度目を終えた後は、途端に恐怖が彼を支配した。

 ヨランダとの情事がバレ、糾弾されるのではないかと眠れぬ夜を過ごしたこともあった。

 自業自得なのだが、それでも怖いものは怖い。


 それを思えば二度目は無いはずなのに、気付けばヨランダにまた手紙を出していた。

 怖くてたまらないのに、また彼女を求めたのだ。


(そうだ、もう1回…あと1回で治るはずだ。それで、今度こそ終わりにしよう)


 そこに、1回だけという制約を破る苦しさはもちろんある。

 ヨランダに嘘をついたことになるし、彼女に情事がバレるリスクを上げさせる恐怖もある。

 まして、恋人でも夫婦でもない自分に、肌を許させようというのだ。

 とんでもないクズ野郎だという自覚はあった。

 もうやめておけと、理性というもう一人の自分が必死で叫んでいる。


 しかし、頭に全身で感じたヨランダの気持ちよさがよぎる。

 初めて味わった女性の気持ちよさを、もう一度味わいたいというオスとしての本能がセシルを支配した。

 結局、理性は本能に負け、またヨランダを呼びだしていた。

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